第7話 お嬢様と接点

「それでは、今日のホームルームを始めます」

 

 いつも通りのホームルーム活動が始まっていく。

 昨日、夏凪さんの家で色々なことがあったが、何も変わっていない。

 もしかしたら、「昨日、夏凪さんの家に行ったんだろ? 何かあったか?」のようなダル絡みが来るのではないか。と少し身構えていたが、その必要はなかった。

 多分、陰キャじゃ何もハプニングなんて起こっていないだろう。とでも思われているのだろう。

 実際は、ちょっとしたハプニングが起きてしまったことは、墓場まで持っていこう。

 

 俺と夏凪さんとの距離感は今までと変わっていない。

 夏凪さんにとって俺は住んでいるマンションが同じなクラスメート。ぐらいだろう。

 昨日は運が良かっただけ。その程度で考えておこう。

 

 チラッ

 

 少し夏凪さんをチラッと見てみる。

 

「……ッ」

 

 一瞬、目が合った気がしたが、すぐに目をそらされてしまった。

 そんなに俺は嫌われているのだろうか。

 まぁ、仕方ないよな。と思い込み、心を落ち着かせ一日を過ごした。

 

 ◆ 

 

 キーンーコーンーカーン

 

 いつものチャイムが鳴り響くと同時に、大勢のクラスメートが席を立ち、各々帰る準備を始めた。

 今日も、俺の学校生活は平凡だった。

 少し、夏凪さんから距離を取られているな……と感じてしまったことは何度かあったが、それ以外はいつもと変わらなかった。

 

(俺も、そろそろ帰る支度を始めるか……)

 

 帰る支度を終わらせ、席を立つ。

 今日の夕食は何にしようか考えながら、帰宅路へ向かった。

 

 

 歩き始めて数十分。

 ようやく、マンションの前に着く事ができた俺はこの後何をしようか……という期待を浮かばせていた。

 そんな期待を浮かばせながら、いつものように中に入ろうとした時、見覚えのある人影が見えた。

 

(この人影、だれだったっけ……) 

 

 この辺りで、見覚えのある人なんて、一人しか居ない……と察してしまっていたが、「そんなわけないか」と考えるのをやめた。 

 見覚えのある人影に近付いてみると、もう関わることなんかない・・・・・・・・・・

 そう思っていた夏凪さんが、何故か通り道のベンチに座っていた。

 ベンチに座る夏凪さんは姿勢がよく、お嬢様ということを再認識させられる。

 

「「……」」 

 

 自分が感じているだけかもしれないが、凄く気まずい。

 今の状況は、俺にとっても、夏凪さんにとってもあまり良い状況ではない。

 今、俺にできることは、ここから早急に立ち去るのが最善の行動だろう。

 

(夏凪さんが不愉快な気持ちにならないように……)

 

 そう願いながら、夏凪さんの前を通ろうとした。

 

 ────チラッ

 

(あっ……)

 

 今、夏凪さんと目が合ってしまった気がする。

 目が合っても迷惑なだけだから、合わせないようにしようと決めていたはずなのに、無意識に目を合わせてしまった。

 

(何やってんだろ……俺)

 

 そんな虚無感に包まれてしまう。

 きっとこれで、夏凪さんに嫌われてしまっただろう。

 別に、同じマンションに住んでいるからって、進展を求めているわけではないが、クラスメートから嫌われてしまう。というのは心にグッとくるものがある。

 本当に何やってんだか。

 

「……」

 

 なぜか、夏凪さんの視線を感じる。

 もしかして、謝罪したほうがいいのだろうか。

 関わりたくないと思っている人に視線なんか向けないだろう。

 けど、夏凪さんは俺に視線を向けてくる。

 一体、なぜ俺なんかに視線を向けてくるのだろうか。

 

 ───もしかしたら、夏凪さんは助けを求めているのではないか?

