10話 眠気は真相に

見慣れない住処に帰ってきた俺たちは早速、晩飯にすることにした。武器屋のオッチャンと雷の話が長引き空腹が限界に来ていたのだ。

ちなみに王子は焔にウザイと思われない程度の小さなアピールを続けている。


食事を終えて各自の部屋を確認した。

2階に俺、焔、雷の順に部屋が並んでいる。ただし、この部屋は全部テラスで繋がってる。妙な作りにしやがって、デザイナーの趣味疑うぞ。


「凍、テラスの鍵開けておいてね」


俺の部屋を見に来た焔にそう耳打ちされたときは少し危機感を覚えた。流石に焔も無理矢理はしないよな? 俺、無理矢理はするのもされるのも嫌だぞ。

雷は『私があの服を選んだのはただ気に入ったからよ。だからあの服にしたの。あの服を選んだことに他意はないのよ』と言ってきた。逆に怪しいから他意がないのなら何も言うなと言いたい。


流石に寝る少し前の時間になったら王子は帰りメイドたちも館の1階にある集団寝室に消えていった。

ようやく眠れると思い部屋のベットに潜る。


テラスが叩かれた。


誰だよ。まだベットに入って10秒も経ってないよ。こんなに微妙な安眠妨害初めてだよ。 起こすならあと5秒早く来てくれよ。

そして相変わらずツッコミが長いぜ。


「凍、鍵開けておいてって言ったのにっ」

「焔との約束を破るなんて、私あなたを過大評価してたみたい。修正しておかなきゃ」


怒るのはむしろ安眠妨害された俺の方ではないだろうか?

そもそも何しに来んだ?


「今の内に話しておこうと思ってね。私があんな所に居た理由、あの黒い魔獣について知っている限りのことを」


それを先に言え。


「さっきも話したけど雷狼族の中でも炎狼族との抗争を望んでいるのは極一部の大人たちよ。私の代には殆ど居ないわ。

だから、炎狼との抗争に意識を取られすぎていたから、大人たちはアレに気付くのが遅れたのよ」

「黒スライムのことか?」


勿体ぶった話し方に飽きた。速いですか? 知りません。


「黒スライム? ああ。ええ、そうよ」


俺のネーミングには納得してもらえたようだ。


「アレは急に私たちの村に現れたの。そして、気付いたときには多くの大人が体を乗っ取られてたわ。今頃、雷狼の村は黒スライムの村になってるんでしょうね」


黒スライムで定着したらしい。


「黒スライムの正体は分からないのもそうだけど、どこから来たのかも不明というのが不気味だわ」

「本当に急に出てきたみたいだね」

「消え方も不気味だったな。霧散するみたいな消え方だったぞ」

「村で見たわ。その狼は倒した直後に、他の黒スライムに捕まったのだけどね」

「で、お前は村から脱出してあそこまで逃げてきたってことか?」

「そうよ。見損なった?」

「いや。俺たちも焔の親父さんだけ残してここに居るからな。同類だ」


雷は何も訊かなかったし、焔は何も言わなかった。

前者は同族特有の沈痛な面持ちで、後者は特に興味がなさそうな表情だった。


「村までの道は覚えてるのか?」

「覚えてないわ。正確には途中で崖から飛び降りたから戻り方が分からない、になるのかしらね」

「思い切ったことしたねっ」

「ええ。もう1度同じことをしろと言われても無理ね。運良く斜面や木を使って下まで降りたけど、今度は失敗すると思うわ」


どんなアクロバットだよ。


「私が話せるのはこのくらいよ。寝床まで用意してくれたのに、ごめんなさいね」

「雷狼の村の話を聞けただけでも収穫だったよ。そう簡単に幻狼の村の情報が手に入るとは思ってない」


むしろ何も言わずに消えてしまうと思っていたくらいだからな、ちょっと拍子抜けしているくらいだ。


「じゃ、私は部屋に戻るわ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


あれ以上は何も聞けないだろうな。知っていても話さないだろうし聞いても関係の無い話しか出てこなさそうだ。

今日のところは雷狼の村が壊滅的なダメージを受けたってだけで良しとしよう。

で、焔は自分の部屋に帰る様子がない。


「久しぶりに狼の姿で寝よっ?」


そうきたか。

俺と焔は村に居る時は大概一緒に寝ていた。子供がじゃれ合うようなものだったのだが正直ある程度の年齢になってからは色々マズい。

俺も狼の価値観に慣れて、狼でも焔が美少女に見えるようになったからだ。


美少女が自分に覆いかぶさるように寝ている。


そう考えたらもう寝れない。襲う襲わないと思考が無限ループして頭の中がグチャグチャになったものだ。

そして宿に寝泊りしていたときはまだ良かった。狼になったらかなり狭く感じる部屋だったからスキンシップも少なかった。でもこの部屋は2頭の幻狼が居ても問題無い程度の広さを誇っている。

……今夜は寝かせてもらえないかもしれん。




翌朝、小鳥のチュンチュンと鳴く声で起きた。

早々に意識を失うことで正気を保った俺はある意味勇者だと思う。自画自賛もいいところだが。

背中に乗っている焔を起こす。幻狼にとって背中を許すというのは告白をOKしたも同じらしい。知らないとはいえ許可した昔の俺を1度殴りたい。この生殺しは中々辛いぞ。

廊下に誰かの気配がしたので急いで人化する。

ノックされて扉が開かれる。入って良いか聞こうぜ?


「コール様、朝食の準備が……」


メイド長だったか。まだ30にもなってないだろうにメイド長になるなんて優秀なんだろうと評価している人だ。普通にしていれば優しそうな顔なのだが考え込むような表情が多くて損している気がする人だ。勿体ないな。

ちなみにメイド長の言葉が途中で途切れたのはうつ伏せの俺の上に焔が馬乗りに乗っているからだ。俺が仰向けならば反応のしようもあったのだろうがうつ伏せのため焔が起こそうとしているように見えなくもないのだ。


「朝飯か。焔、行こう」

「うんっ!」


そんなに嬉しそうな顔されると反応に困る。何も言わないけどな。

分かっていたがメイドたちは王子のファンで王子が結婚してくれと言った焔の醜態を掴んでやろうとの意気込みでこの館に来たらしい。しかし昨日の晩飯のとき、肝心の焔が王子に対して無関心な姿を見て戸惑っている。

もしかしたら王子M説が広まるかもしれないな。良い気味だ。


さて、今日は雷もギルドに登録するって言ってたから連れてってやらないとな。


……リーガルの渋いモードはいつまで続くんだろうか?

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