第11話 能力確認試験とは……
「君、筆はどうした」
「持っていません」
雨蘭は試験机の前に正座し、試験官らしき官服姿の男に向かってはきはきと答える。あまりに堂々としていて、男の方がたじろいでいた。
貸し出し可能かを聞きに行ってくれたが、何も持たずに帰ってきた。その時点で許可されなかったと察する。
雨蘭は少しだけ安心した。わざわざ貸してもらったところで、自分の名前くらいしか埋められないのだ。筆すら持たない哀れな田舎娘でいた方がましである。
「貸し出しはしないとのことだ。試験が終わるまでそこにいろ」
「はい」
同じく試験を受ける候補者たちは、皆くすくす笑っている。恥ずかしかったが、梅花に言われた通りせめて胸を張って座っていることにした。
「この砂が落ちきるまでの間に回答すること。それでは始め」
試験官は砂のたっぷり入った大きな瓶をひっくり返す。何もできないまま、時間だけが過ぎていった。
これなら廟の掃除をしていた方が良かったのではないかと、雨蘭は少しずつ落ちていく砂を眺める。
「そこまで。退出し、自室で待機するように。順に対面問答に呼ぶ」
(ようやく終わった……何もしていないのにこんなに疲れるなんて、皆すごいな)
周囲を見回すとぐったりしているのも、解答用紙が真っ白なのも雨蘭だけだった。
「科挙試験レベルかと構えていましたが、さほど難しくありませんでしたね」
「恐らく基礎能力を測るためのもの。筆記試験では差がつかないでしょう。一問も回答できない方が約一名いたようですが」
「いても邪魔になるだけなので、即刻立ち去って欲しいものです」
彼女らはわざと雨蘭に聞こえるように話す。惨めな気持ちになりながら、部屋に戻ろうとすると、試験官に引き留められた。
「君が雨蘭だね。このまま面接に向かってもらう」
「私が一番ですか?」
「そうなっている。部屋までは楊美が案内する」
いつも前向きな雨蘭だが、他の候補者との差を思い知らされて弱気になる。
一番出来の悪い人間から面接をすることになっているのだろうか。筆記試験に一問も回答できない者は今すぐ田舎に帰れと言われるのだろうか。嫌な想像ばかりが浮かぶ。
「雨蘭様。扉を叩き、中から返事をいただいた後にお入りください」
いつも丁寧な使用人のまとめ役に礼を言い、深呼吸をして覚悟を決める。鳳凰の紋様が彫られた木の扉を叩いた。
「どうぞ」
「失礼します」
(梁様と明様!! このお二人が面接をされるのね)
見知った顔に僅かに安堵する。優しく微笑む梁と、対極的に腕を組んで陰湿な雰囲気を撒き散らす明。いつもの二人だ。
面接官の前に置かれた空席に座るよう促され、雨蘭は自分に見合わぬ豪華な椅子に小さくなって座る。
「珍しく落ち込んでいるようだな」
先に口を開いたのは意外にも明の方だった。いつもより機嫌が良さそうである。
「先程の試験、一問も解けませんでした」
服をぎゅっと掴んで正直に告げた。流石に失望されるかと思いきや、俯く雨蘭に対し、梁は心をふわふわさせる甘い声で、「気にしないで」と言ってくれる。
「筆記試験はそれほど重要ではないんだ。君の生い立ち上仕方ないことだし、三ヶ月が終わるまでに改善の兆しが見えれば良い」
「梁はこいつに甘すぎる」
すかさず明が文句を言う。
「筆すら貸してあげない君は意地悪すぎるよ」
「どうせ貸したところで書けないんだ。貸すだけ無駄だろう」
(あの判断をしてくれたのは明様だったんだ)
「お前もこれで場違いだと分かっただろう。さっさと家に帰れば良いものを」
「あの、頑張りますから、もう少しここに置かせてください!」
「読み書きすらできない女は不要だ」
「三ヶ月が終わるまでに最低限身につけます」
明に向かって必死に頭を下げた。読み書きはできないが、これまで学ぶ機会と必要性がなかっただけで、使用人に求められるなら一生懸命勉強しようと思う。
「君は特殊な身の上だけれど、よくやってくれているよ」
「梁様……」
張り詰めた空気の中、彼の友好的な表情に雨蘭は泣きそうになる。
「筆記試験の代わりにいくつか質問させてもらうね。この国の象徴と、その理由は?」
梁からの質問を受け、対面問答の場だったことを思い出す。
少し前の雨蘭だったら答えられず涙ぐむことになっただろうが、幸運にも最近学んだことに関する質問だった。
「国の象徴は鳳凰で、理由はえーっと。正式な国名、奉王国と同じ音だからです。もう一つ、桃の木も古くから親しまれており、庶民は桃の国と呼ぶほどなので、桃も国の花と呼べると思います」
「うん、いいね。じゃあ廟の礼拝において、一般的な方式と、皇族式の違いは何?」
「一般的には線香を一本供えた後、両膝を地につけてお祈りをしますが、偉い人は線香を複数かつ奇数供え、膝はつけずにお祈りします」
何故か燕に教えてもらったことばかりを質問される。言葉に詰まることなく答える雨蘭を見て、梁は満足そうに微笑んだ。
「林檎が十二入った箱が四箱あったら林檎は合計何個ある?」
計算なら知識を問われるより答えられる自信がある。
畑仕事は肉体労働に思えるかもしれないが、限られた敷地に作る畝の数や種を効率的に撒くことを考えなければならない。豊作の時は市場に売りにいく。
簡単な算術知識が求められるのだ。
「四十八個です」
「五人で分けたら一人何個もらえて、何個余る?」
「一人九個。箱には三個残ります」
雨蘭が素早く回答をすると、梁は口角を上げ、明に語りかけた。
「ほら、口頭なら問題ない」
「偶然だ。こいつに論策や詩賦ができると思うのか」
「科挙試験ではないんだから、そこまで求める必要はないよ」
「万が一、仮に、宮廷に連れ帰ったとして苦労するのはこいつだ」
明は顎で雨蘭を示す。皇太子である梁にも増して態度の大きい男だ。
「そうだとしても、今ここで判断するのは時期尚早だと思うな。彼女の宣言を信じ、三ヶ月が終わったところでもう一度確認することにしよう」
「好きにしろ。お前の判断に任せる」
どうやら明の方が折れたようだ。雨蘭は二人の様子を伺いながら、恐る恐る尋ねる。
「ここに残していただけるということでしょうか?」
「うん、大変だと思うけど頑張って」
「ありがとうございます!!」
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