 

 そんな疑問が思い浮かんでくる。

 足を痛めてしまい、部屋に入ることができず、ベンチに座っていた。

 そう考えなければ、夏凪さんがベンチに座っている理由が見つからない。

 

 一度、夏凪さんを、無意識ではなく、自分の意思でしっかりと見てみる。

 ここからだと、夏凪さんの顔ははっきりと見えない。

 けど、足首を気にするような素振りが、はっきりと見えた。

 

 足首を痛めている夏凪さんを放っておくことは、流石にできない。

 俺は、夏凪さんに話しかけてみることにした。

 

「……もしかしてだけど、足首、怪我してない?」

「……なんで分かったんですか」

「そうじゃなきゃ、そんな深刻そうにベンチに座っている意味がないな、って思って」

「……そうですか」

 

 やはり、夏凪さんは足首を捻挫で痛めてしまったらしい。

 本当に気づけて良かった。

 もし、この場を後にしていたら、夏凪さんはどうなっていたのだろうか。

 考えただけでもゾッとする。

 

 さて、足首を痛めてしまった夏凪さんをどうしたらいいのだろうか。

 ベンチに座っている。ということは歩けないということ。

 何か対処しないとまずいだろう。

 とりあえず、湿布を貼って、痛みを少しでも抑えてあげるのが、いいかもしれない。

 

「とりあえず、湿布とか持ってくるから」

「わ、わざわざ取りに行かなくても……」

「家、近いこと知ってるだろう?

 別に気にしなくていいから、じっとしてて」

 

 そう言うと、夏凪さんは素直に「分かりました……」と本当に小さな声でボソッと言うのが聞こえた。

 その声を聞いて安心した俺は、急いで湿布を取りに行った──。

 


「湿布持ってきたけど、自分で付けれるか?」

「はい、大丈夫です。本当にありがとうございます」

 

 そうお礼の言葉を述べてくれる夏凪さんに湿布を渡す。

 ……まさか、また夏凪さんと接点が生まれるなんて思いもしなかった。

 マンションが同じということもあって、また接点ができてしまうのでは? と考えたことはあったが、まさか次の日に接点が生まれてしまうなんて、誰が想像できただろうか。

 まぁ、夏凪さんはいい印象を持っていないだろう。

 

 そんな事はさておき、夏凪さんは歩くことができるのだろうか。

 湿布を付けたとしても、すぐに歩くことは難しいだろう。

 

「……歩けるか?」

「だ、大丈夫です、歩けます」

 

 ちょっと自信なさげに答える夏凪さん。

 そんな夏凪さんが、ベンチから立った時だった。

 

「あ、危ないッ」

 

 きっと、まだ歩ける状態じゃなかった夏凪さんは、腰を抜かして倒れそうになったところを、間一髪支えることが出来た。

 

「あ、ありがとうございます」

  

 顔を隠しながら、お礼の言葉を話す夏凪さん。

 確かに、ここからは夏凪さんの顔を見ることはできないが、耳が赤くなっていた。

 

「可愛い……」


 思わず、そう声が溢れてしまう。

 

(……夏凪さんには、聞かれていないっぽいな)

 

 幸い、夏凪さんは聞こえなかったらしい。

 今の言葉は、気持ち悪いということは俺でも分かる。

 聞かれてしまっていたら、完全に黒歴史だろう。

 本当によかった。

 

 ひとまず、夏凪さんをベンチに座らして、どうするか聞いてみる。

 

「……その状態じゃ歩けない。……どうしようか?」

「歩けます……と言いたいところですけど、流石に厳しいです。……どうしましょうか」

 

 さてさて、どうしようか。

 夏凪さんは、俺と同じで一人暮らしのため、両親に来てもらう事はできない。

 だからといって、夏凪さんをここに置いていくわけにもいかない。

 頭をフル回転させている時、一つの案が思いついた。

 

 ───俺が、夏凪さんを背負えばいいのではないだろうか。

 

 自分でも馬鹿な考えだということは分かっているが、思いついた案がこれしかない。

 俺が背負って運ぶ以外に、夏凪さんを家まで届ける方法はあるだろうか。

 俺が考えるかぎり、ない……はず。

 この提案を、夏凪さんにしてみることにした。

 

「夏凪さんがよければだけど、背負って運ぼうか?」

「えっ」

「それ以外に、夏凪さんを運ぶ方法が見つからなくて……

 もちろん、夏凪さんが嫌なら、他の方法を考えてみるけど」

 

