第18話 友達とは。

「今日はこれぐらいにしておきましょうか」


 夏凪さんにそう言われ、時間を確認してみると既に2時を過ぎていた。

 明日は休日ということで、泊まり込みで勉強することになっていたが、このタイミングで抜けるのも良いのかもしれない。


「これ、コーヒーですよ」


 どうしようかと考えていたところに、気を使ってくれた夏凪さんがコーヒーを持ってきてくれた。

 疲れた体に染み渡る……。

 疲労というスパイスがあるせいか、いつもより美味しく感じる。


「あれ、ちょっと入れ方間違えたかな……?」


 そんな小言が聞こえてしまったが、実際このコーヒーは美味い。

 飲んだ感じ、おかしなところは無さそうだが……。


(もしかして、夏凪さんが入れたから美味しいのか?

 ……いや、そんなわけ……)


 これ以上考えるのはやめよう。

 この深夜帯にこんなことを考えるのは色々とよくない。


「まだわたしはやるつもりですけど、雪下くんは寝ますか?」

「え、いや帰ろうと……」

「……? 今日は泊まり込みでやるんですから、そんなことが許されるとでも?」

「……少し休憩したらまた勉強するよ」


 夏凪さんは、どうやら俺を家に返す気は無いらしい。

 だったら俺も遠慮をする必要がない。


「じゃあ、俺も始めますか」

「次は何をやります?」

「そうだな、数学でもやろうかな?」

「わからないところがあれば言ってくださいよ?」


 今改めて考えてみると、高校生活初日はこんなことになるなんて考えてもいなかった。

 高校生活、っていうのは、本当に何が起こるか分からない。

 自分が思い描いていたのとは少し違うけど、こんな生活も良いのかもしれない……。


 ◆


「どうしましょう……そろそろ寝ましょうか」


 夏凪さんからもらったコーヒーにより、眠気を感じなくなっていた俺は、時間を確認できていなかった。

 それだけ集中できたのは良かったが、夏凪さんへの配慮が足りなかった。


(もう5時か……)


 5時。もう朝方である。

 いくらカフェインが入ってるとは言え、朝方になってくると眠気は少しずつ襲ってくるものだろう。

 それは、夏凪さんも同じだった。


「ふあぁ~ちょっと流石に眠くなってきた……」


 まぶたをこすりながら、夏凪さんはそう言った。

 流石に、夏凪さんに無理させるわけにはいかない。

 ちょっと仮眠を取る程度、何も問題は無いだろう。


「俺も眠いからちょっと仮眠取る」

「なら、私も」


 そう言うと、夏凪さんは意識が吸い取られるように眠っていった。

 よほど疲れていたのだろう。

 自分に付き合ってくれた夏凪さんには感謝しか無い。


「夏凪さん、ありがとう」


 もう寝ているはずの夏凪さんに、そっと小声で言うと、自分にも眠気が襲ってきた。

 そろそろ辞め時だ。


 今日は濃い一日だったな。そう思いながら深い眠りへと落ちていった───。


 ◆


 起きたら隣に美少女がいた。

 言葉で表すのは簡単だが、実際に起きてしまうと本当に難しい。

 だって、起きたら隣に夏凪さんがいるんだよ?

 ちょっと恐ろしい反面、信用してくれている嬉しさも感じる。


(あっと、これ以上は止めておこう)


 いくら眠っているとは言え、人の顔をまじまじと見るわけにはいかない。

 バレないとはいえ、罪悪感が残る。

 でも……


(夏凪さん、本当に綺麗なんだよなぁ……)


