第3話
「お二人は兄弟なんですか?」
眼の前で自分の作った食事を次々と平らげていく少年二人を見ながら、私は訊いてみた。
彼らが自分で言った通り、空腹だったのは一目瞭然である。一食抜いているようだし、食べ盛りだろうとは思っていたので少し多めに用意してみたのだが、それでもみるみるうちに料理が減っていった。
けれど二人とも食べ物を口に運ぶ勢いは相当なものだが、ひどくがっついていたり、食べ方が汚いといった様子はない。言葉遣いこそいささか乱暴だが、きちんと
私の問いに、少年たちは目をぱちくりさせる。
「え? 違うよ。まーどっかで血は繋がってるんだろうけど、親戚ってほどじゃねーと思うな」
イシアが答えた。彼が言っている、血は繋がっているだろう、とは二人がミルダルンという共通の因子を持っている以上、同じミルダルンから遺伝子を受け継いではいるだろう、という程度のことだと分かる。
ザクリスが口の中のパンを水で流しこんでから言う。
「俺たちそんなに似てる? 付き合い長いから、もしかしたら他人からだとそう見えんのかな」
実際のところ、二人は髪の色と瞳の色が同じという以外それほど似てはいなかった。繊細に整った顔立ちのイシアに対し、ザクリスは端正だが粗削りな容貌をしている。ただ、どちらも年相応の
「そうですね、お顔よりは、雰囲気が似通っていると言いますか。私がまだ宙域層に慣れていないせいかもしれませんけれど。お二人はずっと一緒にいるのですか?」
「うん。物心ついた時から、てやつ? ミルダルンは一か所に集められて一緒に教育されるからさ。まあ、集めてったって、そんな人数いねーんだけど。イシアは俺より二つ年上だけど、知り合ってから十年にはなるな」
「そうなんですか。ではご両親とは小さい時から離れて暮らしてらしたんですか?」
「そうだけど?」
ザクリスはなぜそんなことを訊くのか、という顔で小首を傾げる。
「大変なんですねえ、ミルダルンの方々は」
「は?」
ザクリスはますます分からないという顔になった。
「え?」
私も、どうしてそんなに私の反応が不思議がられるのか分からず、言葉に詰まる。
「ジェシカ。進化体って、それが普通」
イシアが補足するように言った。私は驚いて目を丸くする。
「ええっ、そうなんですか?」
「うん……あれ、進化体だけなの? じゃ、地上じゃ子供は親が育てんの?」
ザクリスはイシアの方を向いて訊く。イシアは呆れたようにため息をついた。
「なんで知らねーんだよ。お前の頭ん中、原種文化民俗学は入ってないわけ?」
「ん、どうだろ?」
ザクリスは叱られた子供のように肩をすくめ、とぼけた回答をしながら舌を出す。
原種、とは進化体に対する私たち人類の総称らしい。ちょっと植物みたいである。でもまあ、変化する元の種、という意味だから間違ってはいない。
宙域層に来て初めて進化体に接したが、不思議なことに、彼らは驚くほど私たちに友好的というか、見下した様子が無い。彼らは進んだ技術と身体を持ってこの星に帰還し、その高い能力でこの星の防衛を一手に引き受けているというのに。
