第1話 ぷわふも

 ブォン...。

 青白い光に俺の身体全体が包まれる。聴覚が異常をきたしているのか、発情期の猫が鳴いているような音が絶えず脳内に流れ込んでくる。


 三半規管が狂いを生じ平衡感覚が失われる。地下鉄に揺られている時の10倍はあるであろうその感覚により、俺は思わず膝をついた。


「うおっ」

 床に触れている指先が光を放ち始めた。細胞の一つ一つが未知の粒子に置換されていく。痛みはなく、ただこの世から消え去っていくようだ。


 やがて頭部が鉛になったように俺は顔面から床にダイブした...と同時に意識を失う。





「な...な...あひゅッ!!」

 一瞬のまどろみの後(少なくとも俺にとっては)思考出来るようになったが、呼吸が出来ない。

 仰向けになって身体を大の字に寝転がったような体勢。そして周囲は見渡す限り森、森!森!!

 ここは日本ではないのか?すくなくとも植生は自分の知識にないものだ。大気の組成が通常のものではないのか?だとすれば高山帯などの空気が薄い場所に転移してしまったのか?


 考えを巡らせる度に脳が酸素を消費する。

 予定では2021年の4月、日本の新宿に時空跳躍するはずだったのだが...。


 違和感は他にもある。左手の先端から何かが這い上がってきているのだ。ゆっくりと粘液の塊が腕全体を飲み込んでいくような、そんな感覚。


 視線を斜め左下に移すとそこには...焼いて膨張した餅を寄せ集めたような物体が、左前腕の上で呼吸をしているのか身体を上下に揺らしている。


 ソレと目が...いや、奴に目と思しき器官はないようだが、捕食者に獲物として狙いを定められただろうことを直感で把握する。


 40センチ大の生肉が背面からヒレのような物体を俺の顔元へ伸ばす。


(おっおっおーなっ南無三ッ!!!)

 叫び声をあげようにも声帯が振動を生じさせないことが恨めしい。


 ぞろぞろりと動くソレは下唇を押し下げて、体内に雪崩れ込んでくる。

 気管に葛湯を飲んだ時のような、生暖かいトロリとしたモノが浸透していく。やがてソレが全ての肺胞を侵し尽くすと俺はまた気を失った。


「はっ!!」

 目を覚ますとそこは、やはり尋常ではない空間...少なくとも己がかつて知ったる日本とは別世界が広がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る