第119話 教え

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 俺とミキは、ティップとゲイルに、王曰く、『おばあちゃま』のところに案内された。


 王妃の私室だ。


 俺とミキだけではなく、『はいたつくん13号』も、一緒だった。


 ティップがノックすると、侍女が扉を開けてくれた。


 見た顔だ。


 俺に、ローパーの毒入り茶を運んできた侍女だった。


 ティップとゲイルが怪訝な顔をした。


 王妃の元には、王妃付きの侍女がいてしかるべきだろう。


 ティップとゲイルも俺と同じ疑問を抱いたようだった。


 また、何か、企んでいるのか?


 だが、だとしたら、顔出しでこの場にはいない気もする。


 ティップは何か言いたそうだったが、その場では確認せず、部屋に入った。


「ミキ様をお連れいたしました」


 ティップが、部屋にいたご婦人に、うやうやしく伝えた。


 ご婦人は、二人いた。


 二人とも長椅子に座っていたが、ミキの顔を見るや立ち上がり、ミキに群がった。


 悪意は感じないので、俺は見守った。


 困惑した顔で、ミキが、テイップを見た。


「どっち?」


 口だけ動かして声には出さずに、ティップに訊いた。


 ああ、と、ティップは笑った。


「ラティマー様の母君であらせられる王妃様と、ブロック様の母君であらせられるストーンヘッド様です」


 要するに、二人ともミキの祖母だった。


「ミキです。ラティマーとブロックの娘です」


 ミキは、ラッキー仕込みの、優雅なお辞儀を二人にした。


「「あっらー」」と二人。


「目元がラティマーそっくりね」


 王妃が言った。


「鼻と口はブロックね」とストーンヘッド婦人。


「あら、耳はラティマーですよ」


 何か、二人で言い合いを始めた。


 げふんげふん、と、ティップが、咳払いをして、二人を止めた。


「ミキ様が、戸惑っておられます」


 もう少しミキが不安そうな顔を浮かべたら、俺も割って入るところだった。


「「あらやだ、ごめんなさい」」


 二人は、長椅子にミキを座らせた。


 やむなく、俺もミキの脇に座った。


 ティップとゲイルが、俺たちの背後に立った。


『はいたつくん13号』は、壁際に立たせておく。


 さっきの侍女が、お茶と茶菓子を持ってきた。


 俺は、侍女の目を見た。


 侍女は、目で、何も入れていない、と伝えてきた。


 確かに、特に変な臭いはしなかった。


「なぜ、君が?」


 侍女の去り際に、小声でティップが、侍女に訊ねた。


「皆、怖がって逃げてしまって。わたしなら一度会って慣れているだろうからって」


 ああ、と、ティップがしたり顔で頷いた。


 なぜか、二人は、ちらりと俺を見た。


「ご苦労様」


 ティップの言葉に、侍女は力なく笑うと、表情を消して部屋の隅に立って控えた。


『はいたつくん13号』とお似合いだ。


 王妃付侍女の役目も果たすのだろう。


 ミキは、客商売で揉まれているだけあって、人見知りなく、誰とでも話ができた。


 あっという間に、ミキとおばあちゃまたちは、打ち解けた。


 俺は、置物に徹している。


「あ」と、突然、ミキが声を上げた。


 俺の耳に、ひそひそと話をする。


「おじいちゃまに、ポーションを全部渡しちゃったので、おばあちゃまへのお土産がありません」


 俺は、ちょっと考えた。


 よくヴェロニカは、初対面の相手に対して、魔法を見せつけていた。


 話の主導権を握るのに良いらしい。


「魔法を見せるというのは?」


 俺は、ミキに提案した。


「ミキちゃんは、魔法が使えるの?」


「ぜひ、見たいわ」


 おばあちゃまたちの食いつきもいい。


「いや、それは」


 ティップが、やんわりと割って入った。


 おばあちゃまたちは、ティップを無視した。


「どんな魔法?」


「ここでできるの?」


「火と氷です。火は危ないので、氷ならば」


「わぁ」


「やってやって」


「はい」


 ミキは、俺の顔を見あげた。


「お茶をお借りしてもいいですか?」


 毒が入っていないとは分かっていたが、俺は、お茶に口をつけていなかった。


 ティーカップの中で、まだ、お茶は微かに湯気を上げていた。


 俺は、頷いた。


「いきます」


 ティーカップに向かって、ミキは、意気込みを見せた。


氷縛ひょうばくっ!」


 ヴェロニカの得意魔法だった。


 本来は、氷で相手の足元を地面に縫い付けたり、逃げ道を塞いだりするための魔法だ。


 ティーカップのお茶が、ゆっくりと中心部分から凍り始めた。


 氷は、次第にお茶全体を凍り付かせて、体積の膨張に伴い、カップの表面から盛り上がりだした。


 ミキは、カップの持ち手をつまむと、中身をソーサーにひっくり返した。


 綺麗な薄赤い色のカップ内部の形をした氷が、ソーサーの上で輝いた。


 ミキは、カップをソーサーの横に置いた。


「「わぁ!」」と、おばあちゃまたちは、手を叩いて喜んだ。


「まだまだ、ここからです」


 ミキは、真剣な眼差しで、氷を見つめていた。


 凍結点が、氷からソーサーに移行した。


 ソーサー全体が、ゆっくりと、もこもこした霜のような白い氷に覆われた。


 やがて、凍結点はテーブルに移動し、テーブルの足から床へ伝わった。


 攻撃呪文だったら遅すぎて話にならないが、観賞用の呪文としてならば、良い速度だ。


 床から壁に伝わった氷は、次第に天井方面にも伸びて行った。


「もうこのぐらいで、よろしいのでは?」


 ティップが、か細い声で、ミキに訴えた。


「そろそろ、とめてみてはいかがでしょうか?」


「終わるまでは止められないんです」


 ミキが応えた。


「終わりとは、どのくらいの範囲までで?」


「お城全体」


 ミキは、無邪気に笑った。


『どうせ魔法を使うんだったら、なるべくはったりを利かせて、相手の度肝を抜きなさい』というのが、ヴェロニカの教えだった。


 正しく、ミキには伝わっていた。


「ひゃあ」と、ティップは悲鳴を上げた。


 ティップとゲイルと侍女は、慌てて、城中に避難勧告を出して回った。


 まったく慎重派だ。


 そんなに慌てなくても、こんなにゆっくりなんだから、退避する時間ならば十分にあるだろう。


 危険は、まったく感じなかった。


 氷結点は廊下へ移動し、床からも天井からも、城全体へと伝わっていく。


 まるで蟻の行列を追跡するように、興味津々の様子のおばあちゃまたちとミキと俺は、城全体をゆっくりと凍り付かせていく『氷縛』の動きを、歩いて追いかけた。


 後からは、『はいたつくん13号』もついてきていた。

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