 きっと、これも努力の成果なのだろう。

 しかも美容なんか、人によって使いやすい、使いにくいがはっきりと分かれてしまうため、自分にあったものを見つけるのは難しいとよく聞く。

 それを見つけるまでに、一体どれほどの苦労があったかどうかは分からないが、決して簡単なものではなかっただろう。

 そういう面も含めて、夏凪さんはやっぱり凄い。


 そんなことを考えていると、夏凪さんが「んぅ」なんて言い始めた。


「んーまだ眠い、な?」


 伸びをしていた夏凪さんと目が合う。

 自分も何を言えばいいか分からず、夏凪さんと俺の視線が交差する。


「って、なんで雪下くんがココにいるんですかっ」

「え、いや、あの」

「変態、スケベ、気持ち悪いっ」


 前にも見たなこの展開。

 実際、自分もまだ起きたばかりで、意識がハッキリとしてないときに、隣で寝ていた夏凪サンを見たときは驚いたが、流石にここまではならなかった。

 まぁ、男女の感覚の違いってのもあるかもしれないが、気持ち悪いなんて言われてしまうと、流石にショックを受ける。


「いや、昨日一緒に勉強したじゃん」

「誰が貴方なんかと保健の勉強なんかするもんですかッ」


 なんで今の会話で保健の話が出てくるのだろうか。

 一回落ち着いて話を聞いてほしい。


「ほら、勉強会を……」

「勉強会……? あっ……」


 反応から察するに、ようやく夏凪さんも思い出してくれたらしい。

 寝起きだったから仕方ないのかもしれないが、ちょっとショックだ。


「あ、あぁ……本当にすみませんっ」

「大丈夫、気にしてないから」


 それはさておき。

 今日は一体どうしようか。

 夏凪さん次第だが、自分の部屋に戻っても、きっと夏凪さんと一緒に勉強するよりは集中できないだろう。

 何故か分からないが、夏凪さんといると集中できる。


「それで夏凪さん、今日はどうするの?」

「そうですね……勉強はする予定ですが、図書館にでも行こうかなと」

「それ、着いて行って良い?」

「こちらとしては願ったり叶ったりです」


 無事、夏凪さんと図書館で勉強する約束を取り付けられた。

 とりあえず一安心。

 自分も早く準備してしまおう。


「あ、まずは朝食作らないと」


 夏凪さんに手料理を振る舞うのが普通になってる今日この頃。

 この関係がずっと続けばいいな、と強く願った───。


 ◆


 遂にやってきた図書館。

 夏凪さんと来た図書館は、この辺りじゃ結構大きい図書館だ。

 サイレントルーム勉強をするところの使いやすさや、参考書も豊富にあるため、学生には本当に人気の勉強スポットである。

 しかも、この期間はテストが近いということもあり、学生が大勢見受けられた。


「とりあえず行きましょうか」


 自分はあまり図書館に行く機会が少ないため、夏凪さんの方が詳しいだろう。

 ここは素直に夏凪さんに着いていく。


「おぉ……」


 夏凪さんが連れてきてくれたところは、参考書コーナー。

 確かに、これだけの参考書があれば解く問題には困らなそうだ。


「ちょっとサイレントルーム借りてきますね」

「わかった」


 そう言いながら、夏凪さんは受付へ向かっていく。

 どうやらここの図書館は、学生に個室を無料提供しているそうだ。

 無料でこんないい空間が貸してもらえるなんて、この図書館は凄すぎる。

 学生に人気なのも納得だ。


「さて、行きましょうかね」


 そう、夏凪さんが連れてきてくれたサイレントルームは、本当に綺麗だった。

 公共の場所ということもあり、少し汚いじゃないか。という心配をしていたが、その必要はなかったらしい。


「今日は何をやりますか?」

「今日は地理をやろうかな、って考えてる」

「なら、あそこにあるのを使うのがいいかもしれませんよ」


 夏凪さんが指を指した先には、大量の参考書が。

 あんなにある参考書を使わない手は無い。


「ありがとう夏凪さん、取り入ってくるよ」


 そう言いながら、席を立つ。


(あれと、これと……)


 自分に合いそうなのを4つほど選んでくる。

 どれも勉強が捗りそうな参考書ばかりだ。


「雪下くん? 良さそうなのはありましたか?」

「あぁ、あったよ。教えてくれてありがと」


 そうお礼を言いながら、勉強の準備を始めた時、あることに気づいた。


(───シャーペンが、無い?)


 シャーペンが無い。つまり、勉強ができない。

 これは本当に大問題だ。

 勉強ができないのなら、夏凪さんと図書館に来た意味が無くなってしまう。

 本当にどうしようか……。


「あれ、雪下くんどうしました?」

「あぁ、ちょっとな……」


 ここで夏凪さんに「シャーペンを持ってくるのを忘れた」といえば、おそらく貸してくれるだろう。

 でも流石に申し訳無さすぎる。

 家まで貸してもらって、図書館にも連れていってくれた。

 そこまでしてもらって、次はシャーペンを貸してもらうなんて、情けなさすぎる。

 でも、このままというわけにもいかない。

 夏凪さんに、言うしか、無い。


「その、夏凪さん。シャーペン忘れちゃって……貸してもらっても良い?」

「……それでさっきまで深刻そうな顔をしてたんですか……それぐらい全然いいですよ」


 そう言った夏凪さんは、俺にシャーペンを貸してくれた。

 夏凪さんのシャーペンは、やはり俺とは違い可愛らしい。


「その、ありがとな」

「別にこれぐらい普通ですよ?」


 本当に夏凪さんにはいつも迷惑をかけてしまってるな。

 何か夏凪さんにお礼をしなきゃな。


 ───そんなことを考えていた時、夏凪さんが顔を近づけてきた。

 何か、夏凪さんが嫌がるようなことをしてしまったのだろうか……?


「雪下くん、今、私に何かお礼をしようと考えていましたね」

「えっ、まぁ……」

「雪下くんはもっと人を頼るべきです」

「え?」

「確かに、何かしてもらったらお返しをする。っていうのは重要です。

 でも、私たちは友達でしょ? そんなすぐにお返しなんてしなくてもいいんです。

 私をもっと頼ってくれていいんですよ?」


 友達というのは、何かしてもらったとき、すぐにをしなくてもいいらしい。

 これまで友達がいなかったからか、どんな小さなことでもお返しをしなければならないと思っていた。


(友達、か……)


 自分には、まだ友達というのがハッキリとは分からないが、きっと助け合っていく関係の事を言うんだろう。

 また、夏凪さんに一つ教えてもらった。

 やっぱ夏凪さんは凄いや。


「まぁ、わたしだって友達が多い方ではないですけど……友達には頼ってもらってくれたほうがありがたいですよ?」

「……次からは頼らせてもらうよ」

「そうしてください」


 夏凪さんにもらったシャーペンで、勉強を始める。

 なぜか集中できない。

 これも全部夏凪さんのせいだ。


 夏凪さんのことを考えると、少し胸が高まってしまうのはおそらく、いや絶対に気のせいだろう───。

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