第119話 教え
12
俺とミキは、ティップとゲイルに、王曰く、『おばあちゃま』のところに案内された。
王妃の私室だ。
俺とミキだけではなく、『はいたつくん13号』も、一緒だった。
ティップがノックすると、侍女が扉を開けてくれた。
見た顔だ。
俺に、ローパーの毒入り茶を運んできた侍女だった。
ティップとゲイルが怪訝な顔をした。
王妃の元には、王妃付きの侍女がいてしかるべきだろう。
ティップとゲイルも俺と同じ疑問を抱いたようだった。
また、何か、企んでいるのか?
だが、だとしたら、顔出しでこの場にはいない気もする。
ティップは何か言いたそうだったが、その場では確認せず、部屋に入った。
「ミキ様をお連れいたしました」
ティップが、部屋にいたご婦人に、
ご婦人は、二人いた。
二人とも長椅子に座っていたが、ミキの顔を見るや立ち上がり、ミキに群がった。
悪意は感じないので、俺は見守った。
困惑した顔で、ミキが、テイップを見た。
「どっち?」
口だけ動かして声には出さずに、ティップに訊いた。
ああ、と、ティップは笑った。
「ラティマー様の母君であらせられる王妃様と、ブロック様の母君であらせられるストーンヘッド様です」
要するに、二人ともミキの祖母だった。
「ミキです。ラティマーとブロックの娘です」
ミキは、ラッキー仕込みの、優雅なお辞儀を二人にした。
「「あっらー」」と二人。
「目元がラティマーそっくりね」
王妃が言った。
「鼻と口はブロックね」とストーンヘッド婦人。
「あら、耳はラティマーですよ」
何か、二人で言い合いを始めた。
げふんげふん、と、ティップが、咳払いをして、二人を止めた。
「ミキ様が、戸惑っておられます」
もう少しミキが不安そうな顔を浮かべたら、俺も割って入るところだった。
「「あらやだ、ごめんなさい」」
二人は、長椅子にミキを座らせた。
やむなく、俺もミキの脇に座った。
ティップとゲイルが、俺たちの背後に立った。
『はいたつくん13号』は、壁際に立たせておく。
さっきの侍女が、お茶と茶菓子を持ってきた。
俺は、侍女の目を見た。
侍女は、目で、何も入れていない、と伝えてきた。
確かに、特に変な臭いはしなかった。
「なぜ、君が?」
侍女の去り際に、小声でティップが、侍女に訊ねた。
「皆、怖がって逃げてしまって。わたしなら一度会って慣れているだろうからって」
ああ、と、ティップがしたり顔で頷いた。
なぜか、二人は、ちらりと俺を見た。
「ご苦労様」
ティップの言葉に、侍女は力なく笑うと、表情を消して部屋の隅に立って控えた。
『はいたつくん13号』とお似合いだ。
王妃付侍女の役目も果たすのだろう。
ミキは、客商売で揉まれているだけあって、人見知りなく、誰とでも話ができた。
あっという間に、ミキとおばあちゃまたちは、打ち解けた。
俺は、置物に徹している。
「あ」と、突然、ミキが声を上げた。
俺の耳に、ひそひそと話をする。
「おじいちゃまに、ポーションを全部渡しちゃったので、おばあちゃまへのお土産がありません」
俺は、ちょっと考えた。
よくヴェロニカは、初対面の相手に対して、魔法を見せつけていた。
話の主導権を握るのに良いらしい。
「魔法を見せるというのは?」
俺は、ミキに提案した。
「ミキちゃんは、魔法が使えるの?」
「ぜひ、見たいわ」
おばあちゃまたちの食いつきもいい。
「いや、それは」
ティップが、やんわりと割って入った。
おばあちゃまたちは、ティップを無視した。
「どんな魔法?」
「ここでできるの?」
「火と氷です。火は危ないので、氷ならば」
「わぁ」
「やってやって」
「はい」
ミキは、俺の顔を見あげた。
「お茶をお借りしてもいいですか?」
毒が入っていないとは分かっていたが、俺は、お茶に口をつけていなかった。
ティーカップの中で、まだ、お茶は微かに湯気を上げていた。
俺は、頷いた。
「いきます」
ティーカップに向かって、ミキは、意気込みを見せた。
「
ヴェロニカの得意魔法だった。
本来は、氷で相手の足元を地面に縫い付けたり、逃げ道を塞いだりするための魔法だ。
ティーカップのお茶が、ゆっくりと中心部分から凍り始めた。
氷は、次第にお茶全体を凍り付かせて、体積の膨張に伴い、カップの表面から盛り上がりだした。
ミキは、カップの持ち手をつまむと、中身をソーサーにひっくり返した。
綺麗な薄赤い色のカップ内部の形をした氷が、ソーサーの上で輝いた。
ミキは、カップをソーサーの横に置いた。
「「わぁ!」」と、おばあちゃまたちは、手を叩いて喜んだ。
「まだまだ、ここからです」
ミキは、真剣な眼差しで、氷を見つめていた。
凍結点が、氷からソーサーに移行した。
ソーサー全体が、ゆっくりと、もこもこした霜のような白い氷に覆われた。
やがて、凍結点はテーブルに移動し、テーブルの足から床へ伝わった。
攻撃呪文だったら遅すぎて話にならないが、観賞用の呪文としてならば、良い速度だ。
床から壁に伝わった氷は、次第に天井方面にも伸びて行った。
「もうこのぐらいで、よろしいのでは?」
ティップが、か細い声で、ミキに訴えた。
「そろそろ、とめてみてはいかがでしょうか?」
「終わるまでは止められないんです」
ミキが応えた。
「終わりとは、どのくらいの範囲までで?」
「お城全体」
ミキは、無邪気に笑った。
『どうせ魔法を使うんだったら、なるべくはったりを利かせて、相手の度肝を抜きなさい』というのが、ヴェロニカの教えだった。
正しく、ミキには伝わっていた。
「ひゃあ」と、ティップは悲鳴を上げた。
ティップとゲイルと侍女は、慌てて、城中に避難勧告を出して回った。
まったく慎重派だ。
そんなに慌てなくても、こんなにゆっくりなんだから、退避する時間ならば十分にあるだろう。
危険は、まったく感じなかった。
氷結点は廊下へ移動し、床からも天井からも、城全体へと伝わっていく。
まるで蟻の行列を追跡するように、興味津々の様子のおばあちゃまたちとミキと俺は、城全体をゆっくりと凍り付かせていく『氷縛』の動きを、歩いて追いかけた。
後からは、『はいたつくん13号』もついてきていた。
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