第6話 お嬢様と手料理

 掃除を始めてから数十分。

 とりあえず、一通りゴミを片付ける事ができた。

 自分の見えない所にまでゴミが置いてあったため少し大変だったが、早めに片付けることが出来た。

 本当はこの後、掃除機をかけたり、雑巾がけをしないといけないがそれをしてしまうと、夏凪さんが起きてしまう可能性があるため断念した。

 とりあえず、今日はこれ以上はできない。

 

 …………まぁ、次なんて無いんだろうけど。

 

 今、俺が夏凪さんの家に入れているのは偶然でしかないのだ。

 こんな偶然が何度も続くはずないし、夏凪さんもこれ以上関わりを持とうとしないだろう。

 本当に、次なんて無いんだ。

 

 そんな事を考えている内に簡単な掃除が終わった。

 ふぅ……とホッと一息している時、遂に夏凪さんが起きようとしていた。

 

「……おはよう」

 

 何も言わないってわけにはいけないため、とりあえず挨拶をしてみる。

 

「………おはようございます?」

 

 どうやら、まだ夏凪さんも完全に目が冷めているわけではないらしく、まだ困惑しているということが一目で分かる。

 普通に考えて、自分の家に男子が居るなんてあり得ない事だろうし、自分が夏凪さんの立場になったら絶対困惑してしまうだろう。

 一体、夏凪さんはどんな反応をするのだろうか。

 どんなに、俺を侮辱する反応であっても、俺は「夏凪さんが倒れたから運んだんだ」と訂正しなければならない。

 

「………」

「………」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 夏凪さんが何を考えているのかが分からないが、決して良いものでは無いだろう。

 

 俺は一体、俺はどんな事を言われてしまうのだろうか───。


「な、なんでここに雪下くんが居るんですか!?」

「い、いや夏凪さんが───」

「変態、スケベ、気持ち悪いっ」

 

 凄い罵声を夏凪さんから浴びてしまっている。

 体調が悪く、何も覚えていない夏凪さんにとっては仕方ないと思うが少し腑に落ちない。

 俺は、夏凪さんに訂正してしようと思い、

 

「………本当にごめん、部屋に勝手に上がり込んじゃって。

 実はプリントを渡した時、夏凪さんが倒れてしまったんだ。

 その、放っておく事できなくて、夏凪さんの家のベッドに運んだんだ」

 

 と言った。

 これは本心で、嘘は何一つ付いていない。

 これを信じて貰えなかったらもう俺は終わりだろう。

 だから俺は「頼む、信じてくれ……」と神様にすがるような気持ちで祈った。

 

「……嘘は付いているように見えないんですよね」

「………信じてくれるのか?」

「まぁ、雪下くんは人の家に勝手に入るような性格ではないだろうし、

 雪下くんがプリント持ってきてくれた事は曖昧だけど覚えてますから」

 

 俺は神に救われたらしい。

 これで俺は平凡な学校生活を続ける事ができるし、万事解決と言えるだろう。

 一安心つくと共に、俺はとある事を思い出した。

 

「……嫌なら食べなくても良いんだが、お粥とか持ってきたから」

「……手作りですか?」

「一応」

 

 手作りと言った瞬間、夏凪さんは心底驚いた表情をしていたが、そんなに俺が料理を作る事が以外だったのだろうか。

 ………もしかして、こういう時は市販の物を持ってきたほうが良かったのだろうか。

 こういう経験がない俺は、どうしたらいいか分からず夏凪さんを見守る事しか出来なかった。

 

「……それじゃあ、いただきます」

 

 そう言い、お粥を手に取った夏凪さん。

 その表情は「食べたくないな……」のような気持ちがありそうな表情ではなかった。

 夏凪さんは、「雪下くんの手料理は食べられない……」みたいな言葉を言わない事は分かっていたが、もしかしたら、言われてしまうのではないか……と思っていたため、その可能性が無くなると思うと少し体が軽くなった事が分かった。

 

 次に問題になるのは、夏凪さんの口に合うかどうかだ。

 ここで「あまり好きな味じゃないから食べられない……」と言われてしまったら意味がない。

 俺は、少し覚悟を決めて食べ始めようとしている夏凪さんを見つめた。

 

 ─────パクっ。


 夏凪さんは、息をふぅふぅと吹きかけてからお粥を一口、口に入れる。

 

「……美味しい」

 

 少しか弱い声で、そう声を上げる夏凪さん。

 どうやら、このお粥は夏凪さんの口に合っていたらしい。

 ひとまずこれで、食べられない……と言われる事はなさそうだ。

 俺の手料理に「美味しい」と評価してくれた夏凪さんに、「ならよかった」とだけ伝えておく。

 そんな感謝の言葉を伝えたら、夏凪さんは、

 

「その、ご迷惑かけました……」

 

 と謝罪してきた。 

 ご迷惑と言われても、家の余り物を持ってきただけだし迷惑というほどではない。

 

