第六章 就職先はいかに

第41話 手紙

「梅花さん!! 梁様からお手紙が!! にょろにょろ字を読んでください!!」

「梁様から!?」


 梅花は雨蘭の手から文を奪い取る。彼女の視線は上から下、右から左へと忙しなく動いた。

 書き崩した文字に関しては未だ読めない雨蘭は、梅花に読んでもらうしかない。


「何と書いてありますか?」

「謝罪と御礼とそれから今後について書かれているわ」


 雨蘭が詳しく知りたいと強請ると、梅花は渋々手紙を読み上げてくれる。


『雨蘭様 黄藤草の混入については、全て僕の弱さと人としての未熟さが招いたことです。天罰が下り、僕自身が毒を飲むことになったのだと思います』


 その後も延々と過ちを悔やみ、大勢の人に迷惑をかけたことを詫びる文章が続いた。

 解雇された使用人の生活を保証することまで言及されている。


 長い長い反省文が終わってようやく、明と話す場を設けてくれたことへの感謝が綴られていた。


『明と向き合う機会を与えてくれてありがとう。近い距離に居たにも拘らず、長年きちんと向き合ってこなかったせいで、すれ違いが生じていたようです』


 明からは既に顛末を聞かされているが、彼の性格上、淡々と事実が伝えられるのみだった。


 梁はそれを見越したように、毒茶事件に至るまでの気持ちの揺れを手紙に記してくれている。


『黄藤草を茶葉に混ぜるよう頼んだ時、僕の中に明に対する複雑な気持ちはありました。けれど、実行に移そうとは思ってはいなかった。振り返るとこれが浅はかで、愚かな過ちだったのです』


 明が皇太子としての人生を心底拒絶しているのであれば、毒を飲ませて逃し、自分は追放されることも考えたという。


 しかし、理由はどうあれ他人を傷つけることは梁の本意ではない。


 自分がいなくなれば明は自信を得て、立派な皇太子になれるのではないか。


 悩んだ末、その気になれば自作自演で毒に倒れ、療養を理由に王宮を去るという手段をとれるよう、毒茶を手元に置こうとしたらしい。


「梅花さん、大丈夫ですか?」


 雨蘭は手紙を読み上げる梅花の表情が固いことに気づき、声を掛ける。

 好意を寄せている人物の独白文というのは、読んで気持ちの良いものではないだろう。


「問題ないわ。ただ、手紙を書くにあたり、随分苦悩されたのが文章から伝わってきて、私まで心苦しい」


 彼女の声は暗く、力の入れすぎか手にした文にはぐしゃりと皺が寄っている。


(梅花さんは本当に梁様のことが好きなんだなぁ)


 毒茶事件の真相を知って尚、梅花は梁を慕っているようだった。

 梁が廟を去り、皇太子が明であると判明した時点で好意の対象が移った他の候補者たちとは大違いである。


「辛かったら無理しないでください」

「平気よ。もう少しで終わる」


 梅花は再び手紙を読み上げる。


『責任をとって今の立場を捨てることを考えていましたが、罪を償うつもりなら逃げるなというのが明の強い意志でした。今後は彼を支えるに相応しい人間を目指す所存です』


(もう十分すぎるくらい支えていると思うけど、梁様の中では満足のいく水準ではないのかも)


 雨蘭は周囲に「前向きすぎる」と言われる自身の思考回路を、彼に分けてあげたいと思う。


『最終試験が上手くいくことを祈ります。君なら大丈夫』


 梅花の朗読が終わった。

 彼女は手紙を折りたたみ、雨蘭に返してくれる。


「大筋は明様から聞いた通りですね」

「私、彼が笑顔の下で思い詰めていたなんて知らなかった」

「誰も知らなかったことです。その人の気持ちはその人にしか分かりません」


 梁の手紙の内容からして、明のことを気にかけるあまり、毒茶に手を出したということになる。


 雨蘭としては他に手段があったのではないかと思うのだが、やはり頭の良い人たちの考えることは複雑らしい。

 もしくは、正常な判断ができないほど、思い詰めていたのかもしれない。


 他人である上、ただの農民である雨蘭は、想像を働かすことはできても、全てを理解することはできない。梁とて、望んでいないだろう。


 当事者たちの間で折り合いがついたのであれば、それで良いと思う。


「そういえば貴女、試験の準備は大丈夫なの?」

「ふへへへへ」

「何よ、気持ち悪いわね」


 梅花の問いに、雨蘭の顔面は崩壊した。


 今一番向き合わなければならないのは、事件の顛末でなく、明日に控える最終試験だ。


「できることはしました。我ながら頑張ったと思います。ですが、ちっともどうにかなる気がしません」

「皇太子に頼んだら? 試験内容を教えてもらえるかもしれないわよ」

「実力で結果を出さなければ意味がないです」


 意固地になる雨蘭に梅花は溜め息をつく。


「算術は何とかなるのね?」

「はい、難しいものでなければ」


 数字と簡単な言葉の読み書きができるようになった今、単純な計算問題には答えられるだろう。


「前回の傾向からして、国の歴史や振る舞いに関する一般教養や、廟で教えられたこと等が多く出題されるでしょうから、そこを徹底的に詰め込むわよ」

「……教えてくれるのですか?」


 梅花はにやりと笑う。


「貴女のためではないわ。私にも色々考えがあるの」

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