第ニ章 出る杭は打たれるらしい
第9話 仕事は順調みたいです
朱料理長が咀嚼するのを雨蘭は緊張の面持ちで見守る。
「いいだろう」
「ありがとうございます!」
合格をもらい、思わずその場で飛び跳ねると、埃を立てるなと厳しく叱られる。
蒸し野菜と、卵スープを作る課題を与えられてから一週間、雨蘭は試行錯誤で取り組んできた。
シンプルな料理と思いきや、料理長と全く同じ質のものを作れるようになるまで妥協は許されず、合格を得るまでに随分時間がかかってしまった。
「明日の朝出すように」
「はい!」
自分が作った品を誰かに食べてもらえるというのは嬉しいことだ。
雨蘭の家は貧しく、不作の時は齧る野菜すらなかったので、こうして好きなだけ料理ができる環境も嬉しく思う。
「うん、朱様と全く一緒の味。盛り付け具合も綺麗だし、一週間でよくここまで仕上げたわね」
料理見習いの
「見様見真似で頑張ったのですが、思ったより時間がかかってしまいました」
「いやいや、何年かかってもそれができない人間もいるんだから。アンタ絶対才能あるよ。宮廷料理人を目指した方が良い」
「えぇ、流石に無理ですよ。私はそこそこのお給金がもらえる使用人になれれば良いんです」
食事の配膳を行う使用人を除き、調理場で働いているのは彼女と料理長、雨蘭の三人だけだ。
片付けの時間になり、料理長が先に帰ると庶民出の女同士の会話が弾む。
萌夏は農村とまではいかなくとも、都の外れの出身らしく、彼女の大らかな性格もあってか話しやすい。
「そういえば、ここで作る料理は多くないですよね。住み込みの方々の料理はどうしているのでしょうか?」
「ここは身分の高い方の料理を作る場所だからね。敷地の端の方にもう一つ調理場があるの。知らなかった?」
「知りませんでした」
(私、手伝いに行く先を間違えたんだ……)
初めから二つの選択肢が与えられていたとしたら、無謀にもこちらの調理場に来ることはなかっただろう。
「アンタ、お金が欲しいならお金持ちをつかまえて、玉の輿に乗る手は考えなかったの?」
「全く。私のことを好きになってくれるお金持ちがいるなんて、夢を見たことすらありません」
「えー、私なんて皇太子とぶつかって求婚される妄想ばかりしてるのに」
萌夏は調理時に出た野菜屑で作った炒め物を掻き込みながら言う。雨蘭も負けじともりもり食べる。
ここでは毎日、お腹いっぱいに食べられるから幸せだ。高貴な人には出せない切れ端や余り物でも素材の質が良いから、なんでも美味しい。
世話係のまとめ役、
「皇太子? 皇帝の息子ということですか? だとしたら、随分歳が離れているのでは……」
「ああ、そうか。田舎育ちのアンタは知らないんだね。皇帝の息子は全員亡くなっているんだよ」
三人息子がいたが、一人は幼い頃に病で亡くなり、もう一人は精神を病んで自殺し、最後に残った一人は数年前に不慮の事故で帰らぬ人となったという。
「何だか王宮の闇を感じます」
「色々噂はあったけど、偶然ってことで片付いてる。そんなわけで、次の継承者は現皇帝の孫なんだ」
「なるほど、皇太子はまだお若いのですね」
(えっ。ということは、梁様が皇太子……?)
雨蘭はさっと青ざめる。農民ごときが会話をして良い存在ではないと、梅花が力強く言っていた理由がよく分かる。
(皇帝のお孫さんと聞いてとても高貴な人だとは思ってたけど、次期皇帝と考えると認識が変わる!)
自分は何と浅はかだったのだろう。よく考えれば皇帝の孫と知った時点で、いずれ皇帝になる人と想像がついただろうに。
「王宮で働いていた頃に聞いた噂話によると、皇太子は黒髪に薄墨色の目で、すごく端正な顔をしているらしいの。そんなお方を見かけたら、自分から突進してしまうかも」
萌夏はうっとり話すが、雨蘭は最早聞いていない。
「おーい、雨蘭? 珍しく浮かない顔してるけど、朱様が厳しくて嫌になっちゃった?」
「いえ、違います。朱様は厳しいですが、私のためを思ってのことなので大丈夫ですよ! ああ、そろそろ別の仕事に向かわなくては」
過去起きてしまったことは今更どうしようもない。切り替えが大事だ。雨蘭は急いで食器を片付けて、廟へと向かう。
まだ誰の姿も見えない中、雨蘭は自分専用となりつつある箒で建物の中を丁寧に掃いていく。
「おはようさん」
腰の曲がった老人が、亀のようにゆっくり歩いて入ってきた。
雨蘭が都で助けた老人と同じような歳だろう。足腰が弱いようなので、彼一人でこの広い廟を管理するのは酷だ。
「おはようございます、燕様」
「今日も精がでるのぉ」
「綺麗になるのが気持ちよくて、つい張り切ってしまいます」
結局、掃除は殆ど雨蘭の仕事になっていた。他の候補者たちは担当を決め、順番に回しているが、祭壇の装飾の埃を払う程度の掃除しかしない。
それでは我慢ならない雨蘭はこうして毎日、一人で廟全体の掃除に励んでいる。
「どれ、昨日は一般的な礼拝の仕方を教えたが、今日は皇妃風を教えてやろう。こちらへ来い」
燕は何故か、一般常識にはじまり、宮廷のことや、祭祀のしきたりについてを少しずつ教えてくれる。
雨蘭は自分の知らない高貴な世界の話を聞き、真似事をするのを毎日楽しみにしていた。
「まずは昨日教えたことは覚えているな」
「はい」
雨蘭は教えられた通りに線香を供え、祭壇の前に膝をついて拝んでみせる。
これまでご先祖様の仏壇を拝む時は、なんとなくお供物をして拝んでいたが、本来の正しい順番や方法を教えてもらった。
「よし。この国の名前すら知らないと言った時はどうしたものかと思ったが、物覚えは悪くないようだ」
「私の村では皆、桃の国と呼ぶので、正式な奉王国という名前は初めて聞きました。もう歴代皇帝のお名前まで言えますよ! 諸外国の名前も覚えました」
全て燕に教えてもらったことだ。何に役立つのか分からないが、常識として知っておくべきだろう。
「あら、相変わらず早いのね。もう終わってしまったかしら?」
棘のある声に振り向くと、梅花とその取り巻き二人が立っていた。
「梅花さん、
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