第二章

『ねえ、フィオーレ。大きくなったら、君のことを迎えに行くから……。だから、その時は……僕のお嫁さんになってください』



「……フィオ様。フィオーレ様! 起きてくださいませ」

「フィーちゃーん、おっはよー! 朝だよー!」


「うーん……。翠に碧? ……おはよ~。もう、朝なのー?」


「おはようございます、フィオーレ様。モーニングティーをお持ちいたしましたよ」

「フィーちゃん、今日は午前に剣術の稽古があるから、動きやすい服を。午後はマナーレッスンだから、そっちはドレスを準備しとくね」

「うん、分かったわ。ありがとね、碧。……そうだ!聞いてよ、翠・碧。不思議な夢を見たのよ。夢の中で私は小さい女の子でね、同じくらいの男の子と楽しそうにおしゃべりをしていたの。それも数日間、毎日ね。その男の子の顔はよく思い出せないのだけどね。それにね……うふふ(お嫁さんになってください、って言われちゃったわ。夢だけど何だかすごく幸せな気持ち……)」

「「へ、へぇー……そうなんだ」」


 その話を聞いた翠と碧は驚いていた。フィオーレが話した夢の内容があまりにも『あの日』に酷似していたのだ。フィオーレは、二人の様子には気付かずに話を続けた。


「小さな私とその男の子はね、お茶会を開いていたのよ。しかも二人だけでね。お菓子をつまみながらおしゃべりをして、お茶を飲んで……。会話の内容は覚えてないけど、毎日すごく楽しかったし、逢えるのが嬉しかったのは覚えてるわ」

 

朝の支度をしてもらいながら、そこまでを話したフィオーレは、ふと疑問を感じた。

(あら? おかしいわね。私ったら、どうして『楽しかった』や『逢えるのが嬉しかった』なんて思ったのかしら? それに、そう思ったことを覚えている? ……まあ、いっか。だって夢なんですものね)


フィオーレがそんなことを考えてた一方で翠と碧はお互い顔を見合わせ同じようなことを思っていた。


(今の話は……あの時フィオーレ様から聞いた話と同じ。なぜ、封印をかけたはずのあの時の記憶が? まさか、封印が解けてきているの? だとしたら一体どうして? 原因は? もしかして『オウリュウ様』の『正統な後継者』だから?)


「翠・碧、どうかしたの? 急に黙っちゃって……」

「……っ⁉ いえ何でもありませんわ、フィオーレ様」

「そうだよ、フィーちゃん! さぁ、モーニングティー飲んで着替えたら食堂に行って朝食にしよう!」


 何とか話を逸らした翠と碧は、この話を紅と珀にも伝えなくては、と思いながら身支度を整えたフィオーレと一緒に食堂へと向かったのだった。



 フィオーレには専属の近衛騎士がいる。珀と翠、碧と紅の四人である。


四人はフィオーレの身の回りの世話はもちろんだが、稽古の相手や勉学やそれぞれの得意分野の講師も務めていた。


この日は剣術の稽古の為、剣術を最も得意とする紅が相手をしていた。


「よしっ。そんじゃぁ、お姫(ひい)さん。まずは軽く手合わせから始めるぜ」

「ええ。分かったわ、紅。よろしくね」


 二人が稽古をしているのを見守りながら、翠と碧は今朝の出来事を珀に話していた。


「……って事があったんですが珀、どう思いますか?」

「そうなんだよ! もう内心びっくりしちゃったんだから! だってどう聞いたって『あの日フィーちゃんから聞いた話そのもの』だったんだよ⁉」

「ふむ……そうか、そんな事が……。これは早急に陛下にご報告した方がよさそうだな。碧はフィオーレ様の護衛を続けててくれ。紅にはあとで俺から伝えておく。翠は俺と一緒に陛下の元へ行ってその時のことを詳しくお伝えしてくれ」

