9話 飼い主は家に
いきなりペットになれとか言い出した雷狼は渡辺雷(わたなべあずま)と名乗った。幻狼は基本的に相手のことを名前で呼ぶので雷(あずま)と呼ぶことにする。
「じゃあ雷は炎狼との戦いに反対だったんだ?」
「ええ、大人のオスたちのプライドに巻き込まれて怪我をするなんて馬鹿馬鹿しいでしょう?」
「あはは、確かにマイナスにしかならないよねっ」
焔と雷は直ぐに打ち解けたようで何よりだ。ソリが合わなくて第2ラウンド開始とかは勘弁してほしい。
さて、今日から俺たちの住処はオバチャンの宿ではなく王子が用意した郊外の空家になる。1度下見に行ったら清掃業者と思われる人間たちが忙しなく出入りしていたから中は綺麗だろう。家具も運び込んでいたし寝床に関しても問題はなかった。
そう、なかったはずだ。雷が居なければ。
今日はソファで寝ることになるな。
「じゃあ焔って凍と同じ部屋で寝てたのかしら?」
「うん。でも何にもしてこなかったんだよ?」
「ヘタレね」
「根性無しだよねっ」
好き放題言ってくれるな。てか焔、俺たちはお互いまだ子供だぞ? もし子供できちまったらどうすんだよ? この世界には避妊具なんて無いぞ。
「きっと子供ができても面倒見るだけの覚悟が無いんだから作っちゃ駄目だ、とか思ってるのでしょうね」
「だよねっ」
バレテーラ。
しかしこれは俺のプライドの問題だ。それ相応の覚悟も無しに軽はずみな行動はしたくない。何が起こるか分かっているのだったら尚更だ。この辺がヘタレなんだろうな。
「でもラッキーだったわ。まさかペットが宿住まいから一軒家に移るその日に出会えるなんて」
これが雷が俺たちについてきた理由、こいつホームレスだった。そして俺はペットになった覚えはない。
ちなみに雷も人化している。人間の国に入るのだから当然だ。
焔を暖かくてフワッとした印象の美少女とするなら雷は鋭くてキリッとした印象の美少女だった。髪は毛先の揃った黄色。
プチハーレム万歳と声高に叫びたい! が、雷は俺への好感度が低いのでハーレムにはギリギリでなってない。なっても困る。俺はそういうのは1人が良い。1度に何人もと言うのはどうも抵抗がある。どうせヘタレですよっ!
「ここが俺たちの住処だ」
王都に入って10分ほど歩いた人気のない郊外にある一軒家。20年くらい前までは貴族の持ち物だったらしいのだが没落して手放し、残ったのがこの館だ。
元々10人くらいで住むのを前提にしているものなので2人では大き過ぎる。だから雷が来るのを気軽に許可できたのだ。
ちなみに依頼はちゃんと達成して報酬ももらった。雷には待っていてもらったがな。登録は明日にする。変わり果てたリーガルを見ているのが辛かったんだよ。
さて、入るか。
掃除の跡が真新しいドアノブを捻り、両扉を開く。
「「くぱ、」」
「言わせねえよっ!」
まさか2匹揃って下ネタカマしてくるとは思わなかった! そしてこの世界でこんなツッコミする日が来るとは思ってなかったよっ! てか最近やたらツッコミの回数増えてるんだけど何か言うことはないか?
「「「おかえりなさいませっ!」」」
本日最高のツッコミ所来たっ! 館の中にメイド軍団とか何の冗談だ! あの王子何してくれやがるっ!
「帰ったか、待ちくたびれたぞ」
「出たな元凶!」
この王子に会ってからろくな目に合わない。人間の前で能力使う羽目になるし妙な武器に出会うしメス雷狼にはペットになれとか言われるし焔はぶっ壊れるし! ……焔は元からだったな。
「何の話だ? で、その娘は新しいお前のコレか?」
手の甲俺に向けて小指立てんな! 俺はキツいメスは苦手だ。焔みたいなヤンデレ入ってるのも怖いが。
「ちっ! まあ良い。その娘もお前たちと行動を共にするならば装備一式は揃えてやるぞ」
「それは助かる」
太っ腹だな。
「ねえ焔、あの偉そうな人間は何かしら?」
「この国の王子だって。私や凍の装備を買ってくれてこの館をくれたの……ようは金づる」
最後に付け加えたのは人間の聴力では聞き取れない程度の声量で呟かれた。
頼むから聞こえるように言うなよ。
「で、この人たちは何だ? 俺は使用人なんて頼んでないぞ」
「私の親衛隊だ。お前たちのことを話したら『是非身の回りのお世話は私たちが』と言って聞かなくてな」
その割に隠しきれない敵意がビシビシぶつけられてるんだが? もしかして親衛隊は親衛隊でもアイドルの親衛隊みたいなのか? 勘弁しろよ。
「まだ時間があるな。今からその娘の武具を見に行くのはどうだ?」
「ならその間に寝室1つ追加してくれ」
「そうするとしよう。メイド長、頼んだぞ」
これならオバチャンの宿の方が良かったかもな。
気にしても始まらないのでさっさと武具を見ることに気を集中した。
オッチャンはまた俺が妙なこと言わないか楽しみにしているようだがそうそう思いつくはずもない。精々ゲームの中で印象に残っているものと照らし合わせるくらいだ。
さて、雷はどんな武器にするやら。
「店長さん、これ、こっちをもう少し重くできないかしら?」
「おいおい、こりゃ大の男が両手で、」
何やらブオンブオンッという軽快な風切り音が聞こえてきたので雷の方を振り返る。
身の丈よりも大きなハルバートを片手で振り回す少女がそこに居た。
さっきの会話から察するにあいつ更にどっか重くしてくれって頼んでたよな? てか俺でもあのサイズを片手で振り回すのつらいんだが? 流石、筋力に特化した雷狼族は鍛え方が違うな。炎狼族も筋力強いけどあそこまでじゃないぞ? ちなみに氷狼は幻狼の中では1番筋力がないと言われている。
オッチャン、顎抜けるんじゃないか心配になるほど口開けてるな。ちょっと注意しとかないとヤバイか?
「やっぱり、もう少し斧が重い方が振りやすわ。頼めるかしら?」
「お、おう!他にも要望があったら言ってくれ! あんた用にどこまでも突き詰めてみせるぜっ!」
あ、スイッチ入った。ああなると本当に武器と睨めっこ続けるから大変だってオバチャンが言ってたっけ。
細かい重心の調整をしてから買った雷の防具、と言うか魔石の付いた服は俺の教会の戦闘服の白黒を反転させたようなものだ。だが男用の服の小さいサイズを着ているだけなので胸の部分が入らない。
つまり胸の部分だけは空けている。本来白のはずの教会の服を黒にして胸元が大きく空いているその姿は何とも背徳的だった。さっきから外野の人間たちが雷の胸にチラッチラッと視線を飛ばしている。
男のチラ見は女にとってはガン見だって聞いたことがあるが本当だな。意識して観察していると視線の出どころが凄い良く分かる。俺も気をつけよう。
武器の調整は3日くらいかかるからと予備のハルバートを渡されその日は館に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます