第120話 蝋燭

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 俺たちは、城の中庭に立ち、尖塔の天辺まで完全に凍り付いた城を見あげていた。


 城は全体が、もこもことした白い氷に覆われ、太陽の光を反射させて美しかった。


 太陽が、尖塔の真上にあるので、巨大な蝋燭のように見えなくもない。


 もちろん、太陽が炎で、城が蝋燭だ。


「素敵」


「綺麗ねぇ」


 と、おばあちゃまたちは、ミキの魔法の効果を喜んでいる。


「「ミキちゃん、凄いわぁ」」


 城の中にいた、何百人もの他の人間たちも、全員が中庭に出て、城を見あげていた。


 みんな、俺たちを見て、青い顔をして、ぶるぶると震えていたけれども、俺には、そこまでの寒さだとは思えない。


 ただ、残念なことに、城の厨房で準備されていた、ラティマー帰還を祝う晩餐会用の御馳走まで、全部凍り付いてしまったそうだ。


 逃げ出した料理人たちが、そんな話をしているところを、小耳に挟んだ。


 俺には、味はわからないが、冷たいよりは、温かい食事の方がいい。


 とはいえ、御馳走と一緒に凍り付いてしまった人まではいなかったそうだから、大した問題ではないだろう。


 解ければ食える。


 点呼の結果、凍り付いた人間は、城全体でも、一人もいないらしい。


 ティップたちが、避難勧告を出した成果だとしたら、それは、まあ良かった。


 俺は慌てる必要がないと思ったが、確かに寝ていて気付かない人間がいる可能性もある。


 なぜか、怒ったような顔をしたラッキーとプラックが、王や王子たちとやってきた。


 二人の視線の先には、ミキがいた。


 まさか、ミキを害する気か?


 俺の任務は、ミキの護衛だ。


 相手が、ラッキーやプラックであったとしても、対応は変わらない。


 だが、俺が、ミキを庇うまでもなく、おばあちゃまたちが、割って入った。


「ラティマー」


「ブロック」


 おばあちゃまたちは、それぞれ、自分の子供の名を呼んだ。


 ミキだけ、先に挨拶をしてしまったが、ラッキーもプラックも、自分の母親とは、十年ぶりの再会だ。


「おかあさま」とラッキーが、「母上」とプラックが、それぞれ自分の母親に声をかけ、抱きしめた。


 たっぷり、数十秒の時間をかけた抱擁だ。


「見た? ミキちゃんが、あたしたちに魔法でプレゼントをしてくれたのよ」


 王妃が、無邪気にラッキーに説明した。


「なるほど。それでですか」


 ラッキーは、城の尖塔を見あげた。


「綺麗でしょう」


 と、ストーンヘッド婦人。


「はあ、まあ、確かに」


 ブロックが、歯切れの悪い言葉を返した。


 ラッキーが、厳しい口調で、ミキに訊いた。


「ミキ、一つだけ確認です。この魔法は、あなたが思った結果に対して予定通り? それとも、暴走してやりすぎちゃった?」


「予定通りです。ミキにできる精一杯を、おばあちゃまたちに見てもらいました」


 ミキは、自信満々に応えた。


 本人がやれると思った行為を、予定通りできた。


 ミキは、やり遂げた、ことになる。


 大したものだ。


 なぜか、俺も鼻が高かった。


「そう。失敗してやり過ぎたわけじゃないなら、言うことは何もないわ。よくできてる」


 いぇーい、と、ミキとおばあちゃまたちが、手を打ちつけ合った。


 王妃が、一緒にやって来た王と王子に文句を垂れた。


「まったく、あんたら、いつまで会議なんかやってるのよ。ミキちゃんが、みんなを城から出してくれなかったら、まだ娘に会えてなかったところよ」


 王子たちは、しゅんとした。


 一方、王は、唖然としていた。


「これをミキが?」


 王は、氷に覆われた城と、ミキを見比べた。


「魔法が使えるのか?」


 王は、上擦った声で、ミキに訊いた。


「ミキは、カルト寺院の元聖女の弟子なのよ」


 ラッキーが、代わりに応えた。


「私とラティマーが成人の祝福を授けていただいた聖女が、今は、百斬丸ひゃきりまる氏の奥方に」


 ゴンベッサ王子が補足をした。


「それはまた、世間は狭いな」


 王は、ちらりと俺を見た。


 いつも家内がお世話になっています、とか、何とか言うべきだろうか。


 でも、王にお世話にはなっていないしな。


 一瞬、悩んだ隙に、機を逃した。


 王の興味は、城に戻った。


 王は、また、ミキに訊いた。


「いつになったら入れるようになる?」


「解けるまで、二、三日はかかると思います。でも、急ぐなら、火の魔法を使えば多分すぐに」


「あまり、お勧めはしないわね。本物の蝋燭みたいに、尖塔が燃え上がる姿が、想像できるわ。自然解凍を待ちましょう」


 ラティマーが、火炎系呪文の使用を否定した。


「氷の他に、火の呪文も使えるのか。逆系統ではないか」


 王は、唸った。


 ゴンベッサに向きなおる。


「ますます、新王の即位を早める必要があるな。ラティマーは、後ろ盾に寺院がいて、跡継ぎまで盤石だ。儂まで、担ぎ上げたくなる。日を置くと、騒ぎの芽が育つ」


「辺境伯領を立ち上げるため、現領主を移封いほうせねばなりませんな。すぐ、呼びつけましょう」


 近衛隊長だ。


「他にも決めねばならぬことが山積みだぞ」


「会議ですな。話が国防問題だけに留まらなくなりました。各大臣にも参加をしてもらわないと。幸い、皆さま、お集まりです」


 近衛隊長は、周囲を見回した。


 中庭にいた、城の重鎮らしき人々が、王を見つけて集まってきていた。


「会議室、は使えないな。大天幕を張れ。会議を開く」


 王が宣言した。


 こいつら、会議好きだな。

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