「うん、了解」

「分かったわ。じゃあ参りましょう」


 そう言うと、珀と翠は国王の元へと向い、碧は稽古に励むフィオーレの様子を見ているのだった。



 王宮内の国王の執務室に到着した珀と翠は国王へと報告をし始めた。


「……と、翠と碧から報告がありました」

「……そうか、その様なことが。話を聞くに確かに記憶にかけた封印が解けてきている、と言えるな。……して、その原因は何だと考える?」

「はい。我々の考えは、フィオーレ様が『オウリュウ様の正統な後継者』であるから……ではないかと考えております」

「……。やはり、そう考えておったか。確かに原因として考えられるものは、それしかあるまい。だとすれば、これからさらに封印が解けてくる可能性があるな……。仕方がない、近衛騎士四人に命ずる。これからフィオーレの様子を逐一報告せよ。あの子の事だ、またあの日のことを夢に見れば、そなた達に話をしてくるだろう。その内容や変わった様子があれば報告をしてくれ。……実の娘に対して、この様なことはあまりしたくはないが、致し方あるまい。頼んだぞ」

「「はっ。お任せください、陛下」」



 珀と翠が国王の元から戻ると、二人の稽古の様子を見ていた碧が気付いて声をかける。


「……あっ、おかえりー珀ちゃん、翠ちゃん。……それで陛下はなんて?」

「ああ、その事についてだがフィオーレ様が休まれた後に話がある。その時に詳しく伝える」

「ん、分かったよ。……フィーちゃーん、紅ちゃーん。そろそろ剣術の稽古、終わりの時間だよー!」

「おー。サンキューな、碧! よーし、そんじゃ今日はここまでな。お疲れさん、お姫(ひい)さん」

「ありがとう、碧。紅、今日もありがとう。お疲れ様でした」


 こうしてフィオーレは午前の稽古、午後のレッスン、といつもの日常を過ごしていた。



 その夜フィオーレが眠った後、珀と翠は昼間の王命について紅と碧にも話していた。


「……そういうわけで、これからフィオーレ様の様子など逐一報告することになった。……陛下も苦渋の選択、という風だったよ」

「そりゃぁ、そうだろうよ。この城の者ほとんどが、お姫(ひい)さんの事を可愛がってるんだ。実の父親である陛下からしたら、なおさらだろうよ」

「うんうん。フィーちゃん、可愛いし優しいし家族やこの国の民想いだからねぇ。人気者なのも頷けるよね」

「……フィオーレ様のいい所自慢は一旦おいておくとして。何か変わったことなどがあれば、まずは俺か翠に報告をしてくれ」

「「了解」」



「……ところで、フィーちゃんの記憶の封印が解けてきてる原因ってやっぱり『オウリュウ様の正統な後継者』……だからかなぁ?」

「たぶんな。陛下にも同じことを聞かれた。だから俺と翠はそう思っている、と伝えたが……正直それ以外の理由が思い浮かばないな」

「そうですね。あの時『オウリュウ様がおっしゃられた』通りに誕生した赤子は、この国ではフィオーレ様ただ一人。あの年に他に赤子は生まれていない。そしてフィオーレ様の膨大な魔力量……間違いないでしょうね」

