第10話 お嬢様の家にお邪魔した①

 ───夏凪さんと一度別れてから、早1時間。

 

 夏凪さんの要望で、食費の半分も貰うことになった俺は、その食費の分の料理を、改めて作っていた。

 夏凪さんから、食費を貰ってしまうと、俺にメリットが大きすぎる。

 だったら、浮いた食費の分で、もう何品か追加したら、夏凪さんも喜ぶのでは? という考えに至り、ハンバーグを作りに戻っていたのだ。

 ちなみに、『貰った食費の分だけ、新たに作っている』ということは秘密にしておくつもりだ。

 もしこの事を伝えてしまったら、絶対に「それじゃあ、意味がないです。その分も渡します」と言われてしまうことは、目に見えている。

 それは、防ぎたい。

 

(……出来た)

 

 そんな事を考えているうちに、ハンバーグを作り終えることができた。

 夏凪さんに渡したハンバーグが、不味かったりしたら大変なので、自分でも味見してみる。

 

(……これは、普通に美味くないか?)

 

 スーパーの、割引されていた肉にも関わらず、肉汁が溢れ出てくる。

 ハンバーグに、空気が入らないような作り方をしたため、バラつくこともない。

 

(……これで、完成ってことでいいだろうか)

 

 久しぶりに作ったハンバーグとしては上出来で、不味くない。

 これなら、夏凪さんに渡しても大丈夫だろう。

 

(夏凪さん、喜んでくれるかな?)

 

 そんな期待を浮かべながら、部屋を出た──。

 

 ◆ 

 

 ピンポーン

 

 再度、呼び鈴を鳴らす。

 今回は、前回と違って、緊張していない。

 逆に、夏凪さんは喜んでくれるかな? と言う期待の方が勝っていた。

 そんなことでそわそわしていた時、遂に玄関の扉が開く。

 

「雪下くん、本当にありがとうございます……」

 

 と、感謝の言葉を送ってくる夏凪さんに、ハンバーグ、肉じゃがが入っているタッパーを渡す。

 

「……は、ハンバーグですか?」

「あれ、もしかしてハンバーグ嫌いだったか?」

「いえ、そんな事は……

 まさかハンバーグが来るなんて思っていなかったので」

 

 夏凪さんは、ハンバーグが嫌い。なんてこと考えずに作ってしまったため、少し不安だったが、そんな事は無かったため、一安心。

 

 ──俺は、渡すものも渡したし、部屋に帰ろう……と思った時だった。

 

「その、雪下くんが良ければですけど、わたしの部屋で食べませんか?」

「……え?」

「い、いや、雪下くんが嫌がらなければですけど……」

 

 夏凪さんの部屋に呼ばれるなんて、一ミリも思っていなかったため、思わず動揺してしまう。

 そんな、動揺で頭が回らない中で、

 

「だめですか……?」

 

 とお願いしてくる夏凪さんを断るのは、はっきり言って無理だ。

 俺は、必死に頭を動かし、

 

「じゃあ、夏凪さんが良いならお邪魔させてもらおうかな……」

 

 と、了承する。

 夏凪さんは、ホッとした顔を見せた後、

 

「と、とりあえず、入ってください──」

 

 といい、夏凪さんの部屋に招かれた───。

 

 ◆

 

 夏凪さんの部屋に招かれた俺は、まだ困惑していた。

 女子の生活空間にお邪魔する──ことなんて、人生で一度も無かった。

 おそらく、健全な男子高校生に起きる、『興奮』なんて、自分には沸かず、ただただ『緊張』が、体をむしばっていた。

 

「と、とりあえずここに居てください」

 

 夏凪さんに案内してもらったところは、前に、夏凪さんが体調を崩してしまい、仕方なく・・・・入った時の部屋だった。

 

「……散らかってたらごめんなさい……」

 

 そんな心配をしていたが、全然散らかっておらず前に来た時の数十倍綺麗だった。

 俺は、少し驚いた顔をしながら、


「ううん、散らかってないよ」

 

 と伝える。

 その言葉を聞いた夏凪さんは、少し嬉しそうな顔をして、飲み物を取りに行ってしまった。

 