 夏凪さんは少し考えるような仕草を見せた後、「まぁ、いいですよ」と了承してくれた。

 

「じゃあ、背負うからな」

 

 そう言うと同時に、腰を下げる。

 

「……失礼します」

 

 背負ってみて分かったが、夏凪さんは本当に軽い。

 一体、何のコンビニ弁当を食べれば、そんな軽くなるのか……と疑問をもちつつ、歩きだす。

 歩いている時に、起きてしまう風で、夏凪さんの髪の良い匂いが漂ってくる。

 やはり、男子とは違う匂いがしてくる夏凪さんを、全く意識しない。ということは難しく、平常心、平常心……と心を落ち着かせる事に専念するしかなかった。

 

「着いたぞ」

 

 理性を封じ込める地獄を乗り越え、ついに夏凪さんの部屋の前に着くことができた。

 

「鍵あるか?」

「……これです」

 

 貰った鍵で扉を開ける。

 腰を下ろし、夏凪さんを降ろすと共に、体を伸ばした。

 

「本当にありがとうございます。

 助かりました」

「別にお礼を言われることなんかしてないよ」

 

 そう言いつつ、夏凪さん家の玄関を見渡してみる。

 やはり、俺と同じ形状の玄関で、特に変わったところはない。

 ただ、一つ気になったのが───。

 

「もしかして、今日もコンビニ弁当なのか?」

 

 玄関に置いてあった、コンビニ弁当だ。

 コンビニ弁当というのは、栄養が偏ってしまうことが多々ある。

 そんな栄養の偏りを無くすため、俺はしっかり自炊しているが、夏凪さんは自炊していない。

 本当に、コンビニ弁当で管理できているのか、気になってしまい、思わず聞いてしまった。

 

「そうですね……私、自炊できないので、毎日コンビニ弁当を食べていますね」

 

 その言葉を聞いた時、頭より、口が動いてしまっていた。

 

「──だったら俺の手料理でよければ、少しあげようか?」

 

 思わす言ってしまったその言葉に、自分自身動揺している。

 人の家の環境に、深入りすることは、あまり良くない。

 それは、自分自身分かっていたはずなのに、言葉に出してしまった俺を、今すぐ殴りたい。

 

「ごめん、いきなり言われても嫌だった───」

「本当に、いいんですか?」

 

 俺の言葉を遮り、夏凪さんが、本当にいいのか。という確認を取ってくる。

 正直、一人分も二人分もそこまで変わらない。

 しかも、自分が言い始めたことだ。断るわけがない。

 

「……大丈夫」

「なら、作ってもらってもいいですかね?

 私、自炊なんてしたことなくて、コンビニ弁当で済ましていたんです。

 いつかは変えよう……と思っていたんですが、変えることができず……」

 

 と、是非作って欲しい理由も聞いてしまった。

 確かに、自炊なんてしたことないのに、一人暮らしを始めたら、自炊なんかできるわけがない。

 俺も、一から自分で家事を覚えるのは大変だったことが、今でもしっかり覚えてる、

 だからこそ、夏凪さんの気持ちは痛いほど分かってしまう。

 

 そう深く共感していたとき、夏凪さんが、ボソッと声を漏らした。

 

「──雪下くんの手料理、美味しかったですし……」


 その言葉を聞いた瞬間、顔がニヤけてしまいそうになったことは、言うまでもない。

 俺にとって、また食べたい。という気持ちは、本当に嬉しい。

 

「じゃあ、毎日の夕食のおかず、タッパーで渡すから、よろしく」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「じゃあ、今日の分取りに行ってくる」

 

 このままここに居たら、顔のニヤケが止まらなくなると、思った俺は、逃げるようにタッパーを取りに行った。

 

(まさか、こうなるとは思わなかったな……)

 

 夏凪さんと接点を持っただけでなく、自分の手料理を振る舞う。という関係になってしまったことに少し、不安を感じてしまっている。

 だって、これは平凡な男子高校生・・・・・・・・には起きないことだから。

 けど、俺の手料理で夏凪さんが喜んでくれるなら……という気持ちの方が勝ってしまう。

 

 ───また、夏凪さんの笑みをみたいな……という期待を胸にしまい、俺の部屋の玄関を開けた──。

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