第三章 畑を耕し本領発揮
第17話 担当発表
『重要事項の伝達あり、明日午後三時に講堂へ集まること』
(読める……!)
雨蘭は紙に書かれた文字を見て、感動に震えた。
勉強の成果が感じられる瞬間の喜びを、初めて知ったのだ。もっと頑張ろうという意欲が自然と湧いてくる。
明のお陰で夜の睡眠時間を大幅に削ることなく勉強できるようになったので、現在は肉体、精神、共に健全だ。
候補者たちからの嫌がらせが続いていること以外は、再び安定を取り戻したように思えた。
嫌がらせといっても掃除道具を隠されたり、嫌味を言われたり、と悪戯程度のものなので、雨蘭は大して気にしていない。
指定の通り、講堂へと赴く。ここへ来た日に集められた建物だ。
他の候補者たちは皆、梁に会えると思ってか気合の入った服装をしている。
ひそひそ雨蘭を嘲る声が聞こえたが、官服を着た男が部屋へ入ってくると、彼女らは姿勢を正して淑女に変身する。
男が意中の人物でなく明だということに気づくと、明らかな落胆を顔に浮かべるから面白い。
「恵徳帝の訪問日程が決まった。まだ先の話だが、ここにいる者たちには準備や、当日の対応を手伝ってもらうことになる」
明は前に立ち、一人で話し始めた。どうやら梁は参加しないらしい。そのことが分かると、淑女たちの体から徐々に力が抜けていく。
「担当はこちらで勝手に決めさせてもらった。変更、文句は受け付けない。まずは付き添いと茶出し役だが、これは
誰が何をするのか、順に発表されていった。
(私はどんな役を任されるのだろう)
雨蘭は楽しみに待つが、名前を呼ばれる気配は一向にない。
「以上、呼ばれてない者はいないな」
余計な雑談は許さないという殺伐とした雰囲気の中、明は話を締めくくる。
わざとだろう、と雨蘭は思う。唇をとがらせて、静かに手を上げた。
「ああ、忘れていた。お前は廟の外にある畑を耕すこと。得意分野だろう」
「は、はぁ。畑ですか」
(間違いなく私の本領を発揮できる仕事だけど、でもなんで畑?)
農民のお前は皇帝の目につかないところで畑でも耕しておけ、という実質の戦力外通告とも受け取れる。
実際、そう捉えたのであろう他の候補者たちは、笑いを堪えるのに必死なようだった。
「詳しくは燕に聞け」
「は、はい」
「他の者は書面で知らせる」
(きっと明様のことだから、何か考えがあるのよね)
雨蘭に端役を与えることで、他の候補者たちから妬まれないようにしてくれたのかもしれない、と前向きに捉えるようにする。
もしかしたら本当に、「お前の身なりでは人前に出せない」ということだったのかもしれないが。
身だしなみをどうにかしろと明に言われて以来、一応毎朝、毎晩、手櫛で髪を梳かすようにしているのだが、残念ながら変化は見られない。
明は話しを終えると足早に出て行ってしまった。候補者たちは彼に全く興味を示さないが、彼は彼で女性にまるで興味がないようである。
(畑かぁ。夏野菜の種まきは済んでいるかな。今にも増して忙しくなりそう)
人の波に流されるようにして講堂を去る途中、新しい任務のことを頭いっぱいに考える。
「梅花、一番良い役割だったよね〜」
「黄家の娘だから仕方ないわよ」
「少し前に実家に戻ってなかった? 父親に頼みに行ったのかもよ」
「それは流石にないと思うけど」
同室女性の名前が耳に入り、雨蘭は誰が話しているのか気になった。
後ろを振り返ると、少し前まで雨蘭に嫌がらせをしていた春鈴と香蓮が、今度は梅花の陰口を叩いているではないか。
てっきり彼女ら三人は仲良しだと思っていたが、どうやら妃の座を奪い合う関係のようだ。
「あの……」
「うわっ、畑耕し要員」
雨蘭が話しかけると、二人は害虫でも発見したかのように顔を引き攣らせる。
「黄家というのはすごいのでしょうか?」
「彼女の父親が丞相なの」
香蓮は無視せずに答えてくれるが、視線を合わせようとはしない。
「丞相?」
「恵徳帝を補佐する最高位の官吏と言えば、田舎娘でも想像がつくかしら」
「黄家は代々優秀な人材を輩出してるからねぇ」
春鈴は可愛らしい容姿に似合わない野太い声で、投げやりに補足する。
「梅花さんってすごい方だったんですね」
「別に梅花がすごいわけではないわよ。大したことないくせに自尊心だけは高くて嫌な感じ。分かるでしょ?」
「そうそう、家柄を考えたらこっちも強く出れないし。目の上のたんこぶってやつ」
(やっぱり都の女の人って怖い……)
表面上はにこにこ取り繕っていても、心のうちにはドロドロとした感情が渦巻いていることもあるようだ。
「お二人は廟で皇帝を迎える役でしたっけ」
「そうよ。どうせ他の人間に埋もれながら頭を下げるだけでしょ」
「畑を耕してろって言われるよりはましだけどね。あの時私、吹き出しちゃったぁ」
「それを考えると私たちはましな方ね」
彼女たちの中で、雨蘭は警戒するに値しない、欄外の人間と位置付けられたらしい。
その日から、嫌がらせを受けることはめっきり減った。
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