第21話 寿司は美味しいよね

 ◆


 ───バタン。


 玄関を閉め、一呼吸。

 現在の時刻は6時。

 夏凪さんの家に7時半に半集合なため、早めに夕食の支度をしなければいけない。

 今日は期末テストがあったんだ。

 ちょっと豪華な夕食にしても問題はないだろう。

 

 豪華……と言っても、何を作ろうか。

 おそらく、肉系は止めて起きたほうがいいだろう。

 ……と、なると。

 やっぱり魚系をメインとした料理にしたほうがいいだろう。

 こんな日に食べる魚料理といえば、やはり寿司しかない。

 幸い、冷蔵庫にマグロ、サーモン、えびはあったはずだ。

 この王道と言える寿司3種類あれば、ひとまず大丈夫だろう。


(さて、作りますか)


 夏凪さん、喜んでくれるだろうか……?


 ◆


 ピンポーン


 一通り準備を済ませた俺は、集合時間になったため夏凪さんの部屋へ向かった。

 夏凪さん、喜んでくれるだろうか? という期待を胸に残しつつ、夏凪さんが出てくるのを待つ。

 

「あ、雪下くん、今日もありがとうございます……。とりあえず、中へ……」


 やはり、女子の部屋にお邪魔をするという行為は、何度繰り返しても慣れそうにない。

 学校とは雰囲気が違う夏凪さんも、同じマンションに同級生が住んでいたということも。

 でも───


(今は、これでいいのかな?)


 きっと、時間が解決してくれるさ。

 今は慣れてなくても、大丈夫。

 そんなことよりも、今は夏凪さんに笑ってもらうことだけを考えよう。


「雪下くん?」

「悪い、今行く」


 この不思議な関係は、まだまだ続きそうだ。


 ◆


「テスト疲れましたねー」

「そうだな……でも。これで当分楽になれる」

「テストが無くても、勉強はしっかりしないとだめですよ?」

「肝に銘じておきます」


 そんなやり取りを交わしながら、ゆったりと過ごす。

 今日まで、切羽詰まった生活をしていたから、これぐらい別に問題は無いだろう。


 にしても、勉強か……。

 やらないといけないのは重々承知しているが、流石にちょっと疲れてしまった。

 少しぐらい、勉強しない日があってもいいかもしれないが、この状態が続いてしまうと、絶対に良くない。

 少し意識を変えないと。


「……まぁ、雪下くんが良いのであれば、これからも教えますよ?」


 ちょっと小声で、夏凪さんがそんな提案をしてくれた。

 、思わず、


「こちらこそ頼むよ!」


 と簡単に了承してしまった。

 こんな魅力的な提案に食いつかない訳がない。

 ただ、夏凪さんに申し訳ないという気持ちが少しあるのは事実。

 何か夏凪さんにお礼をしたいが、前みたいに友達なんだから、お礼なんていらないです。なんて言われるかもしれない。

 でもそれじゃあ、自分が納得いかない。

 ちょっとした形で、何かお礼はできないものか。


「……どうしました? 何か悩んでるようですけど」


 どうやら顔に出てしまったらしい。

 やはり、お礼をするなら、夏凪さんには喜んでもらいたいし、本人に聞いてみるのはどうだろうか。

 うん、聞いてみよう。


「これは夏凪さんにも関係あるから聞くんだけどさ。

 何かして欲しいこととかってあるかな?」

「……なんで?」

「まぁ、いつもお世話になってるからさ」

「それはこちらこそなんですけど……お礼なんて要らないって言っても聞か無さそうですもんね……」


 夏凪さんは、少し悩む素振りを見せ、


「じゃあ、買い物に付き合ってもらいましょうか」


 こうして、俺は夏凪さんの買い物に付き合うことになった。


 ◆


「そろそろ食べようか」


 夏凪さんと買い物することで頭がいっぱいだが、今は夕食だ。

 今日は豪華に寿司を作ってみた。

 肉系は食べにくいと感じ、魚系……つまり、寿司にしてみたが、夏凪さんの口に合うだろうか。

 寿司が嫌いな人なんて居ない。多分。

 とりあえず、食べてもらおう。


「今日は寿司ですかね?」

「そう。見てわかる通り、今日は寿司にしてみたんだが……夏凪さん、寿司食べれるかな?」

「寿司を食べるのは久しぶりですが……普通に食べられますよ」

「なら良かった」


 その言葉に安堵しつつ、俺は持ってきた寿司を並べる。

 ふと、夏凪さんの方を向いてみると……。


「……なんで本当に雪下くんの手料理は美味しそうなんでしょうか……」


 夏凪さんは、ちっちゃい子供が、おもちゃを欲しがるような目で、寿司をジッと見ていた。


(可愛い……)


