第117話 立ち切り

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 第二王子の護衛隊から精鋭百人。


 第三王子の護衛隊から精鋭百人。


 それぞれ一列縦隊になって、二メートル程の間を開けて隣同士に並んでいるので、俺の前には、百人の列が二列できていた。


 全員、俺の方を向いている。


 練習用の木刀を持っていた。


 絶対にけなければいけない行為は、即死だ。


 即死でなければ、ポーションがあるので、治療はできるはずだった。


 街を出る前に、ヴェロニカから、相手を殺しては駄目だと言われていた。


 倒した後は、ラッキーの指示に従いなさい、と。


 まだ、倒したわけではないが、俺は、ラッキーに指示を仰いだ。


 どの程度ですませればいいものなのか、加減がわからない。


 ラッキーは不敵に笑った。


「あいつら、あたいたち探索者を『如き』って言いやがったわ。探索者の強さを見せつけてやって」


 言ったのは、別の隊の奴だったはずだが。


 だが、まあ、同じように思われていることは想像がつく。


 探索者稼業は、下賤な仕事だ。


 お城の兵隊さんたちからすれば、所詮、『如き』である。


 場所は、城の練兵場だった。


 城に隣接して、兵隊たちの訓練施設が設置されている。


 単純に、一番広いグラウンドが舞台になった。


 一方の端に俺が立ち、反対側に護衛たちが二列で並んでいる


 結局、どちらか一方の隊を終えてから、もう一方の隊と戦うやり方だと、後の隊に出番が回ってこなくなる心配を彼らはしたらしい。


 それぞれの隊から、一人ずつ交互に、俺に斬りかかってくるそうだ。


 俺と同じ場所のすぐ後ろに、ラッキー、プラック、ミキ、ゴンベッサ、それからティップとゲイルがいた。


 俺から、ゴンベッサに出した条件は一つ。


 ミキから離れすぎないで済むことだ。


 俺は広場で、ミキは観客席などと、距離を離れさせられてしまうのが、一番困る。


 同じ場所で背後にいてくれれば、何かあってもすぐ駆け付けられるので安心だ。


 両脇に、『幸運と勇気ラッキー・プラック』がいてくれるのであれば、なお安心。


 実際のところ、王子の護衛隊百人立ち切りぐらいならば、『幸運と勇気ラッキー・プラック』ならば十分抜けると、俺には思えた。


 プラック一人だと五十人、ラッキー一人だと三十人といったところだろうか。


 けれども、『幸運と勇気ラッキー・プラック』になれば、百人抜きだ。


 そう俺が言ったら、ラッキーは不服そうな顔をした。


「あたい、もうちょい行けそうな気がするんだけどな」


「やっぱり、女子は体力的にな。一対一なら、王国の兵士に負ける気などしないだろ」


「まぁね。あいつら、せいぜい地下四階クラスだ」


 ゴンベッサが、目を丸くして驚いていた。


「まじで?」


「ダンジョンで十年生き抜くというのはそういうことよ。探索者如きの力を見せてやるわ」


 やたら『如き』にこだわっている。


 俺たち全員を囲むように、お城の警備兵たちがグラウンド全体を囲んでいた。


 その後ろにある観客席的な立ち見スペースで、あぶれた第二第三の護衛隊兵士や、ゴンベッサの護衛隊兵士が見学している。


 王は、第二第三の百人ずつの後ろで、近衛隊に守られて観戦していた。


 ここまでラッキーと王の接触はない。


 ラッキーを、王に合わせて良いか確認する試験のはずなので、実際はこの場にいたとしても、建前上は、いないことになっていた。


 俺は、木刀を一本持たされて、第二第三護衛隊の列と対峙した。


 俺と、護衛隊の最前列の二人が、グラウンドの一方の端。


 護衛隊の後ろには、順番待ちが、それぞれ九十九人いるので、最後列は、グラウンドを囲む警備隊の近くまで伸びていた。


 審判役の年嵩としかさの男が、俺たちの近くに立っている。


 後で聞いたら、近衛隊長であるらしい。


「準備は良いか?」と訊くので、「いつでも」と俺は答えた。


 相手の先頭の二人も、「はい」と答えた。


 便宜上、まず第二の先頭が最初の一人になるそうだ。


 ついで、第三の先頭、第二の二番手、第三の二番手と進むつもりらしい。


 俺の知ったことではないけれど。


「はじめ」と、審判役が言葉を発した。


 同時に俺は、前方の二列縦隊に対して『威圧』を放った。


 打ちかかることはおろか、動くことすらできず、護衛隊は硬直した。


 ラッキーは、俺に、探索者の強さを見せつけろ、と、そう言った。


 俺が思う、強い探索者とは、魔物に勝てる探索者ではない。


 魔物に攻撃の隙など与えずに仕留める探索者だ。


 俺は、木刀を軽く手にしたまま、前に出た。


 木刀を振る。


 第二第三の先頭のそれぞれの、膝を砕いた。


 二人が転がる。


 痛みで初めて、硬直の縛りが解けたのか、呻きを上げた。


 その頃には、二番手。


 次いで、三番手。


 第二と第三の列の間を、ただ歩きながら、淡々と二百回木刀を振った。


 走りすらしない。


 地面に転がる二百人からは、呻き声が上がっていたが、グラウンドを取り囲む、残りの兵たちからは、一言もなかった。


 唖然としていた。


 大体、お上品すぎる連中だ。


 魔物だったら、自分の番が来るまでに、何としても硬直を破って、逃げるか戦うかしただろう。


 それすらできないような連中が、ダンジョンで生き延びられるわけもない。


 探索者如きにすら、至れていなかった。


 俺は、前方から、ひりつくような視線を感じた。


 二百人を抜けた俺の目の前に、俺に腕を折られた警備隊長が立っていた。


 俺は、にやりと笑って言った。


「同胞がやられていても警備隊は見ているだけなのか?」


「かかれ」


 場にいる警備兵たちが、剣を抜いて、一斉に俺にかかって来た。


 全員、叩きのめした。


 その奥に、王を守っている、近衛隊がいた。


「近衛はこないのか?」


「かかれ」


 審判を務めていた男が、俺の後ろの方から、声を上げた。


 全員、叩きのめした。


 トータルで何人叩きのめしたのかは、わからない。


 ヴェロニカだったら、一人頭いくらで、金をもらう算段を先につけていたな。


 俺は、まだ未熟だ。


 前方の床几に、守り手が誰もいなくなった王様が座っているのを、俺は見つけた。

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