第43話 ざまぁみろと彼女は言う
試験から数日後、候補者たちは講堂に集められた。
目的は聞かされていないが、最終結果の発表だろうと誰もが察し、緊張感が漂っている。
(選ばれないと分かっていると気楽だな〜)
使用人として特別に雇ってもらえることになったとしても、正式に雨蘭の名前が呼ばれることはないだろう。
ピリピリとした空気を肌で感じながら、雨蘭は呑気に誰が選ばれるのかを考えていた。
やはり大本命は梅花だ。明も一目置いていたようだし、皇帝訪問でもしっかり務めを果たしたと聞いている。
ただ、彼女の想い人は別にいるので、選ばれない可能性もある。
あまり目立たないが、器量の良い女性が選ばれるかもしれない。もしくは、誰も選ばれないまま終わることもあり得る。
扉が開き、官服姿の男が入ってくると候補者たちはざわついた。明だけでなく、梁の姿があったからだ。
「梁様、お身体はもう良いのかしら」
「お元気そうね」
雨蘭も明るく笑う梁を見てほっとする。
毒茶事件の前よりも心なしか、彼の纏う輝きが増したような気がする。
「皆さんには心配を掛けましたが、この通り仕事に復帰できるまで回復しました。今日はその報告と――」
梁は静かに佇む幼馴染に視線を移した。
話を振られた明は咳払いをしてから、いつも通り淡々と述べる。
「ここに残ってもらう者を伝える。名前を呼ばれた者以外は大人しく荷をまとめ、即刻出ていくこと」
「数日であれば滞在してくれて構わないし、家まではきちんと送り届けるので心配しないで」
明の言葉があまりに厳しいので、梁が眉尻を下げながら助け舟を出す。
いよいよ三ヶ月に渡る花嫁探しの結果が言い渡される。候補者たちは息を止め、明の口が動くのを待った。
「該当者は二人。雨蘭と黄梅花、以上」
しん、と一瞬の静寂が流れる。
誰の名が呼ばれたかを候補者たちが理解し始めると、驚きと苛立ちの混ざった言葉がどっと溢れ出した。
「嘘でしょ」
「どういうこと?」
「梅花さんは分かるけど、雨蘭ってあの田舎娘?」
「まさか」
「そうよ、他にいないもの」
次々耳に飛び込んでくる候補者たちの言葉と、雨蘭の心情は全く同じだ。
(何で、何で、何で!?)
無関係を決め込んでいた雨蘭は、心のうちで絶叫する。
「私は使用人としての採用ですよね!?」
耐えきれず、雨蘭は発言の許可を取ることを忘れて尋ねた。
一同の視線が雨蘭に集まり、そして今度は前に立つ男二人に視線が集中する。
「皇帝の譲位が終わり次第、雨蘭には後宮入りをしてもらう予定です。彼女一人では心もとないので、指導役として梅花についてもらいます」
梁は殺伐とした空気をものともせず、子どもを諭すような柔らかい口調で説明した。
(えええ!? 後宮って皇帝のお嫁さんが住むところでは!? 結婚の話って続いていたの!?)
雨蘭は口をあんぐり開けて固まる。
対面問題の場で「王宮に来る気はあるか」と聞かれたが、あれは嫁になる気はあるかという意味だったのだろうか。
もしはっきりそう言ってくれていれば、不相応を理由に丁重にお断りしていた。
「はぁぁぁ? あり得ない、あり得ない、あり得ない!!」
「能力確認試験に白紙を提出するような女が、皇太子の嫁になんてなれるわけがないわ!!」
雨蘭が動くより先に春鈴と香蓮が発狂した。雨蘭も負けじと彼女らに続く。
「春鈴さんと香蓮さんの言う通りです!! お考え直しください!!」
選ばれた本人が何故抗議するのだ、とでも言いたげに明が溜め息をつく。
「俺は考えを改めるつもりはない。諦めろ」
「そんなぁ……」
雨蘭は助けを求めて梁を見るが、彼は何を勘違いしたのか、にこりと笑って雨蘭を持ち上げる。
「試験のことについて触れておくと、彼女の最終試験結果は及第点だった。読み書きができない状態から、どれ程の努力をしたのだろうかと感動したよ」
(駄目だ、梁様は完全に明様の味方だ……!)
「ですが、彼女は貧しい農民の出ですよ!? 許されるのでしょうか? 作法もなっていませんし、とても王宮でやっていけるとは思えません」
香蓮が色白の肌を真っ赤に染めて食い下がる。
「何があってもへこたれない精神力と強靭な肉体。嫌がらせをしていた張本人なら、この女なら王宮でもやっていけると分かっているだろう」
「……っ!」
「出自は大した問題ではないんだ。皇帝も了承していていることだよ。作法についてはこれから梅花についてもらって、みっちり勉強してもらうから心配しなくて大丈夫」
「〜っ!! もうこんなところに居たくない!! 実家に帰らせていただきます!!」
明と梁、二人ともが雨蘭を擁護するので、香蓮は悔しさと羞恥で泣きながら講堂を出て行ってしまう。
相方を失った春鈴は自席で小さくなり、存在感を消した。
もうこれ以上何を言っても駄目そうだと悟った雨蘭は、梁の発言を反芻する。
(作法について、梅花さんにみっちり指導される……?)
最終試験前の特別指導を思い出しただけで背筋が凍る。雨蘭はぎこちなく梅花の方を向き、彼女の意向を尋ねた。
「指導役って、梅花さんはそれで良いのですか?」
「ええ。合意の上よ」
動揺する候補者たちの中で、梅花一人だけが涼しい顔で座っている。
彼女は前もって話を聞かされていたようだ。というより、明か梁のどちらかと報酬つきの密約を結んでいるとしか思えない。
試験前夜に彼女が言っていた「考え」とはそのことだろう。
「ざまぁみろって話よね」
梅花は項垂れる春鈴を見てそう呟くと、「あらいけない、本音が漏れてしまった」と扇で口もとを覆うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます