第11話 お嬢様の家にお邪魔した②

「お、美味しい……」

 

 一口食べた途端、夏凪さんの顔は、みるみるうちに幸せそうな表情になっていく。

 何かの食べ物を食レポする時、「美味しい」というのは簡単で、考える時間さえあれば、誰だってそういうだろう。

 けど──夏凪さんの場合は、一口食べた瞬間に、「美味しい」と言ってくれた。

 夏凪さんが言ってくれた「美味しい」は、無意識に出てしまったものだろう。

 無意識に出てしまった「美味しい」ほど、作り手にとって嬉しいものはない。

 

 しかも、夏凪さんは、あんな美味しそうな表情をしながら食べてくれるのだ。

 そんな表情をしてくれる夏凪さんを見ているだけで、こっちまで幸せになってしまう。

 

「も、もしかして、この肉、高級肉ですか?」

 

 少し驚いた表情をしながら、そう聞いてくる夏凪さん。

 無論、ハンバーグに使用している肉は、スーパーの割引されていた肉──つまり安い肉だ。

 そんな安い肉を、高級肉と思われた……ってことは、それほど下準備が上手くいったということ。

 よしっという気持ちを、顔に出ないようにして、

 

「いや、安い肉だよ」

 

 と答える。

 

「い、いや、安い肉だったら、こんな肉汁が出るわけがありません」

「肉汁を出す下準備ってのがあるんだよ。

 よく失敗してしまうんだが、今回は成功したようだな」

「し、下準備でこんなに変わるもんなんですね……」

 

 さっきとはうって変わり、驚いた表情をする夏凪さん。

 さっきの幸せそうな表情も───驚いた表情も──学校ではみたことない表情ばかりだ。

 クラスメート達が知らない表情を──俺だけが知っている、という背徳感に包まれる。

 

「この肉じゃがも美味しいですし、本当に凄いですね……」

「そう言ってもらえて何よりだよ」

 

 肉じゃがまで、夏凪さんに褒めてもらってしまった。

 肉じゃがは、味付けが本当に難しく、夏凪さんの口に合うかどうか分からなかったのだが、幸いにも口に合ったようで、感じていた不安が肩の荷から落ちる。

 

 ───そんな幸せな時間がある反面、いつか夏凪さんに裏切られてしまうのでは? という思いが、強くなっていく。

 

 俺に、優しくしてくれる夏凪さんのことを考えると、裏切られてしまう……という邪な感情を抱いてしまったら、この関係が長く続かないことなんて、分かりきってる。

 今すぐにでも、こんな邪な思いは、捨てなければいけないのに、体が捨ててくれない。

  

 ───不安で押しつぶされそうになった時、心配そうな表情をしている夏凪さんが、一歩、寄ってきた。

 

「……顔色悪いですよ。何かあったんですか」

「い、いや」

「話してみてください」


 そう話す夏凪さんは、先程とは雰囲気がガラッと変わり、真剣な目をしていた。

 そんな夏凪さんが、俺に向けている目にビクッと驚くと共に、まさか夏凪さんがそんな目をしてくるとは思っておらず、自分でもよく分からない感情が、頭の中を渦巻く。


 ただ、そんな中でも───


(夏凪さんは、俺の事を気にかけてくれたって事だよな……)


 俺に対して、誰かが気にかけてくれる───そんな優しい人と出会ったことがない俺は、夏凪さんなら、きっと俺を肯定してくれるのではないか? という期待を浮かべてしまった。


「……」


 夏凪さんは、真剣な目でこちらを見てくれている。

 俺は、夏凪さんなら、馬鹿にしないだろう、という何も根拠のない思いを胸に、話してみることにした。


「その、馬鹿にしないで聞いてほしいんだけど、俺って、人を信用できないんだよ。

裏切られたらどうしよう、そんな不安が襲ってくることがあってさ」

「……つまり、雪下くんは、わたしをまだ信用できない、ってことですか」

「……そうだな」

「理由を聞いても?」

「……普通、女子の家に男子を招くなんてことないだろう?

 もしかしたら裏があるんじゃないか……って思ったんだ」

「なるほど」


 夏凪さんに、俺の思っていることは全て伝えたつもりだ。

 これで、夏凪さんとの関係が切れてしまったら、俺はきっと、誰も信じることができなくなってしまうだろう。

 それを覚悟の上で、俺は夏凪さんに話した。


 俺は神様に祈るような気持ちで、夏凪さんを見る。

 夏凪さんは、少し考えるような仕草をした後、俺との距離をまた一歩近付けてきた。


「……気持ちは、凄い分かりますけど、せめてわたしぐらいは、信用してほしかったな……と」

「……ごめん」

「わたし、誰でも家に入れるわけではないですよ?

 信用してる人だけです」


 つまり、夏凪さんは俺を信用しているから、家に入れたってことか?

 俺は夏凪さんの好感度を上げるようなことをやっていない。

 なのに、なんで───


「だって、雪下くんって、優しいじゃないですか。

 わたし、こんなに優しい人初めて見たんですよ?

 そんな優しい雪下くんを信用しないわけないじゃないですか」


 ────夏凪さんが言ったその一言に、俺はどれだけ救われたのだろうか。

 夏凪さんの言葉が、胸にすぅと入ってくる。

 俺は、こんな言葉を聞きたかったのかもしれない......いや、聞きたかったんだ。


「……夏凪さん、ありがとう」

「信用してくれたなら良かったです」


 夏凪さんにこの不安を取り除いてくれた感謝を思い浮かべながら、夏凪さんに意識を向けてみる。


「……よかったぁ」


 本当に小さい声でボソッと言う夏凪さん。

 まだ、夏凪さんとは出会って時間が経っていないのにも関わらず、信用してくれた。

 申し訳ない気持ちがある半面、嬉しい気持ちがある。

 夏凪さんが困っていたら、絶対に手を差し伸べよう。


 ───そんな事を考える時、夏凪さんが何か持って俺に近付いてきて───


「気分転換に、ゲームでもしましょうか」

 

 



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