第12話 お嬢様とゲーム

 ────ゲーム。

 自分の事で精一杯だった俺には、関わりの無かった娯楽。

 まさか夏凪さんに、ゲームの誘いをされるなんて微塵も思っていなかったため、驚きが顔に出てしまう。


「……もしかして、嫌でしたか?」

「……俺、ゲームしたことないんだよ。

 だから少し驚いただけ」


 夏凪さんにそう伝えると、彼女は驚いたような顔をして、


「それ、人生損してますよ?」

 

 と忠告してきた。

 現に俺は、ゲームなんていう娯楽に頼らなくても生きてこれている。

 逆に、ゲームという娯楽にハマってしまったとしたら、今、この場に俺は居なかっただろう。

 俺にとって、ゲームとは時間の無駄であり、意味のないもの。

 そう思って生きてきた俺にとっては、「それ、人生損してるよ」という言葉に動揺せざる負えなかった。


「……ゲームなんて、意味ない、って思ってそうですね」

「うっ」


 どうやら、夏凪さんには全て透かされているらしい。

 多分、日頃の言動や、俺の態度で見極めたものだろう。

 本当に恐ろしい。


「で、ゲーム、やるんですか? やらないんですか?」


 やるか、やらないかの二択。

 きっと、夏凪さんに出会う前の俺だったら、すぐさま断っていただろう。

 正直、今回も断るつもりだった。


 ───でも、あの夏凪さんお嬢様が、気に入ってしまうほどの娯楽には、少し───いや、結構興味があった。

 一度もやったこと無いのに、「人生の無駄だ」と思ってしまうのは、絶対に後悔することは身に染みている。

 せめて、一度自分で『ゲーム』を体験してから決めるべきだ。


「……やってみる」

「素直にそういえば良いんです」


 なにやら嬉しそうな笑みを浮かべた夏凪さんは、慣れた手付きで準備を進めていく。

 夏凪さんは、俺に、「これ使ってね」とコントローラーを押し付ける。


「えっと、このゲームでいいですかね?」


 夏凪さんが提案してきたゲームは、有名な格闘ゲーム。

 様々な種類の格闘ゲームがある中で、夏凪さんが提案した格闘ゲームは、コマンド入力が難しく、俺みたいな初心者がやるようなゲームでは無いらしい。

 自分一人だったら、難しいゲームよりも、簡単なゲームを選んでしまうだろう。

 でも、今回は、夏凪さんという助っ人がいる。

 

 様々な種類の格闘ゲームがある中でも、夏凪さんが提案したこの格闘ゲームは、コマンド入力が難しいことで話題になっているゲームだ。

 少なくとも、俺みたいな初心者が、初めにやるゲームではないだろう。

 

 ───でも、俺には夏凪さんという、頼れる助っ人がいる。

 夏凪さんに、全てを託して、俺は、挑戦してみようと思う───。


「あぁ。そのゲームでいいよ」

「……このゲーム難しいけど、大丈夫です?」

「夏凪さんに色々教えてもらうから」

「……ど、努力します」


 そう言うと、夏凪さんはゲームソフトをゲーム機の中に入れ、格闘ゲームを起動させる。

 豪華なBGMが流れてくるとともに、夏凪さんは手慣れた手つきで、コントローラを接続し、対戦画面に移行する。


「どのキャラ使います?」

「……初心者におすすめのキャラとかって、いるかな?」

「そうですね……このキャラとかどうでしょう」


 俺みたいな初心者におすすめしてくれたキャラクターは、俗にいう 初期キャラ ・・・・・らしい。

 このゲームの中でも、比較的簡単なコマンドが多く、火力も高いため、初めは誰しもがこのキャラを使っていると言っても過言ではないと、夏凪さんが強く言ってきた。


 何も、このゲームの知識がない俺は、おとなしく夏凪さんがおすすめしてくれたキャラを使うべきだろう。


「じゃあ、俺はこのキャラを使うよ」


 俺が、夏凪さんにおすすめされたキャラを選んだ瞬間に、『START』という文字が、画面全体に現れる。

 その文字を押した瞬間に、場面が変わり、戦闘BGMが流れ始める。


「負けませんからね」

「あぁ、こちらこそ」


 ───3、2、1


 ───GO!


 その合図とともに、夏凪さんの表情がズラリと変わる。

 初めて見る表情に、俺は、目を話すことができず───


「油断してると負けますよ!」


 その言葉で、俺の目線が、画面の方へと戻される。

 俺は、全力でコントローラーを握りしめ、ガードをしようとしたが───


 ガチャガチャガチャ


 夏凪さんから、とんでもないほどのコントローラのガチャガチャ音が聞こえてきて───


「わたしの勝ちですね」


 俺はあっけなく、夏凪さんに敗れてしまった。

 夏凪さんが繰り出すコマンド技は、俺には到底真似できないような速さで、初心者の俺が見ても、凄さが分かってしまう。

 

(努力、したんだろうなぁ……)


 夏凪さんは、学校中でも数十位に入るほどの好成績を保っている。

 この学校で数十位に入るというのは、本当に難しく、俺以上に夏凪さんは努力してきただろう。

 そんな好成績を保ちつつ、ゲームにも力を入れているというのは、本当に尊敬しかない。


 自分は、家事と学校生活の両立ができなかった、

 もしも、もしも俺が夏凪さんだったとしたら───俺は青春を送れたのだろうか。


「わたし、これでも努力してますからね?

 負けるわけ無いじゃないですか」


 ───その言葉で、俺の農が、ばっと覚醒する。

 夏凪さんは、俺以上に努力してきたんだ。

 俺以上に報われるのは当たり前で、嫉妬するのは間違っている。


 ───俺は、努力が足りなかったんだ。

 上には上がいる。

 そんな当たり前の事を今、夏凪さんから学んだ。


「リベンジしますか?」

「……するに決まってるだろ」


 ───夏凪さんとの関係は、この日を境に、さらに深まっていく……

 





 

 














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