特にこの星の社会構造の頂点にある、ミルダルンという存在。通常の進化体は能力的にはそれほど原種の私たちと違わないらしいが、ミルダルンは明らかに特殊な能力を持ち、身分的にも線引きされている。それでも、少なくともイシアとザクリスという二人のミルダルンたちは、つい最近、宙域層民の身分を取得したばかりの何の取り柄もない私に対して、ごく普通に接してくれる。生意気盛りの少年たちだが、私を見下している様子はまったくない。二人の言動からは、私を一個の尊重されるべき人格として見ているのが良く分かる。
対して原種たる私たちはどうだろう。
空域層民の間にも、目に見えない階層は存在した。使用人をしていたから尚更それは強く感じていたものである。
そう考えると、進化体やミルダルンはひどく高尚な存在に思えた。
「……進化体の方々は、ミルダルンでなくても親元を離れて育つのですか?」
「んー、そうだね。三歳くらいになったらどっかのコロニーに連れてかれて、そこで遺伝子走査してもらって、因子の発現率調べて、ミルダルンだったら"塔"に行く。そうじゃなければ宙域層のスクールコロニーのどれかに行く。生活も全部そこ」
イシアが説明してくれる。
全員が全寮制の学校に入るようなものか。私はそう解釈するようにした。三歳というのは、ずいぶん早い気もするが。
「ところで、"塔"ってなんでしょう?」
イシアの言葉に聞きなれない単語があったので、私は訊いてみた。
「ミルダルンの本部だよ。ミルダルンじゃないと入れない、まあ、基地みたいなもんかな。今度、近くの軌道に来たら見せてあげるよ」
「そのようなところがあるのですか……」
この一カ月で宙域層については学んだが、"塔"なるものについては一言も触れられたことがない。ミルダルンしか入れないから、そうでない人間には関係の無いこと、なのだろうか。ただ、二人の様子からすると特別秘密の場所というわけでもなさそうだ。
「簡単に言うと、政府機関に替わるところ、かな。ミルダルンにとっての。俺たちの任務の命令はあそこから来る。だから他の宙域層から受ける任務は厳密には"命令"じゃなくて"要請"って扱いになるんだ」
「一番重要なところなんですね? 私は今まで教えられたこともありませんでしたが……」
「そうかもね。宙域層の普通の基地や居住コロニーじゃ、無闇に話題にしないようになってる。実際、知らない人間も多いんじゃないかと思うよ。あんまり公共の場でおおっぴらに"塔"のこと言うと、興味持たれたり詮索されたりするからじゃね? 入れないから、気になるでしょ」
なるほど。イシアの言う事には一理ある。しかし……。
「私に話してしまわれて、良かったんですか?」
「だって、ジェシカはこれからずっと俺たちと一緒にいるわけだろ? わざわざジェシカの前で話題選ぶとか面倒だし。大丈夫、明文化された規則があるわけじゃないよ。基本的に戦艦の乗組員は知ってることだし」
「そうそう。だって近く通っちゃったりするわけだからさ」
ザクリスも笑いながら同意する。
「それに、ジェシカなら、言っても平気そうだしさ」
「それはどういう……? まだ、お会いしたばかりなんですが」
信頼は有難いが、根拠がまったく分からない。人畜無害に見える、ということだろうか?
「俺たち勘はいいんだ。自分の領分守れる人かどうかくらい、ちょっと話せばすぐに分かるよ」
また、イシアが大人びたことをさらりと言う。善人悪人、などと単純に言わないあたりが凄い。領分、ときた。
バスケットに盛ったパンが空になったので、私はキッチンから追加を持ってくる。早速彼らの手がバスケットに伸びてきた。一体どれだけ食べるのだろう?