 学校では絶対に見ない、夏凪さんの表情に、思わずドキッとしてしまった。

 そんな表情が、どこか愛おしく感じてしまって───


(この時間が、ずっと続けばいいのにな)


 なんてベタなことを考えてしまう。


「……? わたしの顔に何か付いてます?」

「ん、あぁ気にしないでくれ」


 ……それは置いておいて。

 一通り、夕食の準備も終わったことだし、もう食べ始めよう。

 もう、夏凪さんが早く食べたいという顔をしているからな。


「それじゃあ食べようか」

「……はいっ」

「「いただきます」」


 目をキラキラとさせた夏凪さんは、真っ先にエビ寿司に手を出す。


「お先にいただきます……」


 夏凪さんがついに、エビ寿司を口の中に入れる。

 不味くはないだろうか……?

 味見をしてみた感じは大丈夫そうだが、夏凪さんの口に合うかはまだ分からない。

 あんなキラキラした夏凪さんが、寿司が不味くて凹んでしまう姿なんて見たくはない。

 頼むから、夏凪さんの口にあってくれ……。


「寿司なんて食べるのいつぶりでしょう……。こんなに美味しかったんですね……。

 特にこのエビ、本当に好きかもしれない……」


 本当に良かった。

 もしかしたら、味付けを失敗してしまったかも?

 なんて思っていたが、ちょっと考えすぎたようだ。

 とりあえず一安心。


(自分もそろそろ何か食べるか……)


 まず目に写ったのはマグロ。

 寿司の定番と言ったら、大半の人がマグロと言うのではないのだろうか。

 他にも色々あるが、とりあえず、目に写ったものから食べ始めよう。


「俺もいただこうかな」


 そう言いながら、マグロを口に入れる。

 美味しい。

 普段、そのまま食べるマグロも美味しいのだが、寿司にすることによって、美味しさが急上昇した気がする。

 本当に美味しい。


「やっぱ寿司は美味しいなぁ……」


 寿司を食べられる幸せを噛み締めながら、そんなことを口にする。

 普段、寿司なんかめったに作らないからな。

 寿司を作る機会を作ってくれた夏凪さんには感謝しないと。


「次はどれを食べましょうかね……」

「いっぱい作ってあるから、ゆっくり食べてよね……」


 また、夏凪さんの笑顔を見るために、もう一度──いや、何度も何度も寿司を作ろうと、自然と思えた──。


 ◆


 食後。

 今日は、食後のデザートとしてケーキを買ってきた。

 やっぱり、疲れた後のケーキは、きっと最高だろう。


「夏凪さん、ケーキも買ってきたんだけど、いちごケーキで良かったかな?」

「ケーキを買ってきてくれたんですが……。別に私のことは気にしなくていいのに」

「そういうわけにもいかないよ」

「……じゃあ、ありがたく貰います。ありがとうございます」


 夏凪さんにケーキを渡し、開けてもらう。

 いちごケーキ、喜んでくれるだろうか?


「こんなにいちごが乗っているケーキ、わたし、初めてですっ」


 どうやら、夏凪さんは興奮を隠せない様子。

 確かに、前に夏凪さんに食べてもらったショートケーキの3倍の量は、いちごが入っているだろう。

 本当に、夏凪さんはいちごが好きなんだな。


「……も、もう食べてもいいですよね?」

「あぁ、食べてみてくれ」


 夏凪さんは、フォークをいちごケーキに刺し、大きく口に放り込む。


「……お、おいしい……」


 感動を受けたような表情をする夏凪さん。

 そんなに美味しかったのだろうか。

 ちょっと悔しい。


「その、買ってきてくれてありがとうございます」

「喜んでくれたなら良かったよ」


 自分だって、ケーキぐらい作れる。

 今日は、たまたま白羽さんのケーキにしようと思っただけ。

 自分だって、自分だって……。


(って、何嫉妬してるんだか)


 一旦落ち着こう。

 夏凪さんは喜んで食べている。

 それでいいじゃないか。


(……でも、この表情は、独り占めしておきたいなぁ)


 なんて思いながら、自分もケーキを食べ始めた。

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