第29話 いざ、王宮へ

「おおー」


 立派な石造りの城門を見上げ、雨蘭は感嘆のため息をつく。いくつか存在する裏門の一つらしいが、十分立派だ。

 

 門の上部には屋根付きの建造物が付属しており、田舎人にはここが王宮本体であってもおかしくないように感じられる。


「三つ入り口がある場合、間違っても真ん中は通るなよ」

「暗黙の了解というやつですか」

「真ん中は皇帝のための道だ」

「なるほど」


 門にも三つの扉があり、雨蘭は明とは別の一番小さな入り口を通るように言われた。


 明がいたので止められることはなかったが、門番はじろじろ雨蘭の方を見てくる。


(この姿、絶対変だよね。きっと気合いを入れて化粧をした田舎娘だと思われているんだ)


 今日の雨蘭はいつもと違う。


 王宮に行くことを梅花に告げたところ、明に恥をかかす気かと怒られ、贈り物一式を引っ張り出して突貫工事が行われた。


 生まれて初めて化粧をして着飾っているわけだが、慣れない粉や紅が気持ち悪くて仕方ない。


「私をここに連れてきたということは、事件の調査をしろということですよね」

「そういうことだ。適当なことを言って茶室に潜り込んで、茶葉の管理状態を確認してこい」


 明はそう言うと、茶室までの道順を教えてくれる。


「あの……明様は?」

「俺は別の用事がある」

「えええ!? 私一人で王宮の中を歩いていたら、絶対に浮きますよ!!」


 彼は雨蘭の着飾った姿を上から下まで眺める。絶対似合っていないのに、明はここへ来るまで一度も揶揄わなかった。


「今日のお前は……。まぁ、大丈夫だろう。帰りは迎えに行く」


(大丈夫って何が!?)


 去っていく男の背中を見送りながら、雨蘭は心の内で叫ぶ。扱いが雑なのは今に始まったことではないが、初めての場所くらい案内をして欲しかった。


(ええーっと、ずっと真っ直ぐ行って、突き当たりの道を右……)


 幸い人とすれ違わずに、茶室らしき場所まで辿り着くことができた。

 三日月型の大きな池の前にある建物と言っていたので、間違いないだろう。


 美しく整えられた庭園を横切り、緊張の面持ちで建屋の引き戸に手をかける。


「わっ!」


 建て付けが悪いせいか戸が重く、思い切り引いたら外れてしまった。


「大丈夫ですか?」


 前髪を横に切りそろえた青年が、中から駆け寄ってくる。茶の香りがふわりと鼻孔をくすぐった。


「は、はい。私は平気です。それより戸が!」

「直るので心配しないでください」


 雨蘭から戸を受け取ると、彼は器用に直してくれる。


「茶室に何か御用でしょうか」


 扉が修復され胸を撫で下ろしたのも束の間、青年は爽やかに問いかける。


 聞かれて当然の質問だ。勢いだけで突撃し、理由を考えていなかった雨蘭は慌ててそれらしき回答を口にした。


「そのー、主人に出すための茶葉を悩んでおりまして」

「そうですか。ご主人は王宮内でお仕事を?」

「普段は別の場所で仕事をしていますが、今日はこちらに用があるというので同行させてもらいました」

「仲の良いご夫婦なのですね。奥へどうぞ」


(夫婦!?)


 主人と使用人の関係を想像していた雨蘭は、青年の言葉に衝撃を受ける。


 雨蘭を見て何故そのような勘違いをされてしまったのか分からなかったが、青年は納得しているようだ。

 訂正を告げることもできず、夫のために茶葉を探しにきた妻を演じる羽目になってしまった。


「どのような茶葉をお望みでしょうか」

「茶室があると聞いてよく知らずに来てしまったのですが、本来は個人に茶葉を売る店ではないですよね?」


 応接用と思わしき大きな机の前に座らされた雨蘭は、建屋の中をぐるりと確認する。


 庭を見ながらお茶を飲めるような造りになっているので、王宮に住んでいる高貴な方たちが息抜きに利用するのだろう。


「そうですね。ただ、求められれば対応します」

「それなら、夜食と共に出したいので、消化に良いさっぱりしたものはありますか?」

「青茶や黒茶が良さそうですね。お待ちください」


 青年は木製の仕切りの裏に隠れ、しばらくすると茶器一式を持って出てくる。

 手際よく準備をすると、淹れたての茶を雨蘭に飲ませてくれた。


「美味しい」


 嘘偽りない感想がぽろりと漏れる。


 口に入れた瞬間芳ばしい風味が広がり、仄かに甘みも感じるが、喉を通る頃にはさっと余韻が消えてなくなる。


 雨蘭が実家でお茶だと思って飲んでいたものと、全く違う飲み物に思えた。


「茶葉を二種ほど混ぜてみました」

「ここで調合をするのですね」

「厳選した茶葉を仕入れ、ここで質を見極めて薬のように調合をしています」


 茶葉と薬、これらの言葉から燕に教えてもらった歴代皇帝の話を思い出す。

 確か一代前の皇帝は健康への関心が高く、日頃からお茶を薬として飲んでいたはずだ。


「この場所は前皇帝の時代に設けられたのでしょうか」

「そうです。よくご存知ですね」


 彼らはどう考えても茶葉選びの専門家だ。見習いの新人ならともかく、誤って毒草を混入するとは思えない。


「ここで働いているのはお兄さん一人ですか」

「ええ。少し前までもう一人いたのですが、事情があって去ってしまいました」


 黄藤草を混入した人間のことだろう。

 関わった廟の使用人ですら解雇されたのだから、過ちを犯した張本人はそれなりの処罰を受けているに違いない。


(もっと踏み込んだ話を聞きたい。このままでは大した情報を得られずに終わってしまう)


「黄藤草の芽と、茶の芽を間違えることは実際のところあり得るのでしょうか」


 雨蘭が世間話を装って尋ねると、青年の表情が強張る。


「事件についてご存知でしたか」

「主人が梁様と親しくて。話を聞き、個人的に気になっているだけです」


 雨蘭は脳裏に梅花を浮かべ、彼女のように優雅に笑ってみせた。


 

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