第3話 女の戦い、開幕
老婆に案内されたのは、宿舎と渡り廊下で繋がる小さな建屋だった。
部屋の中には縦に長い机が鎮座し、雨蘭らはそれを囲むように座らされる。部屋の前方には皇帝が座るに相応しい立派な椅子が、長机を向く形で設置されていた。
(私、ここに座ってていいの? どう考えても場違いなんだけど……)
そのうち何人かの顔には見覚えがある。明と歩いている時にすれ違った美しい女性たちだ。
うっすらと化粧をした彼女らは、お香の香りを漂わせながら行儀良く座っていた。
片や雨蘭は布一枚で作られたような庶民着で、日焼けの跡が残る素肌を晒している。
(やっぱり、何かの間違いに違いない。そうだと言って欲しい)
部屋の隅に立つ老婆に視線を向けるが、彼女は小さく会釈をするだけだった。
周りの女性たちからの視線が痛い。何故ここに座っているのだ、お前がいるべきは壁際だろうと目で物語っている。
目の前に座る梅花は冷や汗をかく雨蘭を見て、口の端を吊り上げて笑っていた。
「あの、私――」
後ろに立たせてもらえないかと申し出ようとしたその時、前方の入口から二人の男が入ってくる。
先ほど挨拶した
逃げる機会を失った雨蘭だが、女性たちはこぞって梁に熱い視線を向けており、田舎娘のことなど最早眼中にないようだ。
「皆さん、集まってくれてありがとう。この廟は先日完成したばかりで、皇帝がご存命のうちは別荘として使用されるご意向です。皆さんに来ていただいたのも皇帝の命によるもので、皇帝がこちらに御渡りになる際には、協力いただくことになります」
(なるほど、それで人手が必要なのね。それぞれに相応しい、色々な仕事があるに違いないわ)
雨蘭は梁の説明に納得して頷いた。他の女性たちも梁を見つめながら熱心に頷いている。
農民出の雨蘭にはそれなりの裏方業務、美しい彼女らには表に立つ業務が与えられるのだろう。
「普段の生活で何かあった場合には、使用人のまとめ役である
梁は後ろに控える老婆を紹介し、それから気怠そうに立つ、陰気な男に話を振る。
「面倒ごとを起こすな、以上」
「もう少し愛想良くしなよ。乗り気じゃないのは分かってるけど、一応補佐役なんだからそれなりの仕事をしてくれ」
「はいはい」
補佐のくせに態度の悪い男だな、と誰もが思っただろう。梁はよく言い聞かせておくと軽く詫びを入れ、話を続けた。
「こちらから特に指示がない限りは、思い思いに過ごして頂いて構いません。正式に残ってもらうかは、三ヶ月経ったところで決めます」
その一言で、一同に緊張が走る。女性たちは顔を見合わせた。
(ええっ、もしかして解雇されるかもしれないってこと!?)
雨蘭は決して大きくない目を見開いて、爽やかな笑顔で恐ろしい発言をした主人を凝視する。
柔らかな栗色の髪に、蜂蜜色をした甘ったるい目。すっきりした鼻に薄い唇。美男子とはまさに彼のことだろう。地味な明が横に立つと、なおさら輝きは強まる。
女性たちが夢中になるのも頷けるが、そんなことはどうでもいい。雨蘭は美男子を求めてここへ来たわけではない。
「そんなに気負わないで。相性の問題もあるので選ばれなかったからといって落ち込む必要はないですし、十分な謝礼を出します」
(そんな、私はこの先ずっと働かなければ困るんです! あのおじいちゃんは将来安泰の仕事って言っていたのに……そんな甘い話はないってことね。自分の力で頑張らなくちゃ)
応援していてくださいね、と心の中で白髪の老人に語りかける。先日の職探しの状況からして、機会をもらえただけでも有難いことなのだ。
「あの、質問してもいいですか?」
雨蘭は小さく手を上げた。梁はふっと笑って「構わないよ」と返してくれる。
「評価の基準を教えていただけますか。あと、最終的には何人残れるのでしょう?」
「評価の基準については難しいね。様子を見て、我々が主観的に判断することになってしまうと思う。最終的に残るのは、一人か二人かな。誰も残らない可能性もある」
ざわり。お上品に座っていた女性たちから殺気が放たれるのを感じた。雨蘭は思わず身震いをする。
(ほ、本気だ。皆、誰かを蹴落としてでもこの名誉ある職に就きたいんだ……! うう、この中で私、やっていけるのかな……)
「他に質問はないかな。なければこれで終了します」
雨蘭の頭の中で銅鑼が鳴り響く。たった今、戦いの火蓋は切られた。
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