第26話 新たな約束

「ここへ集まってもらったのは、先日の一件の状況と今後についてを伝えるためだ」


 明は顔を出した状態で堂々と前に立ち、ざわつく候補者たちを無視して話し始めた。


「えっ、あの人誰? 王宮から来た人?」

「かっこいい……私、梁様より好みかも」

「少し怖そうじゃない?」

「そこが男らしくていいのよ。何より顔が美しすぎる」


 遅れて入ってきた雨蘭は、女性たちが小声でお喋りをするのを聞きながら、空いている席に座る。


 梁という目の保養を失った候補者たちは、案の定、明の素顔に釘付けだ。

 突如現れた美形の男に夢中なおかげで、雨蘭が遅刻してきたことを気にする様子はない。


「梁は幸い一命をとりとめたが、廟からは離れることになった。補佐役だった俺が梁の代役を務める」


 明の一言で候補者たちの雑談はわっと盛り上がった。


「補佐役ってことは、あの髪の毛もっさり男?」

「嘘〜、あんな男前だと知っていたら、もっときちんと振る舞ったのに」


 彼女たちにとっては、梁が助かったことは最早どうでも良く、目の前の見目麗しい男が明だったことの方が重要らしい。


「私語を慎め」


 お喋りは留まることを知らず、明はようやく窘めた。


 候補者たちは大人しく口をつぐむ。反抗的な表情をしている者は誰一人おらず、皆して明に熱っぽい視線を送っている。


(皆さん、梁様のことが好きなのかと思いきや、顔の良い人には惹かれるんだ。これなら明様にも花嫁候補が見つかるかも)


 雨蘭は田舎のおばちゃんのように、お節介なことを考える。


「事件についてだが、王宮から運ばれてきた茶葉に黄藤草の葉が混入されていた。茶葉を調合した者の不注意と見られている。よって、調査を終了し、一時的に勾留されている者の身柄を解放する」


 明は事件の調査結果を淡々と述べる。


 圧迫的な事情聴取が行われたわりに、結局は犯人という犯人のいない、事故として片付けられるらしい。


 梅花も無事解放されるようで、雨蘭は安堵した。


「このような状況下であるが、皇帝は引き続き訪問を希望している。今回の件で懲りただろうが――」


 薄墨色の鋭い目が、ぎろりと特定の人物を睨んだ。

 春鈴と香蓮、大したお咎めを受けていないが、事件のきっかけを作った人物二人は、気まずそうに視線を彷徨わせる。


「真面目に準備を進めること。今度下らない真似をしたら、即刻追い出す。以上」


 話が終わったので一番に席を立とうとした雨蘭だが、明は珍しく名前を呼んで引き留めた。


「雨蘭、お前は残れ」

「えっ!? 私ですか!?」


 何故お前だけが特別扱いなのだ、という視線を複数感じる。ついこの前まで雨蘭が明と話していたとしても、誰も気にかけなかったというのに、顔出しした途端にこれだ。


「怪力女に頼みたい雑用があるだけだ。他の者は帰れ」


 候補者たちはどうにか明と関わりを持ちたいようで、ゆっくり退出の準備をしながら、男の顔色を伺う。


 明は腕を組み、不機嫌そうな雰囲気を纏って仁王立ちし、全く話しかける隙を作らなかった。

 明らかな拒絶を感じた候補者たちは口惜しそうに講堂を後にする。


「私は何を運べば良いのでしょう?」


 話の流れからして、何か運ぶ必要があるように感じられたが、どこにも荷物は見当たらない。


 明は二人きりになったことを確認すると、拒絶の態度を解いた。


「ああ、あれは女どもを帰らせるための言葉だ。端的に頼み事を言うと、梁が毒に倒れた事件の真相を調べてほしい」


 回りくどい言い方を嫌う明らしいが、急に想定外の話を振られた雨蘭は理解に苦しむ。


「先程事故だと仰っていませんでしたか? 皇帝軍が何かしらの結論を出したのでは」

「建前は事故という扱いだ。梁もそれを強く望んだからな。ただ、何か裏があるようだ」

「は、はぁ……」

「訪問を成功させること。真相を掴むこと。この二つが皇帝に言われたことだ」


 要するに、真相解明は皇帝の命というわけだ。流石の雨蘭も壮大な話に怖気付く。


「何故私なのでしょう。王宮には私よりも相応しい、専門の方がいるのでは?」

「俺は……お前の馬鹿みたいに直向きなところと、田舎人らしい逞しさをそれなりに買っている。人に警戒心を与えることもないだろうしな」

「そうなのですね、ありがとうございます」


 意外な褒め言葉に雨蘭は目を瞬かせた。てっきり、呆れられているとばかり思っていたが、いつの間に認めてもらっていたのだろう。


「勿論俺は俺で調べる。ただ、梁が持っていた莫大な仕事を引き受ける必要があることを考えると、お前の方が自由に動けるだろう」


 調理場の手伝いや廟の掃除の時間を削ってでも、優先させろと言う。

 皇帝の命とあれば、手を抜くわけにはいかないようだ。


「分かりました。もし上手くいったら、私を使用人として雇っていただけますか?」


 梁との約束がほとんどないものとなってしまったので、ここぞとばかりに条件づける。


「お前はそこまでして使用人になりたいのか」


 がめつい雨蘭に呆れたのか、彼は眉間に皺を寄せて尋ねる。


「はい! 田舎の家族を支えるため、どうしても定職に就きたいです」

「他の女どものように、皇妃になりたいとは思わないのか? 皇族に取り入れば金などどうにでもなるものを」

「いくら私でも、身の程は弁えています。それに梁様は素敵な方ですが、私はもっと体躯の良い、一緒に畑をやっていける人が理想です」

「……」


 男は何とも言えない複雑な顔で固まった。

 前髪がなくなったお陰で、いつもより感情を図りやすいが、鈍い雨蘭は彼が何を考えているのか解さない。


「……それは無理だが、就職先は考えてやる。何かあればすぐに言え。こちらで口利きをする」

「は、はいよろしくお願いします!」


(それは無理だって何のことだろう? 私、そんなに変なことを言ったかな?)


 今は事件の真相よりも、明の急な顔出しと変な態度のことが気になる雨蘭なのだった。

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