第5話 お嬢様と掃除
俺が住んでいるマンションには、お嬢様こと、夏凪さんが住んでいるらしい。
………確かに、最近ここに引っ越してきたばかりとは言え、違和感は多少なりともあった。
先生から貰った住所も、見返してみれば、俺の住所とほとんど一致している。
まさか、夏凪さんと同じマンションに住んでいたなんて、これっぽっちも思っていなかったし、夏凪さんの家はあの豪邸と思っていたため、警戒していなかった。
しかも、俺はこのマンションで夏凪さんを見たことなんて無かった。
偶然だとは思うが、流石に驚いた。
まぁ、驚いていても仕方ない。
まだ、先生から貰った住所が間違っているという可能性もある。
ここで止まっていても何も良いことなんかないだろうし、ここは行ってみるべきだろう。
───俺は、夏凪さんの部屋に少しずつ、向かっていった。
◆
扉一枚先には、夏凪さんが居る。
クラスの女子と放課後会うのは初めてってこともあるかもしれないが、俺は結構緊張していた。
女子が怖いってのよく聞く。
逆らってしまったら……女子達の情報網でありとあらゆる噂、デマが拡散されて学校に居られなくなる──という事を駿から聞いた。
駿がそれほど言うってことは、そういう事なんだろう。
俺が、夏凪さんに会った瞬間、「キモイ、近寄らないで」とでも言われたとしよう。
次の日には俺の居場所はないかもしれない。
(………まぁ、夏凪さんはそういう事しない人っぽいから大丈夫か)
その心配はすぐさま砕け散った。
さて、そろそろ夏凪さんの家に呼び鈴を鳴らそうと思う。
いつかは鳴らさないといけないんだったら、早めのほうがいいだろう。
まだ緊張しているが、どうせプリントを渡すだけだ。
きっと、ハプニングなんて起こるわけない。
そう信じて、呼び鈴を鳴らした。
ピンポーン。
俺の部屋と変わらない音。
さっきよりも、夏凪さんと同じマンションに住んでいるということが、身にしめてくる。
一体、夏凪さんにどんな事を言われるのだろうか。という心配を胸に、扉が開くのを淡々と待った。
──────ガチャ。
「……ゴホッ、雪下くんじゃないですか。一体どうしました?」
部屋着姿の夏凪さん……学校とは違う雰囲気を放っていると言えば良いのだろうか。
そんな部屋着姿の夏凪さんを見たいって人は、わんさか居るだろう。
そんな人がいる中で、俺は夏凪さんの部屋着姿を見ることが出来た。という事は、光栄って思っていたほうがいいのだろうか。
………まぁ、俺は夏凪さんに好意なんか抱いていないから、何も思っていないけど。
「先生にプリントを渡してこいって頼まれてな、夏凪さんに渡しに来たんだ」
「ゴホッ、そう、ですか……」
自分が勝手に妄想していた最悪の展開にならなそうだな。と一息をつき、しっかりと夏凪さんの顔を見てみた。
まだ、顔が赤く、咳き込んでしまっており、体調が良くなっていないようだ。
「えっと、これとこれかな」
早く寝たほうがいいと判断し、早急にプリントを渡し、その場を後にしようとした。
「……わざわざありがとうございます」
そうお礼の言葉を放つ夏凪さんは、今でも倒れそうで────
────バタッ
「危ない!」
夏凪さんが、お礼の言葉を放った瞬間、意識が途切れたように、顔から落ちてしまっていた。
俺は、夏凪さんにプリント渡すため、幸い結構近い距離にいたため、どうにか受け止めることが出来た。
「夏凪さん、夏凪さん!」
まさか倒れるとは思っていなかったため、とりあえず呼びかけてみる。
…………………寝てる?
呼びかけながら顔を除いて見ると、無防備な顔をしながら。眠りに落ちてしまっていた。
その寝顔が、あまりにも可愛すぎて心にグッと来てしまう。
(夏凪さんは、体調が悪いんだ……こんな事考えている場合じゃ──)
と心に言い聞かせ、頭を働かせる。
このまま寝かすのが一番良いんだろうが、そのためには夏凪さんの家に入らなければならない。
夏凪さんを起こすのは難しそうなため、こうするしかないのだが勝手に入って良いのだろうかという疑問が膨れ上がってくる。
(緊急事態、だから仕方ない、よな?)
夏凪さんに下心なんて湧いてこないが、女子の家に勝手に上がり込むという行為自体は平凡ではない。
でも、このまま放っておくわけにもいけないため、入ることにした。
(お邪魔します……)
夏凪さんは本当に軽く、小動物みたいなイメージが湧いてくる。
もちろん、俺だって男。初めて入る女子の部屋に多少なるとも期待はしていた。
……………そんな期待は簡単に砕け散ってしまった
入った瞬間、目に入るのはコンビニ弁当のゴミ。
それだけなら、まだよかったのだが、他にもペッドボトルのゴミ、お菓子類のゴミ。
色々なゴミが落ちていた。
そんな部屋を見た瞬間、咄嗟に、
(もしかして夏凪さん、掃除が苦手?)
そんな疑問が、浮かび上がってくる。
ベッドに夏凪さんを運び、部屋をもう一度見渡してみる。
ゴミが片付いているのは、ベッドの周りと、PCの周りのみ。
テーブルの上はコンビニ弁当のゴミが幾つも置いてあり、毎日コンビニ弁当だったんだろう……と簡単に想像できる。
毎日コンビニ弁当を食べていたら、体を壊してしまったのではないか。
そう考えてしまった。
(……………)
きっと、風邪の時に食べるお粥などは、置いてない気がする。
何か食べないと、治るものも治らない。
ここで、夏凪さんを無視して、もっと体調が悪くなったりしたら、後悔してしまうだろう。
(はぁ………)
重い溜息を吐きながら、俺は一旦家に帰り、あるものを取りに行った───。
◆
家から持ってきたものは、ヨーグルト、お粥、茶碗蒸し。
お粥は、自分が体調悪くなった時に食べるようで、いくつか作り置きしており、温めるだけになっている。
茶碗蒸しは、自分が食べるようで、いくつか作っておいたので、電子レンジでチンするだけになっている。
ヨーグルトは……市販のやつだ。
夏凪さんに部屋に戻ると、まだ夏凪さんはぐっすりと寝ている事がよく分かる。
このまま帰ってもいいんだが、夏凪さんが起きた時、勝手に家に入ったことを謝らないといけないし、持ってきた物も渡さないといけない。
けど、夏凪さんが起きるまで、何もせず待っている。というのは時間の無駄だろうし、いつになるか分からない。
(部屋、掃除してもいいかな?)
色々言い訳しているが、結局、夏凪さんの部屋を綺麗したい。という気持ちが本音だった。
よく、掃除などの家事を好きでしている俺だからだと思うが、部屋を見た瞬間掃除して綺麗にしたいという気持ちが芽生えてしまった。
(………まぁ、部屋を綺麗にしたくない人、ってわけではなさそうだから、掃除しても怒られないか……)
掃除したい欲が止められそうに無かった俺は、夏凪さんに怒られないことを祈って、掃除を始めた───。
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