第17話 勉強会とカレー

 夏凪さんの家でお泊り会兼、勉強会。

 女子の家で、勉強会をするのも、平凡な男子高校生がやることじゃないのに、女子の家で夜を共にするとか、流石に擁護できない。


(何事もなく終わると良いんだけどなぁ……)


 これまでのハプニングは、なんとか未遂で終わらせることができた。

 男子高校生の理性を壊してくる夏凪さんを、次は止められるかが分からない。

 ただ、今回のお泊り会にも、必勝法がある。


 何、簡単な話だ。

 勉強していればいいのだ。

 変な雰囲気にならなければ、自分の理性を壊すことはない。

 第一、普通そんな雰囲気にはならないだろう。

 ……多分。


「あ、雪下くん来ましたか」


 そう言って、夏凪さんは俺を出迎えてくれる。

 夏凪さんが出迎えてくるのは、これで数十回は超えていると思うが、どうにも慣れない。

 はたから見ればこの状況、新婚みたいに見えないか?

 夏凪さんはそんな馬鹿げたことなんか考えていないと思うが、それはそれでこっちが困る。

 俗に言う、天然ってやつなんだろうが、夏凪さんの行動を考えてしまう俺の気持ちにもなってくれ、と毎日のように思う。


「どうかしました?」


 そう首を傾げる夏凪さんをみて、思わず罪悪感がこみ上げてくる。

 その罪悪感を胸にしまい、夏凪さんに「大丈夫、心配ありがと」と伝え、中に入る。


 一時間前まで、夏凪さんの家に居たはずなのに、なぜか緊張してしまう。

 まぁ、流石に女子の家に慣れろなんて難しい要求を飲み込めるわけないから、仕方ないのかもだけど。


「それじゃあ、勉強、始めましょうか」


 置いておいた勉強道具をもう一度取り出し、テーブルに並べる。

 先程は、数学をメインに復習していたため、次の数時間は社会を復習しようかと考えていたところ、


「雪下くんは、何の教科復習しますか?」


 と質問されてしまった。

 ここで、夏凪さんに社会と言ってしまったら、きっと、夏凪さんも俺に合わせて社会の復習を始めてしまうだろう。

 俺にデメリットは一切ないが、俺の行動に縛られるのはやめてほしい。


「逆に夏凪さんは何の教科復習するんだ?」

「そうですね~、正直何の教科でもいいんですが……雪下くんと同じにしましょうかね」


 夏凪さんが俺に合わせてくれるのは嬉しいが、無理していないだろうか。

 自分としては、夏凪さんに教えてもらえるのはこちらとしては感謝しかないが、それによって夏凪さんの成績が下がってしまうなら、本当に申し訳ない。


「大丈夫? 夏凪さん、俺に合わせてくれるのは嬉しいけど無理してない?」

「大丈夫ですよ、雪下くん。わたし、雪下くんに勉強教えたいですから」

「でも……」

「だったら、わたしよりいい成績取れるように頑張ってくださいね?」

「……努力はするよ」


 そんな会話を交わした後、再度勉強に意識を傾ける。

 少しでも夏凪さんに近づきたい。

 ただその一心で勉強に励んだ───。


 ◆


「そろそろ休憩にしましょうか」


 時刻を確認すると、既に0時を過ぎていた。

 一体、何時間勉強したかは分からないが、自分ではありえないほど集中することができた。

 どうしてなのかは分からないが、夏凪さんと居ると安心する気がする。

 そんなことも踏まえて、夏凪さんには感謝しか無い。


 ひとまず、晩ごはんの準備をしなければ。

 今日一日中お世話になった夏凪さんに、”手料理”で感謝の気持ちを伝えたい。


(一体何を作れば喜んでくれるのだろうか……)


 夏凪さんは優しいから、きっと苦手な料理が出てきても、「美味しい」と言ってくれるだろう。

 夏凪さんには悪いが、それじゃあ自分が満足できない。

 夏凪さんに心から「美味しい」と言ってもらえるような料理を作りたい。

 それが今、俺が夏凪さんにできることだから。


(けど夏凪さんの好きな食べ物ってなんだろう……)


 夏凪さんはいつも美味しそうに食べてくれるから、何が苦手で、何が好きなのかが分からない。

 人に手料理を振る舞うことが少なかったせいか、こんな時どうすればいいのか全く分からない。


(一体、どうすれば喜んでくれるのだろう?)