「別に、迷惑じゃないか───」

「……なんか部屋が綺麗になっているんですけど……」

 

 迷惑じゃないから。と伝えようとした時、夏凪さんの声に割り込まれてしまった。

 どうやら、夏凪さんは部屋が少し綺麗になっていることに驚いている様子。

 ただゴミを片付けただけで、夏凪さんの私物と思われるようなものには触っていない。

 変に誤解されると面倒くさい事になってしまうため、早急に夏凪さんに掃除をした。という事を伝えた。

 

「少し気になったから……その、迷惑だったか?」

「いえ、そんな事は無いです。むしろ有り難いぐらいですよ

 部屋の掃除のやり方がいまいち分からなくて、掃除を出来なかったんですよ……。

 だからこそ、部屋の片付けは本当に有り難いですよ」

「勝手に掃除したこと、怒っていないのか?」

「まさか、私の部屋が汚いのが原因ですからね」

 

 話を聞く限り、夏凪さんは勝手に掃除をしたことは怒っていない様子。

 本当によかった。

 

 そんな事を思っている内に、夏凪さんはお粥を食べきってしまったようだ。

 体調が悪い時は、食欲が無いことが多いが、夏凪さんは大丈夫そうで一安心。

 お粥を無事食べ終わった夏凪さんは、遂に茶碗蒸しに手を出した。

 

「……この茶碗蒸し、卵と具材の味が染み込んでて美味しいです」

「口に合うなら良かった」

「この茶碗蒸し、これも手作りなの?」

「そうだが、何かおかしい所でもあったか?」

「いえ、男子高校生で料理を作っている人が、身近にいるとは思わなかっただけです」

「あぁ、なるほど」

 

 確かに、男子高校生で料理を作っているなんてあまり聞いたことがない。

 考えてみれば、高校生じゃまだ一人暮らしをしている人は少なく、朝、昼、晩のご飯は、親に作ってもらっているだろう。

 俺は、親の”自分の事は自分でやれ”という教訓のもと、育てられたため、自分で料理を作るしか無かった。

 そんな教訓のもと育てられてきたから、自然と料理の腕は上達しているだろう。

 

「私は、料理を作ることが出来ないので、最近はコンビニ弁当ばっか食べてましたからね……」

 

 苦笑いをしながら、そう話す夏凪さん。

 コンビニ弁当っていうのは、確かに美味しいがコスパが悪く、バランスよく栄養を取ることが難しい。

 そんな生活を続けている夏凪さんの食生活に、口をだしたくなってしまうが言っても迷惑なだけだろう。

 

(さて、渡すものも渡したし、そろそろ帰るか……)

 

 既に、日は落ちてしまっている時間帯だ。

 流石に、そろそろ帰らないと夏凪さんも迷惑だろう。

 

「それじゃあ、そろそろ帰るから」

 

 そう別れのあいさつを夏凪さんに言い、玄関に向かった。

 靴を履いて、玄関を出ようとした時「待ってください」という夏凪さんの声で呼び戻された。

 

「こんな時間帯まで、色々してくれたんです。

 せめて、通行費だけでも出させてください」

 

 やはり、夏凪さんは少し誤解しているらしい。

 

「……その、俺もこのマンションに住んでいるから」

「………はい?」

 

 目をパチクリしている夏凪さん。

 きっと、夏凪さん自身同じマンションにクラスメートが居るとは思ってもいなかっただろう。

 しかも、同じマンションに住んでいたのは、隣の席の陰キャ。

 夏凪さんが驚いてしまうのも無理はない。

 

 そんな事を考えている時、目をパチクリとしていた夏凪さんが俺に「聞きたいことがあるんですけど……」と問いかけてきた。

 

「もしかして、今の手料理、わざわざ作ってきてくれたんですか?」

「いや、作り置きだったやつだ」

「……そうですか」

 

 流石に、一から作るとなると結構な時間がかかってしまうため、作り置きを夏凪さんに食べてもらった。

 ……少し、作ったばかりの手料理を食べてもらいたいと思ってしまう。

 もしかしたら、夏凪さんが一口食べた後の笑みが忘れられないだけかもしれない。

 昔から、自分で食べれるものを作って食べているが、人に食べてもらったことがない・・・・・・・・・・・・・・

 今日、人に自分の手料理を食べてもらって「嬉しい」と思えてしまった。

 

 でも、そんなことが起きるわけないって事は分かっている。

 

「雪下くん?」

 

 その声で、今考えていたことを一回やめ、体を夏凪さんに向ける。

 

「じゃあ、帰るよ。お大事にな」

「はい、わざわざありがとうございました」

 

 そう分かれの挨拶を交わし、自分の部屋へと向かう。

 もしかしたら、夏凪さんと関わりをもててしまうのではないか。という淡い期待を思い浮かべながら、玄関のドアをガチャと開けた───。

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