第6話 心優しい梅花さん
「梅花さん!!」
「静かになさい!」
部屋に駆け込んだ雨蘭は、同室の美しい女性に怒られる。一人静かに読書をしているところを邪魔されたら、怒って当然だろう。
「済みません。私はこれから廟のお掃除に行くのですが、一緒にどうですか?」
「行くわけないでしょ。鬱陶しいからいちいち聞きに来ないで」
「そうですか……。他の方にも聞いてみます」
管理人を目指すにあたり、廟の掃除は必須任務だろう。それを自分一人、抜け駆けするのは気が引ける。
「好きにすれば。どうせ笑われて終わりよ」
「昨日はあんなにぎらついていたのに、皆さんあまり興味がないのでしょうか」
最終的に残ることができるのは一人か二人と言われた時、全員が殺気立っていたのに、積極的に動こうとする気配がない。
梅花は鼻で笑うと読んでいた本を閉じ、珍しく彼女の方から視線を合わせてくれる。
「お馬鹿な貴女に、私たちがここへ呼ばれている本当の理由を教えてあげましょうか」
「はい、お願いします」
「梁様の花嫁探しよ」
「えっ」
(花嫁探し? 梁様が女性を集めて結婚相手を探しているということ?)
「あのお方はただの官僚ではなくて、現皇帝の孫なの」
現皇帝ということは、この廟に入る予定の人物である。
梁のことは偉い人だと認識していたが、そこまで高貴な人だとは思っていなかった。
「梁様が恵徳帝のお孫さん?」
「そう。現皇帝は少し変わったお方だから、候補女性を集め、孫の結婚相手を探そうとしているわけ。女たちは一人の男を巡っていがみ合う。要は仮初めの後宮なのよ、ここは」
(私にも気さくで優しい梁様が、まさか皇帝のお孫さんだったなんて……)
初めて知る事実に雨蘭は混乱する。にわかには信じ難いが、他の参加者がお金持ちそうな美しい女性ばかりであることを考えると、正しい情報なのだろう。
「そんな大切なこと、私などに教えてしまって良かったのですか?」
「貴女はどうせ敵にもならないし、ここへ来ている貴女以外の全員が知っていることだわ。廟の管理人探し? そんなこと一体誰に聞いたのよ」
「なるほど、私は思い違いをしていたということですね」
(私が望んでいたのは普通のお仕事だったのに。結婚を永久就職と例えることはあるけれど、私にはどう考えても務まらない……)
一緒に桃饅頭を食べた老人のことを思い浮かべる。きちんと職探しの経緯を伝えたつもりだったが、あの世代の人間は結婚こそが女性の仕事であり、幸せだと考えている可能性がある。
ここでどんなに努力をしても、高待遇の仕事を得られるわけではないことを知ってしまった雨蘭はがっくり項垂れる。
「貴女に花嫁が務まるわけないもの。せめて使用人として雇ってもらえるといいわね」
「それだ!! 梅花さん、天才です!!」
梅花の優しい励ましを聞き、力の抜けた体に一瞬で活力が戻ってくる。
花嫁になるつもりは全くない。一、二名枠の争奪戦は他の美しい女性たちに任せ、自分は使用人としての能力を認めてもらい、別枠を勝ち取れば良いのだ。
「本当に嫌味の通じない子」
「私、梅花さんのことを応援します! 梅花さんが花嫁に選ばれたら、洗濯、肩揉み、雑用、何でもするので私を雇ってください」
「嫌よ」
梅花は眉間に皺を寄せて即座に否定する。
「それなら認めてもらえるよう頑張ります。では行ってきますね。戻るのは恐らく夜になるので、先に寝ていてください」
雨蘭は軽い足取りで廊下に出た。
すれ違った他の候補者たちは雨蘭を見てくすくす笑ったが、なぜ笑われているかを梅花が教えてくれたので、最早気にならない。元気に明るく、笑顔で挨拶をしておいた。
「さて、夕食準備が始まる前に、てきぱき廟のお掃除をしないと」
一通りの方法は既に楊美に教えてもらってある。といっても特殊な手入れは不要で、ただ窓枠や装飾品に溜まった埃を払って床を掃くだけとのことなので、難しい仕事ではない。
「詳しくは廟にいる
兵士や馬の石像が立ち並ぶ階段を登り、廟の入り口らしき場所を覗くも人影がない。
雨蘭は悩んだ末、もしかしたら奥の方にいるかもしれないと建物の中に入ることにした。
(流石、皇帝のためのお墓……煌びやかだ)
貧しい農村の、土に埋めて石を置くだけの墓とは大違いだ。立派な宮殿のような建物の中に、金でできた巨大な祭壇が鎮座している。
天井は高く、一面に躍動感のある鳳凰が描かれている。
祭壇の奥に人の背中が見えた。燕爺さんと呼ばれる割に若く見えたが、雨蘭は迷うことなく声をかける。
「あのー、燕様でしょうか」
「ああ、燕爺なら今日は腰を痛めて休んでいるよ。あれ、君は」
見覚えのある亜麻色の毛と優しそうな顔、間違いない。
「梁様!?」
「雨蘭、どうしてここに?」
「ええっと、お仕事をしたいと楊美様に頼んだところ、ここの掃除をと言われまして。梁様、今日は外出されるのではなかったですっけ……それより何故私の名前を!?」
皇帝の孫であるという話を聞いたばかりだったこともあり、予想外の人物との邂逅に雨蘭は狼狽えた。
その姿を見て梁は笑う。人の気を害すのではなく、ほっとさせる優しい笑い方だ。
結婚願望のない雨蘭でも、女性たちが梁との結婚を望む理由が分かる気がする。
「外出? ああ、朝食の件かな。今日、外出の予定があるのは明だけだね。きちんとした服装をしていたから、さぼりではないだろう。そして、ここへ来てもらった女性の顔と名前は全て覚えているよ」
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