 もう一度、考えを整理して考えてみる。

 夏凪さんが何を好きか分からないなら、誰もが知ってる定番の料理にすればいいのではないのだろうか。

 誰もが知ってる定番の料理なら、食べるときに「なんだこれ……?」とはならないし、反応次第では、今後何を作れば良いのかの参考にもなる。

 

(となると……)


 ”定番の料理”となると、様々な種類の料理、調理法がある。

 今までだったら、早くから準備を始めれば、どんなに時間がかかる料理でも問題はなかった。

 でも、今回は夏凪さんと勉強会をしていたため、時間が圧倒的に足りない。

 つまり、今回の晩ごはんは時短で作らないといけない。

 時短で作れるものといえば、作れるものは限られてくる。


(時短で作れて、夏凪さんが喜ぶような料理……)


 やっぱり、あれしかない。


「夏凪さん、今から作るから待ってて」

「何か手伝うことある?」

「今のところは大丈夫」

「わかりました」


 さて、準備に取り掛かろう。

 夏凪さん、喜んでくれるだろうか……?


 ◆


「夏凪さん、晩ごはんできたよー」

「今日の晩ごはんは何ですかッ」

「今日の晩ごはんは────カレーだ」


 ────カレー。

 濃厚なスパイスで、人類を魅了してきた恐ろしい料理。

 簡単に作れるのにも関わらず、凡庸性が高い。

 例え作りすぎたとしても、違う日に回せばいいため時間が本当に無い時重宝していた。

 カレーとなれば、余った分を夏凪さんに渡すことができるし、流石に夏凪さんも食べたことがあるだろう。

 これなら、夏凪さんも喜んでくれるはず……。


「カレーですか……」

「どうした? その、あまり好きじゃなかった?」

「いえ……カレーなんて食べるの、久しぶりだなって」

「そう、か……」


 夏凪さんの過去は俺には分からない。

 けど一つわかるのが、決していいものではないのだろう。

 正直、夏凪さんの過去に興味がないのか。と問われれば、俺は「興味がある」と答えてしまうだろう。

 けど、それは自分から聞くようなものではない。

 人に言いたくない過去だってあるだろうし、何より聞いたことによって、この夏凪さんとの関係が崩れるようなことはしたくない。


(いつか、夏凪さんの話を聞けるぐらいの信用をもらえると良いな)


 そんな期待を浮かばせながら、箸を持つ。


「じゃあ食べようか」

「そうですね」


 お互い、「いただきます」の言葉を交わし、カレーを口に入れる。


 うん……、やっぱりスパイスが効いてて美味しい。

 これなら、この後の勉強も頑張れそうだ。


「美味しい……」

「ならよかったよ」


 どうやら夏凪さんもお気に召してくれたらしい。

 これで感謝を伝えられたのかは分からないが、夏凪さんの笑顔が見れたから良しとしよう。


「この後も勉強ですよね?」

「そうだな。テストが近いから集中したい」

「そうですね。雪下くんが勝てば、わたしを従えさせることができるんですもんね?」

「そのために頑張ってるんじゃないんだからな?」


 そんな会話をしながら、俺は皿洗いを、夏凪さんは俺の代わりに勉強の準備をしてくれてる。

 俺も、さっさと皿洗いを終わらせないとな。


「雪下くん、そろそろやりましょうか」

「今行く」


 こうして、勉強会第2ラウンドが始まった───。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る