第27話 毒をもって制す

「ちょっと、どういうことよ!」


 宿舎の自室に戻ると、春鈴、香蓮の二人が戸の両脇に立ち、雨蘭を待ち構えていた。


 以前の雨蘭なら、「何のことでしょう?」と聞き返して怒りを助長させていたが、最近は察する能力が向上した。

 というより、彼女らが妬み口調で話題に上げるのは、決まって男のことである。


「明様のことですか?」

「貴女、彼の素顔を知っていて、以前から言い寄っていたんじゃない!? そうでなきゃ話しかけようと思わないもの」


 短気な春鈴が感情的に詰め寄る。


「ええ……、私も今日初めて知りましたよ。意外でしたよね」

「白々しい。やたらあの人に絡んでいると思ったら、必死に媚を売っていたのね」


 比較的冷静な香蓮まで誤った決めつけをしてくる。


(この人たちは、男性の顔しか見てないのかな)


 まるで明には顔以外取り柄がないような言い方だ。雨蘭の心はもやっとする。

 何か言い返そうと考えているうちに、背後から凛とした声がした。


「性懲りも無くみっともない真似をしているのね」


 姿勢の良い、美しい天女が静かに廊下を歩いてくる。


「梅花……」

「梅花さん!」


 久しぶりに見る彼女は、事件の直前よりも健康的に見えた。赤の上質な衣を着て、自信に満ち溢れた表情で春鈴と香蓮に笑いかける。


「貴女たちがこそこそ汚い手を使うつもりなら、私も今まで使ってこなかった汚い手を使おうかしら」

「……っ」

「貴女たちにされたことを父上に言いつけたらどうなるでしょう。ああ、黄家が貴女たちの家の借金を肩代わりしていたのは今は昔の話だから、あまり意味がないかもしれないわね」


 ふっ、と鼻で小さく息を吐きながら、天女は目を細める。


(わっ、悪い顔だ……!! けど悪女な梅花さんも美しい……!!)


「春鈴、行きましょ」

「はいは〜い」


 家の話を持ち出されて分が悪かったのか、二人はしばらく梅花を睨んだ後、去っていった。


「梅花さん、お帰りなさい!」


 雨蘭は帰還した親友に飛びつきたい気分だったが、確実に怒られるので衝動をぐっと堪える。


「相変わらず騒々しい。もう少し静かにできないの?」

「大丈夫ですか? 酷い目にあいませんでしたか?」

「身の丈に合う生活をさせてもらったわよ。貴女の田舎暮らしに比べたら天国でしょうね」

「それは良かったです!」


 梁の件で落ち込んでいるかと思いきや、意外にも彼女は元気そうに見える。


 嫌がらせを受けていた環境からしばらく離れることができ、結果的には良かったのかもしれない。


「そうだ! 梅花さんと一緒に連行された使用人も戻ってきたのでしょうか?」

「さぁ」


 彼女がここにいるということは、事件当日、茶葉を持ってきた使用人も戻っているはずだ。

 どこでどのようにあの茶葉を見つけたのか、話を聞きたい。


 明が雨蘭に求めているのは、そうした愚直な聞き込み調査だろう。


「お話を聞きに行ってきます!」

「今度は何を始めるのだか……」


 思い立ったら即行動の雨蘭は、呆れる梅花を置いて駆け足で廊下を引き返した。


◇◆◇


「はぁ……はぁ、はぁ」


 雨蘭は肩で息をしながら、湖のそばで一休みする。ここまできたら、使用人の実家まであと少しだ。


(最近運動不足だったせいか、走りっぱなしは疲れるなぁ。弛んだ体には丁度良かったかも)


 梅花と別れた後、件の使用人についてを楊美に尋ねると、使用人は解雇され、田舎に帰ったというではないか。


「彼女は何も悪くないのに。酷い処遇ですね」

「解雇で済んだのなら幸運です。ここが昔の奉王国であれば、即刻処刑ですよ」


 長年王宮に勤めていた楊美は、色々な事例を見てきたのだろう。遠い目をする彼女を前に、雨蘭は震え上がった。


 黄家の娘である梅花と違い、後ろ盾のない人間は一度の失敗も許されないらしい。雨蘭は世の厳しさを思い知る。


「心配せずとも恵徳帝の代から、この国は随分変わりました。これから益々、人柄と実力主義の時代になっていくのでしょうね」


 楊美は柱に刻まれた鳳凰の彫刻を慈しむように撫でる。


「楊美さん、解雇された彼女の田舎をご存知ですか?」

「ええ、確か南のタン湖近くの村だったと思います」


(ああ、田舎といっても大したことないな)


 今から向かっても、夕方までに戻れる距離だと雨蘭は考えた。


「これから行ってきます。夕方には戻ると思いますが、念のため朱料理長にお伝えいただけませんか? 明様からの命と言えば大丈夫だと思います」


 近頃、夕方は明のための夜食作りをしているだけなので、遅れたところで大きな問題はないだろう。


「伝言は構いませんが……湖の場所を勘違いしていませんか? とても夕方までに徒歩で往復できる距離ではありませんよ」

「走れば戻れますよ! 私の田舎は旦湖の遥か先なので、場所と距離なら間違いありません」


 その田舎までも走れば半日と少しで帰れるのだから、旦湖近くの村なら気楽だ。


 そう思って廟を出てきたのだが、雨蘭の体は思ったよりも鈍っていたらしい。片道を走っただけでぐったりだ。


 雨蘭は湖の畔でしばらく休憩した後、歩いて村を探し始める。


(よく使われている道の感じからして、こっちだお思うんだけどな。あの人に聞いてみよう)


 前方に力無く歩く人影を見つけ、雨蘭は呼び止めた。


「お姉さん! 村の方向ってこっちで正しいですか?」

「はい、あっていますよ。あれ、貴女は?」


 振り返ったのは、雨蘭が探していた人物だった。どうやらもう少しで、先に都を出たはずの彼女を追い抜かしてしまうところだったらしい。

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