第8話 お嬢様と挨拶
ピピピピピピピ
アラームの音が、家を駆け巡る。
まだ、意識がはっきりしていない中、枕元に置いてあるスマホを取り、アラームを止める。
(昨日は、色々な事が起きたなぁ)
意識がはっきりしてくると同時に、そんなことを思い浮かべてしまう。
足首を痛めた夏凪さんを背負い、部屋まで運んだこと。
自分の手料理を振る舞う関係になったこと。
二日前の自分に言っても、信じてもらえなさそうな関係になっていた。
「はぁ……」
そう、ため息をもらすと共に、意識がはっきりしてきた体を動かし、朝食の準備をする。
今日の朝食は、ものの数分で作り上げたスクランブルエッグと、お米、味噌汁だ。
時短で作った朝食を体の中に流し込み、学校に行く準備をする。
(一体、今日は平凡な一日になるのだろうか……)
そんな不安を残しながら、家の扉を開けた───。
玄関を閉め、歩きだす。
今日は、平凡な日になるのかな? という不安が、朝の気分が優れない時間帯で、少し気鬱だった。
そんな気鬱な気分で、マンションから出ようとしたときだった。
「あ、おはようございます……」
最近良く聞いている声の方を向くと、夏凪さんが立っていた。
「おはよう」
と、挨拶を返す。
俺と夏凪さんは、同じマンションに住んでいるので、登校する時に会うことは決しておかしい話ではない。
だが、俺と夏凪さんは、今まで登校する時だけでなく、帰宅する時にも、会ったことがない。
そんな日が続いていたからこそ、今、夏凪さんと会い、挨拶を交わすということに、少し困惑していた。
「あのっ……」
こういう時、何を話したらいいのか分からず、ただ黙っていることしか出来なかった俺に、夏凪さんが声をかけた。
「どうした?」
「これ、昨日のタッパーです。
ほ、本当に助かりました……」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
そう言って、タッパーを受け取る。
夏凪さんの反応から察するに、俺の手料理は不味くはなかったようだ。
夏凪さんに、自分の手料理を食べてもらったことを考えると、少し顔が赤くなってしまうのが分かる。
「今日の分、夏凪さんの部屋まで渡しに行くから」
「……よろしくお願いします」
「「……」」
再び沈黙が流れる。
だが、この沈黙は仕方ないのかもしれない。
俺と夏凪さんの間には『話題』がないのだ。
人と話し続けるためには、話題が必要なことは、既に経験したことがあるから分かる。
「……一緒に学校行きますか?」
沈黙が流れている中、夏凪さんがそんな事を言い始めた。
きっと、気を使って話題を作ってくれたんだろう。
話題を作ってくれたのは、本当にありがたい……が話題の内容が少し想像していたのと違った。
もし、俺が「そうだな、一緒に行こう」と言い、一緒に登下校をしたとしよう。
きっと、クラス、いや学校中の話題として晒されてしまうだろう。
そんな事が起きたら、もっと平凡な学校生活が送られなくなってしまう。
それは、本当に死守したい。
夏凪さんには悪いが、断らせてもらおう。
「夏凪さん、提案はありがたいんだけど───」
ここまで口にだして、ふと思った。
ここで断ったら、夏凪さんが傷ついてしまうのではないか。と。
流石に、自分の諸事情で夏凪さんが傷ついてしまうのは気が引ける。
ここを乗り切るためには、俺と夏凪さん。どちらも傷つかない方法を考えなければいけない。
頭を回転させ、乗り切る方法を考える。
そうして、俺が導き出した乗り切る方法とは───
「ごめん、部屋に忘れ物したから、先に行ってて」
「あ、分かりました……」
そう
俺が導き出した方法は、これしか無かった。
夏凪さん、本当に、ごめん。
自分勝手な嘘を許してくれ────。
◆
罪悪感を感じながら、教室に入る。
自分の席を見てみると、無意識で隣の席に座っている夏凪さんが目に入ってくる。
どうやら、夏凪さんは読書中のようだ。
本にカバーを付けて読書しているため、タイトルは分からないが、きっと俺には難しい本なのだろう。
そんな事を思いながら、席に座る。
席に、無事座ることが出来た俺は、カバンの中から持ってきた本を取り出し、読み始めようとしたときだった。
「……雪下くん、おはよう」
「え?」
声をかけられるとは、微塵も思っていなかったため、間抜けな声が出てしまう。
基本的に、夏凪さんは、異性と関わろうとしない。
そんな夏凪さんが、俺に声をかけてしまうと、少し問題になることは分かっているはずなのに、俺に声をかけてしまった。
……よくよく考えてみれば、俺と夏凪さんは、とある関係で結ばれているため、声をかけられることは何もおかしくない……が、クラスメートの前で声をかけられてしまうと、絶対に騒ぎになることを考えると、ここで話すのは、よくないだろう。
(……絶対、学校の噂になるよな……)
……と、思っていたが、その心配は必要なかったようだ。
クラスメートは、俺のことを気にしていないようだ。
きっと、俺みたいな陰キャは、夏凪さんを惚れさせるなんて、できない。と思われているから、誰も気にしないのだろう。
その事に安堵した俺は、
「お、おはようございます……」
と、挨拶を返す。
俺が、夏凪さんにあいさつを返すと、夏凪さんは、何事も無かったかのように、また本を読み始めてしまった。
幸い、今回は騒ぎにならなかったが、今みたいなことが続いてしまうと、クラスメートも違和感を感じてしまうだろう。
これは、後で夏凪さんと話し合う必要がありそうだ。
───そんな事を考えていて、俺の気が抜けていたときだった。
「……昨日の手料理、美味しかったから、今日も、できれば、作ってくれると嬉しい、です……」
俺にしか聞こえない声で、夏凪さんがそうつぶやく。
夏凪さんの身長が、俺より低いってのもあって、上目遣いでこちらを見てくる。
そんな、らしからぬ姿で見つめてくる夏凪さんは、破壊力抜群で、そこらの男子じゃ、骨抜きにされてしまうだろう。
そんな状態の夏凪さんを見ていたら、俺の理性がいつまで持つかわからない。
俺は咄嗟に、夏凪さんに、
「……今日も、明日も、明後日も、ずっと作るから、心配しないで」
と、言ってしまった。
そう言った瞬間、夏凪さんの顔が赤く染まってるのが見て分かる。
俺、もしかして変なこと言ったか……? と考えていた時、一つの答えにたどり着いた。
(これ、実質告白だよな?)
という答えが出てしまった。
思わぬ羞恥で、叫びたくなる気持ちを抑え、俺も本を読み始める。
俺は、今日のこの出来事を当分、忘れない。
そんな事に、頭を悩ませながら、一日を過ごした───。
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