第3話 お嬢様、来ちゃったよ……

 そこに居たのはお嬢様。

 あの、満開の桜に包まれている通学路にある豪邸に住んでいるお嬢様の……はず。

 あの時、遠目から見ただけだが、確かにこのお嬢様だったと思う。

 まさか、本当に俺の通う学校に来るとは、夢には……思ってしまったけど現実になってしまうとは……。

 まぁ、関わることはないだろう。

 

「自己紹介をさせてください。

 私、『夏凪 優羽なつなぎゆう』と言います。

 以後お見知りおきを」

 

 洗練されているあいさつ、お辞儀。

 どんな生き方をしてきたら、こんな洗練された動きができるのだろう。

 これも、全て努力の結果だと思うけど。

 

「お、やっときたか。

 んー、とりあえず開いてる席……お、関の隣に座ってくれ」

 

 先生はなんて事を言い始めるのだろうか。

 確かに、俺の隣は空いているが、まさかお嬢様がくるとは、これっぽちも思わないだろう。

 まぁ、お嬢様が隣に来ただけで、俺の学校生活が大きく変わるとは思えないが、警戒はしてしまう。

 俺にとって不利益だろう。

 

 ────カタ、カタ、カタ、カタ

 

 お嬢様がこちらに向かってくる。

 一体、俺はどんな事を言われてしまうのだろうか。

 好奇心より、恐怖心が勝ってしまう。

                                                                                                                                                                                                

「………貴方が隣、ですか。よろしくお願いしますね」

「……まぁ、よろしく頼むよ」

 

 だったそれだけの会話。

 お嬢様夏凪さんは、俺と会話する気はないようだし、安心してもいいだろう。

 本当に良かった。

 

 お嬢様……いや、夏凪さんが来てからというもの、クラスのざわつきが収まらない。

 そりゃ、こんなにスタイルの良い女子と同じクラスのなったんだから、クラスがザワつくのも分かる。

 でも、今はホームルームだ。

 そういうのは休み時間にしてほしい。

 

「あいつ、ズルくないか」

 

 そう言っている皆の視線は、全て俺に来ていた。

 クラスメート達が言いたいのは、夏凪さんの隣の席はズルいとでも言いたいのだろう。

 そう思われてしまうのは仕方ないのかもしれないが……自分から夏凪さんの隣を志願したわけではない。

 勝手に嫉妬されても困る。

 

(はぁ……)

 

 俺は、色々な感情が混ざり合っているため息を、誰にも聞こえないような音量でボソッと吐いた──。

 

 ◆

 

 校内に学校を終えた合図となるチャイムが響く。

 そのチャイムと同時に、クラスの人達がクチャクチャと喋り始める。

 友達を作り行く人が居たり、夏凪さんに話しかけに行く人居たり。

 様々なことをしている。

 一応、もう帰っても良いんだが……この状況で抜けてしまうと、多分注目を浴びてしまうだろう。

 だって、みんなはまだ喋ってるのに、自分だけ先に帰るって、他の人から見たら少しおかしくないか?

 「あいつもう帰るの? 友達いないんじゃね?」なんて思われたくはない。

 十中八九、自分の被害妄想だろうが。


 ここは、誰かが帰るのを待ったほうが良い気がする。

 

 …………そんな事を考えてから既に二十分経ってしまっている。

 誰も教室から出ない。

 しかも、暇そうにしているのは俺だけ。

 つまり、今俺はクラスで浮いていることになる。

 

(今すぐ帰りたい……)

 

 と、強く願ってしまうほど退屈だった。

 もしかして、このクラスは全員陽キャなのだろうか。

 陰キャの俺に取っては、荷が重すぎる。

 

「すみません、これから予定が入っていますので……」

 

 そう言い出したのは夏凪さん。

 多分、夏凪さんも、この状況が嫌だったのだろう。

 そういう雰囲気を醸し出している。

 

 夏凪さんが教室を出ようとしたことによって、クラスメート達が徐々に帰り始める。

 つまり、俺に取ってはチャンスって訳だ。

 まとめておいた荷物を持ち、教室を出ようとした時、とある人に呼び止められた───。

 

「関! もう帰っちゃうのか?」


 そう言ってくれるのは、俺の友達「柊木 駿」。


 そういえば、今日駿と遊ぶ約束をしていたな。

 駿と遊んでみたいが、駿以外の人が来るならば、ちょっと遠慮しておきたい。

 まずは高校生活に慣れなければ。


「ごめん、駿、また違う日にしてくるかな?」

「ん? 別に大丈夫だぞ?」

「……ありがとう」

 

 今の所、俺が唯一信頼できる人物・・・・・・・・・

 そんな駿に、俺は今日一の笑みでそう言った。

 

「俺、もう帰るから! じゃあな!」

 

 今のは陽キャっぽくて俺らしくなかったけど、不思議と後悔はない。

 

 ────俺は、新しい一歩を踏み出すことが出来た──。

 

 ◆

 

 学校の帰り道。

 また、満開の桜に包まれている通学路を、もう一度歩きながら今日あったことを思い出す。

 

 駿という、初めての友達が出来たこと。

 あの、豪邸に住んでいる夏凪さんと、同じクラスになって、隣の席になったこと。

 

 本当に濃い一日だった。

 こんなに濃い一日が、毎日続くとしたら、それな自分が望んでいる学校生活じゃなくなってしまう。

 けど、こんな日が毎日続いても、不思議と嫌ではない。

 本当に自分でも心の変わり様に驚いてしまう。

 

 そんな清々しい気分で、通学路を歩いていたら、遂に、例の所まで来てしまった───。

 

(やっぱ、大きいな……)

 

 思わず二度見してしまうほどの大きさ。

 見たのは二回目だが、その威圧感にまた驚かされてしまう。

 

(あれ、夏凪さんじゃないか?)

 

 俺の視線の先には、ここの豪邸に住んでいるクラスメート、夏凪さん。

 帰る方向が同じというのは分かっていたが、今日会ってしまうとは思わなかった。

 今、夏凪さんの隣を通り抜けていってもいいんだろうか。

 

 ………夏凪さんがキョロキョロし始めた。

 不思議すぎる行動に、少し困惑してしまう。

 何かを確認するような行動───に見えてしまった。

 何を確認しているのだろうか。

 夏凪さんの視線の先には、夏凪さんが住んでいるはずの豪邸。

 おそらく、朝一緒に居た執事を探しているのだろうか。

 そんな馬鹿みたいな事を勝手に考える。 

 

(あれ?)

 

 ここは夏凪さんの家のはず。

 なのに、夏凪さんは素通りして、自宅から離れていった。

「ここは夏凪さんの家じゃないの?」とか聞いてみたいが、それは夏凪さんも迷惑だし、俺には関係ない話。

 好奇心をグッと抑えて、俺も豪邸を後にした。

 

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