第24話 事件は茶香と共に

 茶器一式を持った梅花が戻ると、その流れで演習が始まる。


 何も知らない雨蘭であれば、茶壷から直接小さな器いっぱいにお茶を注いだだろうが、上流階級には色々作法があるらしい。


 器を温めたり、茶壷の上からお湯をかけて蒸したりと、たくさんの工程を迷いなくこなしていく美女に雨蘭は感心する。


 田舎では大体のことが適当だ。客が来たら茶を出すが、茶葉は繰り返し何度も使うし、茶杯も洗わず使い回すこともある。


(何も知らずに梅花さんに失礼なことを言ってしまったな……)


 彼女の振る舞いが優れていることは、机に座る審査員――もとい、皇帝役の燕と、その両脇を埋める梁、明の表情を見れば分かる。

 雨蘭に背を向けて座る候補者たちは、きっと悔しんでいるに違いない。


「うん、爽やかで心地良い香りだ。白茶だね」


 茶杯の上に伏せられていた、背の高い器の香りを確かめ、梁は微笑む。


「皇帝が訪問されるのは夏近くですから、体内の熱を下げるのに良いかと思いまして」

「良い選択だと思う」


 梅花の望んだ茶葉が運良く見つかったのか、彼女が機転を利かせて説明したのかは分からないが、裏で茶葉隠し事件があったとは誰も思わないだろう。犯人を除いては。


 何事もなく進んでいく演習を前に、春鈴と香蓮は不思議そうに顔を見合わせている。


「どうして上手いこと行ってるのよ」

「さぁ、あそこに置いてあった茶葉は全て捨てたはずだけど」


 彼女らの口がそう動いたのを見て確信する。


(間違いない。一連の実行犯は梅花さんの想像通り彼女たちね)


 梅花とは友人のはずなのに、何てことをするのだと頭に血がのぼる。

 涙目で床にへたり込む梅花を思い出し、自分がどこにいるのかを忘れてひとこと物申してやろうと思った。


「ちょっと――」

「梁様!? 梁様!!」


 がちゃん、という音がした直後、雨蘭の声を掻き消すように梅花が叫ぶ。


(えっ、何!?)


 少し目を離した隙に、梁の身に何か起きたらしい。他の女性たちも次々に悲鳴を上げた。


「梁様……?」


 喉を押さえて苦しむ梁の姿を目の当たりにした雨蘭も、梅花と同じように彼の名前を呼んでしまう。


 がちゃん、というのは梁の落とした茶器が割れる音だったようだ。

 単に手から滑り落ちたのではないことは、血の気が失せた彼を見れば分かる。

 

「梅花さん、何が起きたの!?」


 雨蘭はざわつく群衆の前に飛び出した。


「お茶を飲んでしばらくしたら、急に梁様の様子が……どうして、どうしたらいいの?」


 彼女は完全に取り乱し、狼狽えている。

 好きな人が自分の注いだ茶を飲んで倒れたのだから、平静でいられる方がおかしいだろう。


 居合わせた誰もが、どうして良いか分からないという表情で固まっている。

 自分がどうにかしなければと雨蘭は思った。


「楊美様、お医者様と、しかるべきところに急ぎ連絡を!」

「はい」

「明様! 一緒に梁様を隣の部屋に運んでください」

「あ、ああ」

「梁様、失礼します」


 雨蘭は梁を抱き上げる。明の手伝いが必要かと思ったが、近頃は毎日質の良い食事をとれているためか、一人でも十分だった。


 隣の小さな準備室の扉を足で開けると、中で暇そうに外を眺めていた使用人がびくりと肩を跳ね上げる。


「そこのあなた、急いでぬるま湯かお水を準備して!」

「はっ、はいっ、ただいま!」


 彼女は慌てて部屋を出ていく。ここには湯を沸かす場所がないので、お茶用の湯も別の場所から調達していたようだ。


「あっ。明様、足で扉を開けたのは見なかったことにしてください」

「成人男性一人を軽々抱えているところから見なかったことにしたい」

「そんなことより、今は応急処置をしなければ」


 明に支えてもらうようにし、そっと梁を床に下ろす。

 梁の顔色は一層悪くなっており、呼吸をするのも苦しそうだ。


「毒か」

「きを、ぬいていた……おそらく、キフジソウだ」


 明が尋ねると、梁は絞り出すように何とか返事をする。


「無理して喋るな」


(黄藤草!? まずい、私が知る中でも一番毒が強い植物だ!)


 葉を数枚口にしただけで死ぬと言われており、実際に誤食して死んだ人間が雨蘭の地元にいる。


「明様、喉に指を入れ、できる限り吐かしてあげてください」

「……俺にやれと?」

「他に誰がいるんですか! 下民の指を咥えさせられるよりましでしょう。一刻を争うのでお願いします!」

「お前は俺を誰だと思ってるんだ。あー、そうだな、仕方ない」


 雨蘭は部屋に飾られていた壺を梁の前にさっと置く。明は渋々役目を引き受け、梁が吐くのを手伝った。


 吐かせた後は、毒が混入されていないことを雨蘭が口に含んで確認してから、ぬるま湯をたっぷり飲ませる。


「これで大丈夫なのか?」

「分かりません。できる限りの応急処置はしたので、あとは運次第です」


 王宮から医者が駆けつけたところで、専門家に処置を代わってもらう。


「明様は飲まれなかったのですか」

「ああ。お前は毒を飲んだ人間の対応に随分慣れているようだな」

「田舎では誤って毒草や毒キノコを食べてしまう人間が年に一回は出るので、慣れているかもしれませんね」


 それにしても、どうしてこのような事態に陥ってしまったのだろうか。


(何故梁様が先に飲んだのだろう? 毒見役を置かなかったのは演習だからだとして、普通なら身分の低い人が先に飲むのでは……)


 医者が梁を診察するのを見守りながら、雨蘭は最近学んだ知識と照らし合わせて不思議に思った。

 

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