第7話 お仕事いただきました
「あ、あ、あの、お邪魔なようでしたら私は退散しますので!」
慌てて後退りした拍子に足がもつれ、雨蘭は尻餅をつく。
「私は休憩がてら廟を見に来ただけだから、気にすることないよ。箒なら確か奥の方にあった気がするけど」
「梁様!? 自分で探します!!」
跳び起きて履き物を脱ぎ散らかし、梁を追い抜いて祭壇の裏手奥へと回る。
自分が立ち入って良いのか分からなかったが、高貴なお方に箒探しをさせるわけにはいかない。
「そんなに畏まらなくて良いのに。明には随分親しく接しているらしいね」
「何か聞きましたか……?」
雨蘭の背を冷や汗が伝う。ぴたりと動きを止め、怖々振り返ると、彼は変わらず笑っていた。
「今朝の調理場での一件、聞いたよ。傑作だった」
「今後は立場を弁え、態度を改めます」
膝にぶつかりそうなほど勢いよく頭を下げる。彼の幼馴染ということは、明も相応の身分のはずだ。改めて思い返すと、酷いことを言ってしまった。
「いや、君にはそのままでいてほしいな。明とは幼少期からの付き合いなのだけれど、彼に強く言える人間はなかなかいないから、君は新鮮な存在だと思う」
「梁様が許可してくださるなら、これまで通り振る舞います」
「うんうん、許可する」
(梁様、やっぱり穏やかで優しいな。明様とは大違い)
彼が優しげな目を細めると、黄色の蜜がとろりと溢れてきそうだった。
この美しい人の隣に立てるのは、梅花のような相応に美しい女性のみだろう。
「明様もやはり偉い人なんですね」
「明は能力には恵まれている一方で、やる気がなくて困っている」
「仕事をしなくても生きていけるのなら、やる気が出なくても仕方ないですよ」
雨蘭は家族と自分が生きていくために、働いてお金や食料を得なければならない。働くことを止めたら野垂れ死ぬことになる。
一方、生まれながらに高貴な人間はそうではないのだろう。多少仕事をしなかったところで、身の安全と生活が保証されている。熱心に働く理由がない。
「何かやりがいが見つかればいいのだけど」
「梁様は明様のことを大切に想われているのですね」
「どうかな。本当は干渉しない方が良いのかもしれない」
彼は立派な棺の装飾を指で撫でた。陰のある横顔が少し気がかりだったが、雨蘭は箒探しを再開した。
祭壇の奥には何のためか分からない広い空間があり、その奥に別の部屋があるようだ。彫刻の施された木の扉を開け、物置と化した薄暗い部屋の中で掃除道具を見つける。
「あっ、箒がありました!」
建立されたばかりであるのに、物置部屋の中は既に埃臭く、掃除のしがいがありそうだ。
ありったけの掃除道具一式を抱えて戻ると、梁の手が伸びてくる。男の手がそっと髪に触れ、離れていった。
「髪に蜘蛛の巣がついていたよ」
「ありがとう、ございます」
(うわー、びっくりした! 普通の女性はこれで惚れてしまうんだろうな)
お金や権威があるというだけでも多くの女性が惹かれるというのに、端正な容姿と優しさまで持ち合わせていたら誰もが虜になってしまう。
「あの、ここへ女性たちが集められているのって、梁様の結婚相手を探すためというのは本当ですか?」
雨蘭は彼が寛大な心の持ち主であることを信じ、思い切って尋ねてみた。
「うーん、皇帝が孫の結婚相手を探しているというのは本当だね。誰かに聞いた?」
「私だけが廟の管理人募集と勘違いしてここに来たようで、同室の梅花さんという方が、親切に教えてくれました。とても優しい方ですよ!」
すかさず梅花のことを売り込んでおく。彼女が梁に見初められれば、何だかんだ雨蘭を使用人として雇ってくれるかもしれない。
「ああ、
「正直に言ってくださる方なので、私はとても好きです。それに、この世のものとは思えないくらい美人で、見ていてうっとりしてしまいます」
「そうだね。君は面白い子だ。僕から一つ、仕事を任せてもいいかな?」
「はい! 何なりと!」
梁直々の依頼とあり、ぴしりと全身に力が入った。
「明にやる気を出させてほしい」
「それはまた……難しい任務ですね」
仕事場の掃除だとか、庭園の草むしりだとかを頼まれると想像していた雨蘭は、瞬きを繰り返す。
何でも引き受けますという態度をとっていた手前、今更無理ですとは言えない。
「必ず成果を出す必要はない。努めてくれるだけでいいんだ。でも、君ならきっとできると思う」
「明様には恐らく嫌われているでしょうし、自信はありませんが精一杯頑張ります! その代わり、上手くいった際には、私を雇ってくれませんか?」
彼は勿論と言って笑った。
約束をしてもらえたことで気合が入る。達成できなかったとしても罰が与えられるわけではない。それなら挑戦した方が得だ。
「ここの掃除や手入れは、当番制で全員に経験してもらおうかな。人柄を見るには良いだろう」
「皆さんも何かすることがあった方が退屈しなくて良いかもしれませんね」
「そう考えるのは君だけだと思うよ」
箒を手に、腕まくりをして準備万端の雨蘭を見て、梁は優しく微笑んだ。
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