「ミルダルンかどうかは、検査しないと分からないのですか?」
「んー、まあ、そうだね、ガキの頃は。外見で大体分かっちゃうこともあるけど」
パンをちぎりながら、ザクリスが私の問いに答える。
「外見?」
彼は自分の髪を引っ張って見せた。
「俺たち、髪白いだろ? これ、元々の、人間に造られたミルダルンと同じ色らしいよ」
「そうなんですか! 珍しいなって思ってたんですよ」
「だろ? 髪が白いのはまずミルダルンだよ。白くないミルダルンもいるけど、逆は聞いたことねーな」
「血筋、ではないんですね?」
私たち人類の感覚では、家柄のようなものを考えてしまうが、確実に全員を調べる制度のようだし違いそうである。
しかし少年たちは顔を見合わせた。少し考えた後、イシアがぽつりと言う。
「多分ね」
これまでのよどみない口調からすると、なんだか曖昧な感じだった。
「多分? たとえば統計が取られたりはしていないんですか?」
「どうかなあ。あったとしても俺たちには絶対に知らされないだろうな。それに、血筋って考え方、進化体の中じゃほぼねえし」
「?」
「そうそう。親と血が繋がってるかどうかもわかんねーもんな」
「え!?」
何やらザクリスが妙なことを言い出す。私が驚いた声を上げたので、またイシアが説明してくれた。
「進化体は体外受精がメインだから。もちろん、夫婦間で普通にできた子供もいるから全部じゃねえけど、それも一度はその胚を提出することになってて、戻される胚が本当に自分たちの子供のものかどうかは知らされない」
「……」
「進化体ってさ、いかにミルダルンを多く産み出すかが至上命題だからさ。遺伝子の組み合わせは多いほどいいわけで、夫婦間にできた子供だけだと、組み合せが限定されることになるだろ? 進化体は定期的に遺伝子を――つまり精子と卵子を提供することになってて、それで受精させた胚を、夫婦が受け取って育てる制度になってんだ。ドナーが誰かは、勿論知らされない。知らされても困るだろ?」
年端もいかない少年からとんでもない解説をされて、私の方が赤面しそうになってしまった。
そんな事情があったとは。教育期間中、進化体については異なる文化もあるので柔軟に受け容れるようにと言われたことがあったが、それはこういうことだったのか。
「はあー、知りませんでした……」
「だろ? なんか原種の人たちからすると衝撃的らしいから、あんまりその辺触れないみたいなんだよな。で、どの子供も三歳で親元から離される。三年で育児からは解放されるから、親もたくさん子供が産めるってわけ。何人産むか産まないかはその人の自由だけど」
「な……なるほど……?」
驚くべき実態である。
イシアはスープを飲み干すと、再び口を開いた。思えば、こんなに喋っているのにどうして料理があっさり無くなっていくのか不思議だ。
「ほんとは婚姻制度自体取っ払っちまうって話も出たらしいけど、さすがにそれは乱暴ってことで止めになったらしいよ」
「それは……そうでしょうね」
恐ろしい話だ。
本当に、進化体にとってはミルダルンが全てなのだと思い知らされる。三歳の子供を必ず手放さなければならない、そもそも夫婦間にできた子供を自分で産む権利すらないなんて、想像を絶する。それでも、一つの目的の為に、彼らは甘んじてその制度を受け容れたのだ。
それはつまり、この無邪気そうな二人の少年の肩にはとてつもなく重い責任がのしかかっているということでもある。
「なんというか……進化体の方は、大変ですね」
「そう?」
進化体としての、ミルダルンとしての生き方しか知らないだろう彼らは、不思議そうな顔でそう言った。
「あー、腹いっぱい。ごちそうさま、ジェシカ。旨かったよ」
ザクリスがおもむろにそう言って、ぴょんと椅子から立ち上がる。
「ごちそうさま。料理上手いね。俺たち運がいいかも」
イシアもそれに続いて立ち上がりながら、そんなことを言ってくれた。
「ありがとうございます。お口に合って良かったです」
お世辞だとしても、なんだか嬉しかった。久々に温かい気持ちになる。まだほんの少年だというのに、彼らの心には他者を気遣う余裕が備わっているようだった。
「さーて、他の皆も落ち着いたかな。始動準備に入るか。ザキ、ブリッジ行くぞ」
イシアは一つ伸びをすると、手首に嵌めた小型端末で時間を確認しながら言った。そして部屋の出口に向かって歩き始める。
「うん。あ、ジェシカ、後で放送入れるから、そしたらブリッジに集合な」
ザクリスもイシアの後を追って身体の向きを変えたが、思い出したようにこちらを向いて、私にそう言った。口調は変わっていなくても、彼らの顔つきは先ほどとは打って変わって引き締まり、そこにはこの戦艦の指揮官としての表情が窺えた。
「分かりました」
私は神妙に頷いて、二人を見送った後、テーブルの上の空になった食器を片づけ始めた。
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