第19話 畑を耕したら右に出る者なし
「おりゃぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
力が入る気がするのでなんとなく叫びながら、怒涛の勢いで土を耕していく。
貸してもらった
実家の農具はどれも古く、修繕を繰り返して使っているため、雨蘭が本気を出すと壊れて破片が吹き飛んでしまうのだ。
「爽快、爽快」
燕は筒に入れて持ってきた茶を啜りながら農作業を見守っている。
元々は彼がこの畑を任されていたらしいが、足腰の弱った老人一人でどうにかできる状況ではない。
「土が大分柔らかくなってきましたよー」
息を整え、額の汗を腕で拭う。眼前には、ようやく畑らしくなってきた土地が広がっている。ここに至るまで、草抜きや石拾いがなかなかに大変だった。
「お疲れさん。適度に休憩をとるようにな」
「はい! でも久しぶりに農作業をしたら楽しくて。やっぱり自分に相応しい場所は畑だなぁ、と思います」
近頃の雨蘭は廟の掃除を短時間で終わらせて、昼さがりまでの時間を畑で過ごしている。
勉強は続けているが、量を増やしたところで出来の悪い頭は受け付けてくれないことが分かってきた。
よって、朝起きてすぐの短時間と、夜食作りが終わってからの時間に集中して勉強することにしている。
慣れない勉強を頑張ろうとしすぎて、何もかも上手くいかないこともあったが、このところは頭と体が同じくらいに疲れ、程よく均衡を保っている。
精神的に疲れたら、同じくらい体をくたびれさせれば良い状態になると、雨蘭はまた一つ実践から学んだ。
(耕しすぎも良くないし、そろそろ堆肥を撒いて畝を作っていかないと)
雨蘭の要望で燕に手配してもらった、堆肥の麻袋をちらりと見る。
(申し訳ないけど、畑仕事を続ける限り沐浴させてもらわないとなぁ……)
畑に出た初日、その姿で調理場に入ることは許さないと料理長に怒られ、明には土臭くて汚らしいと嫌な顔をされた。
宿舎の浴場を使えるのは朝と晩のみと決まっている。
どうしたら良いのですかと泣きついたところ、明は面倒臭そうにしつつも、畑仕事の後に沐浴ができるよう手配してくれたのだ。
その辺の川で体を清めろと言われてもおかしくない雨蘭が、何故か姫様のように使用人に付き添われ、高貴な人のために設けられた広い浴場で体を清めさせてもらっている。
綺麗になっては汚れての繰り返しなので、今のところ他の候補者達には気づかれていないようだ。
雨蘭だけ贔屓されているとなればまた揉めるだろう。
贈り物に入っていた洗髪薬と櫛を使うようになってから、髪の指通りが良くなり、艶が出てきたような気がするので、不審に思われないか心配である。
雨蘭は元気だ。一方で、いつも凛としていた友人の様子がこの頃おかしい。
「梅花さん、大丈夫ですか?」
夜、月明かりの注ぐ部屋に戻った雨蘭は、寝台の上の塊に向かって話しかけた。
「……」
「どこか悪いのでしょうか」
「放っておいて」
彼女は雨蘭が朝出て行った時と同じ衣で、夜までずっと床に伏していたようだ。
「お食事も召し上がっていないと楊美様から聞きました。台所から杏子をいただいてきたので、少し食べませんか?」
「要らない」
「そんな……食べなかったら死んでしまいます。いつ梁様に出くわすか分からないのですから、美しさを保つためにも食べるべきです」
もそり、と寝台の山が動いた。梅花は緩慢に起き上がる。
長い髪がばさりとかかった顔は素の状態のようだったが、美しい造形をしている。
「どうぞ」
「何これ。実のままじゃない」
杏子の実を渡すと、梅花は顔を顰める。
「あっ、済みません。齧り付いて食べる感覚でいました」
綺麗に身だけ切り出してこいと言われるかと思いきや、彼女は口を大きく開けて齧り付く。
「梅花さん?」
「なんかもう、どうでも良くなった」
空腹だったのかあっという間に食べ終え、頬を膨らませて口の中で種を転がしている。雨蘭は持っていた果実を全て差し出した。
「何かあったのでしょうか」
「嫌というほどあったわよ。貴女、よくあれに耐えていたわね」
皇帝訪問時の役割発表以来、他の候補者から嫌がらせを受けていることを、梅花はぽつり、ぽつりと語り始める。
嫌味を言われたり、足を引っ掛けられて転んだり、雨蘭がこれまで受けていた嫌がらせが、そのまま梅花に向いたようだ。
「そんな……どうして梅花さんが」
「私が良い役をもらったことが気に食わないのよ」
「他人を妬むよりも、それぞれ与えられた役割を全うすれば良いのに」
「ここにいる女は、貴女のように単純ではないの」
単純と言われ、自分はその通りだなと雨蘭は思う。
賢い人たちというのは、物事をあれやこれやと難しく考えがちのようだ。
雨蘭のように、よく分からないがとりあえず目の前のことに全力で取り組む、という発想には至らない。
(明日、明様に相談してみよう)
高尚な人たちのことは、同じく高尚な人に尋ねるべきである。
「もう一つ、この前実家に呼び出された時に聞いたことなのだけど、梁様は――」
梅花は何かを言いかけて口を閉ざした。
「これは止めておく。忘れて」
「はい。助けになれることがあれば何でも言ってくださいね」
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