第18話 思いがけない贈り物

 皇帝訪問に向けた担当発表から部屋に戻ると、雨蘭の寝台の上に見慣れぬ包みが二つ置かれている。


 赤に金の刺繍が施された立派な布で包まれていることから、誰がどう見ても雨蘭のものではない。


 梅花がとうとう雨蘭の領域に進出してきたか、荷受け人が梅花のものを間違えて置いたのだろうと思った。


「これ、梅花さんのものですよね」


 遅れて戻ってきた美しい女性の顔には、僅かに疲れが滲んでいる。

 彼女は包みを一瞥すると軽く首を横に振った。


「見たことないわ。開けてみなさいよ」

「勝手に見てしまって良いのでしょうか……」


 そっと布の結び目を解く。一つ目の包みから現れたのは、淡い色をした衣だった。


 他の候補者たちが着ているような華美なものではないが、光沢や質感からして、とても高価なものだろう。それが桃色と紫色、二種類も入っている。


 もう一つの包みの中には、髪飾りや、女性が身だしなみを整えるために使うと思われる道具が入っていた。


 鏡や櫛だけではなく、桃の花が描かれた木箱の中には、紅や眉墨など色とりどりの容器が入っている。どれも雨蘭とは縁遠い品々だ。


「一体誰のものなのでしょう」


 木箱の下段に、小さく折り畳まれた紙が入っていることに気づく。持ち主の手掛かりかもしれないと、雨蘭はそっと広げた。


『桃饅頭をありがとう』


 短い一文しか書かれていなかったが、雨蘭は誰が書いたものかすぐに合点がいく。ここを紹介してくれた白髪の老人だ。


 桃饅頭のお礼に、これらの品々を贈ってくれたということだろうか。


「ど、ど、どうしましょう。饅頭一つに対し、こんなにお礼を頂いてしまいました」

「宝の持ち腐れになるだけなのに、勿体無い」

「私もそう思います」


 梅花はひとしきり贈り物の中身を確認したが、さほど興味はないようだった。


「まぁ、貰えるものは貰っておけば?」

「怒らないのですね」

「その筆跡、梁様のものではないもの」


 なるほど、と雨蘭は思う。梁からの贈り物ではないと明らかだったので、彼女は発狂しなかったのだ。


「以前、街で助けたお爺さんが、桃饅頭をご馳走したお礼に贈ってくれたみたいです」

「その人、余程身分の高い方だったようね。どれも高価な物ばかり」

「どこにでもいそうなお爺さんでしたけど」

「歳をとればそんなものよ。燕様だって、今ではただの老人にしか見えないでしょう」


(そうだ、燕様! 畑のことを聞きに行かなくちゃ)


 新たな任務を思い出し、雨蘭はいてもたってもいられなくなる。


 皇帝が訪問するのはまだ二ヶ月近く先なのだが、農耕作業は一朝一夕で成果を出せるものではない。


「これらは大切に仕舞っておこうと思います」

「櫛と洗髪薬くらいは使いなさいな。その見苦しい髪が少しはましになるわよ」


 彼女は雨蘭が包み直そうとした贈り物の中から、櫛と瓶を拾い上げて渡してくれる。


「梅花さんが優しい……」

「この前言った通り、利用しようと思っているだけ。勘違いしないで頂戴」


 艶めいた赤みの髪をばさりと靡かせ、梅花は部屋の領域線を示すように立てられた屏風の陰へと消えていく。


 彼女も意中の人物に会えると思い、気合を入れておめかしをしていたようなので、これから着替えるのだろう。


「夜の仕込みまでまだ時間があるので、燕様を探しに行ってきます!」


◇◆◇


 燕は簡単に見つかった。この時間帯は廟の軒下に椅子を置き、うたた寝していることが多い。予想通り、老人は日光浴をしながら船を漕いでいた。


「燕様ー。お休みのところ失礼します」

「雨蘭か。もしやワシは朝まで寝てしまったのか」


 驚かせてしまったようで、居眠りから目覚めた老人は不安げに周囲を見回す。


「いえ、まだ日が沈み始める前ですよ。皇帝訪問に向けた畑の仕事を任命され、詳細は燕様に聞けと言われたので、話を聞きにきました」

「おお、畑の話なら聞いている」

「私は何をすればいいのでしょう」

「はて、何だったかなぁ」


 燕は首を傾げる。昔のことはよく覚えているが、最近のことはなかなか覚えられないらしい。


「ええ……、どうにか思い出してください」

「畑の場所なら覚えておる。廟の外、門から出て北東じゃ」


 大した情報を得られないまま、そのうち思い出してくれることを信じ、燕と実物の畑を見に行くことにした。


「皇帝が訪問されるにあたり、何故畑の世話をする必要があるのでしょう」

「恵徳帝は庶民の文化や、庶民の真似事をするのが好きでな。若い頃はよく王宮を抜け出して遊んだものだ」

「皇帝のことをよくご存知なのですね」

「勿論。悪友とでも言えば良いだろうか。追手から逃げるため、二人で街を走り回ったものよ。おお、あそこだ」


 ふらふら歩く燕を支えながら、廟の外に出る。案内されたのは、誰にも管理されていないのか、雑草が生え、痩せ細った小さな土地だった。


「思ったよりも小さいですね」

「趣味のためだからな。老後は畑でも耕してのんびり暮らしたいというのが皇帝の願いで、引退したらここへ越してくるから、畑を設けろとうるさくて、うるさくて、かなわんかった」


 上皇が廟内で畑仕事をしていたら示しがつかないということで、畑は外に追いやられたらしい。


 皇帝が住む予定の場所から、秘密の道を通ってこの近くまで来れるのだと教えてくれる。


「随分庶民的なお方なのですね。なるほど、分かりました。この畑を皇帝にお見せしても恥ずかしくないよう、一生懸命耕します」


 今の畑の状態では、作物を育てることなどできそうにない。燕は相変わらず指令の内容を思い出せないようだが、雨蘭は自分の使命を理解した。

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