 夏凪さんが、飲み物を取りに行ってくれたことで、少し落ち着くことができた俺は、改めて部屋を見渡してみる。

 ──どこかで見たことある、キャラクターの人形。

 ──学校で使う制服。

 ──女子が好きそうな、可愛い文房具。

 ──学校で撮った集合写真。

 そんな生活感溢れる物たちが、この部屋を支配していた。

 

(学校とは雰囲気が違うな……)

 

 学校と家では、雰囲気、態度、服装が変わっているのは、当たり前のはずなのに──違和感を感じざる得なかった。

 学校では、爽やかな雰囲気を醸し出している夏凪さんが、実はアニメが好き──なんて、俺だけでなく、クラスメートも考えたことないだろう。

 人は見かけによらない、ということを、改めて思い知った。

 

「えっと、麦茶でいいですか?」

 

 そんな事を考えているうちに、扉からひょこっと顔を出してきた夏凪さんが、俺にそう問いかける。

 もちろん、「いや、麦茶嫌い」なんて、言えるわけない。

 夏凪さんの生活空間にお邪魔させて貰っている状態で、自分の好きな飲み物を要求するのは、流石に傲慢すぎる。

 俺は、もちろん、

 

「あぁ、麦茶で大丈夫だよ」

 

 と、感謝の気持ちを込め、そう答えた。

 夏凪さんは、「よかった……」とボソッと小声で漏らした後、

 

「じゃあ、これ、どうぞ」

 

 と、麦茶を差し出してくれた。

 

 俺は、貰った麦茶を、一口飲む。

 家に置いてある麦茶とは、格段に違う味を出していて、本当に美味しかった。

 

 ───ゴクン

 

 俺が飲んだことを確認した夏凪さんは、

 

「えっと、雪下くんから貰った料理を半分でいいですかね」

 

 そんな提案をしてくる。

 夏凪さんに渡したハンバーグ、肉じゃがは、多めに入れておいたので、半分にしても大丈夫だろう。

 

「大丈夫だと思うよ。少し多めに入れておいたから」

「よかったです。じゃあ持ってきますね」

 

 そう言った夏凪さんは、また扉を開け、奥の部屋へ向かってしまった。

 

(はぁ……)

 

 と深くため息を吐く。

 女子の家にお邪魔すること自体が、俺にとってはキャパオーバーで、今にも倒れてしまいそうなぐらい緊張していた。

 そんなため息の中、今まで背いてきた考えが、俺の脳に入ってくる。

 

(普通、女子が自分の家に呼ぶなんて起きるか?)

 

 そんな考えを持つことは、夏凪さんにとっても、自分自身にとっても良くないことは分かっている。

 夏凪さんが、俺をどう見ているかなんて、分かるはず無い。

 

(夏凪さんに直接聞いたほうがいいのでは?)

 

 そんな事を思いつくが、俺には実行できるほどの勇気を持っていない。

 本当に自分が嫌になる。

 

 そんな自己否定に陥っていた時、ちょうど夏凪さんが部屋に帰ってくる。

 

「雪下くん、おまたせ」

 

 そう言う夏凪さんが持ってきた皿には、女子力溢れる盛り付けがされていた。

 

(俺の盛りつけ方とは、だいぶ違うな……)

 

 流石女子だなぁ……と関心すると共に、尊敬する気持ちも浮かび上がってくる。

 

「それじゃあ、食べましょうか」

 

 その言葉で、俺の意識は皿から夏凪さんへと移る。

 夏凪さんと、夕食を一緒に食べる機会なんて、早々起きないだろう。

 クラスメートに話したら、嫉妬で憎まれるような時間を過ごせる俺は、本当に運が

 いいことを改めて思い知りながら、食材に感謝の気持ちを伝える。

 

「「いただきます」」

 

 その感謝の言葉と共に、俺と夏凪さんは箸を持つ。

 夏凪さんは、最初、何を食べるか気になった俺は、様子を少し見てみることにした。

 

 ───夏凪さんが最初に取ったのは、自分でも美味いと思ったハンバーグ。

 取ったハンバーグは、肉汁のいい匂いが部屋を充満させていて、食欲がそそられていく。

 

 ───パクっ

 



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