「とりあえず明日からフィオーレ様の様子など変わったことがあれば、すぐに報告を頼んだぞ」

「はーい。それじゃぁ、おやすみー」

「りょーかーい。んじゃ、おやすみ」

「分かりました。では、おやすみなさい」



 翌朝。翠と碧はフィオーレを起こすため部屋へと向かっていた。


「いいですか、碧。くれぐれもいつも通りにフィオーレ様に接するのですよ。紅も貴方もフィオーレ様に対してくだけた態度を取る事が多いですから……」

「大丈夫だって、翠ちゃん。確かに私も紅ちゃんもフレンドリーに接してるけど、ちゃんと公私の区別くらいついてるよ」

「……ならいいのですが。うっかり、だけは気を付けてくださいね」

「はーい。……って話してる内にフィーちゃんの部屋に到着、っと」

 そうして、二人はフィオーレの部屋へと入室し、何時ものようにフィオーレを起こし始めたのだった。


「フィーちゃん、おはよー」

「フィオーレ様、おはようございます」

「うーん……もうちょっとだけ……」

「いけませんよ、フィオーレ様。起きてくださいませ」

「……はーい。おはよう、翠。碧もおはよう」

「フィーちゃん、すごく眠そうだね。どうかしたの?」

「ううん、特に何も。そうそう。またね小さい私が男の子とあってる夢を見たの。今日のはね……」

「「……」」


 翠たちは着替えを手伝いながら話を聞いていた。そして、予感が的中してしまったことを残念に思っていた。出来れば『あの日』に似ているだけの偶然であってほしい、自分たちの考えすぎだ、と思いたかったが、そうなってはくれなかった。



 それ以降フィオーレは毎日のように同じ夢を見ていた。数日間の事をまとめて見たのは初めの日だけで、翌日からは一日ごとに夢の内容が変わっていった。その事をフィオーレは面白そうに語って聞かせていたが、一方の翠たちは、何とも言えない気持ちで聞いていた。


 フィオーレが休んだ後の定例報告で、翠と碧から聞いた話をまとめていた珀は、しばらく黙り込むと、何か決断をしたのか、他の三人に話し出した。


「ひとまず陛下にご報告へ行こう。返答如何によっては再封印も考えた方がいいかもしれないな」

「そうですね。陛下のご判断に委ねましょう」


 そうして国王の執務室へと四人が向かうとそこには国王と王妃が揃って在室していた。


「陛下、王妃様、お揃いでしたか。夜分遅くなりましたが例の件のご報告に参りました」

「ああ、ご苦労だったな。それで今日もフィオーレに変わりはないか?」

「それが……また夢の内容に変化があったようです……。このままではいずれ、全てを夢に見てしまい、さらに夢が事実である、と言うことがフィオーレ様に気付かれてしまうのではないかと我々は思っております」

「なるほどな。うむ……どうしたものか」

「そこで、陛下と王妃様のお許しが得られるならば、もう一度記憶の封印をかけなおそうかと考えております」

「……⁉ そんなっ‼ もう一度あの子に封印を⁉ 陛下、わたくしは賛成できませんわ。たとえ封印が解けてしまったとしても我が子に負担をかけるくらいなら、それでも構わないではありませんか‼」

「王妃……。しかし……」

「しかしではありません! 幸いにもあの子の封じられた記憶は『黒龍族の男の子と会っていた』ということだけ。封印が解けたところで何も問題はありませんわ。それに『黒龍族』に関しては、王位継承が決まった時に伝えなければなりません。少しそれが早まるだけの事です。……それでも陛下が再封印を、と言うのであれば、わたくしはもう何も言いませんわ」

「…………、分かった。王妃の考えを尊重しよう。そういうことだ、記憶の再封印はせずに引き続きフィオーレの様子を見ててくれ」

「承知いたしました。それでは我々はこれで失礼いたします」



 執務室を後にし、自分達の部屋へと戻っている途中、紅が呟くように話し始めた。


「……ビックリしたなぁー。王妃様があんなに声を荒げるなんてな」

「ホントだねぇ。……でも王妃様の気持ち、分からなくもないなぁー。確かにフィーちゃんには既に封印術をかけてるから、さらにもう一度、ってなると多少の負担は避けられないもんね。だったら再封印はしないで! ってなるよね」

「とりあえず、現状維持だな。明日からも引き続き頼むぞ」

「「「了解」」」



 こうして、表向きは何事も変わらないまま当人は全く気にせず、周りは不安や懸念を抱きながら日々が過ぎていった。

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愛され王女は偉大な女王の後継者 ~しかも、女王より最強なんて何かの間違いじゃないの⁉~ 白哉桜龍 @AzamiOuryu

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