第116話 務め
8
ゴンベッサ王子は、俺たちの傍にやってくると、ソファに座った。
ラッキーに近い、所謂、お友達席側だ。
王子は、怖い顔をしていた。
会議の内容のせいだろうか?
王子が席に着いたタイミングで、後から、侍女が部屋に入って来た。
さっきと同じ侍女だ。
まだ、折檻を受けた様子はない。
侍女は、王子と俺の前に、お茶を置いた。
ラッキーとプラックが、俺の顔を見た。
「ありがとう」
俺は、カップを手に取り、自分のお茶に口をつけた。
毒は、入っていないという、二人へのアピールだ。
言葉にするわけにはいかなかった。ミキが不安になる。
侍女が頭を下げ、部屋を出た。
「近衛が、本物のラティマーか確認したいと言い出した」
王子が、怖い顔で口を開いた。
「でしょうねえ。このタイミングだもの。そりゃ、そういう議題よね」
ラッキーが応じた。
「でも、あたいが本物なのは、ゴン兄がわかってるじゃない」
「警備隊と揉めた際、俺の護衛隊が壊滅した話を明かしたが、実際の護衛隊には、死者はおろか怪我人一人いなかった。向こうで、俺たちは、そういう集団幻覚を見せられたのだと疑われている。だとすると、ラティマーも偽物に違いない。そういう論法だ。ちょっと怪我を綺麗に治し過ぎたかな。もっと、しょぼいポーションにしときゃ良かった」
「店長が作るポーションに、しょぼいポーションなんかありません」
憤慨したように、ミキが言った。
「そりゃそうだ。ごめんごめん」
ゴンベッサは、ミキに笑った。
「なら、あたいたちは、ここでお
「わかった、と言いたいんだが、そうなると、ラティマーの名を騙った偽物を捕らえなければならなくなる。逃すと城の警備隊長の首が飛ぶ。物理的に」
「捕らえられた偽物は、どうなるの?」
「王族の詐称は死刑だ」
「残念ね。警備隊長には、お悔やみ申し上げるわ」
「そこで、ボッタクル氏に協力を仰ぎたい」
「ボタニカルだ」
俺は、訂正した。
「どういうこと?」
ラッキーが、王子に先を促す。
「要するに、護衛隊の壊滅は幻覚じゃないと示せばいいわけだ。模擬戦をして、実力を見せつけてもらいたい」
「あー、だから、お茶にゴミが浮いてたのね」
ラッキーが、合点がいったという声を上げた。
この場合の『ゴミ』は、『毒』の隠語だ。
王子は、完全に虚を突かれた顔をした。
その後、本当に怖い顔をした。
王子の汗の匂いが強くなったので、演技ではないだろう。
王子は、俺に毒が盛られた事実を、本気で知らなかったのだ。
シロだ。
王子の取り巻きはさておき、少なくとも、王子本人は知らなかった。
「ゴミが?」
「さっき、ゴン兄のお茶と一緒に、ボッタクルのお代わりも届いたでしょ。指摘して、替えを入れてもらったのよ。警告じゃなくて、ボッタクルの弱体化が目的ね。衆目監視で、あたいに負けてもらいたい人がいるみたい。思い当たる相手は?」
「親父だ」
「うっそ。あたい、そこまで恨まれてた? ゴン兄、知ってて、あたい呼んだの? 全然、守ってくれてないじゃない」
プラックが、ゴンベッサに対して、殺気を放った。
扉の近くから、ティップとゲイルが近づいてきた。
俺の担当は、ミキの保護。
ラッキーとプラックについては、できる範囲内での対応だ。
だが、二人とも、遅れをとる恐れはないだろう。
ゴンベッサが、左掌をティップとゲイルに上げて示した。
二人は、立ち止まった。
「狙いは、ラティマーじゃなくて、俺のほうだ。俺を追い込むつもりだろう」
ゴンベッサが告げた。
ラッキーは、悲しそうな顔をした。
「やーよ。骨肉の争いなんて。あたい、そういうの、降りたんだから」
「じゃなくて、さっき、親父から焚きつけられたんだ。俺の護衛隊が壊滅して敗走した話が独り歩きすると、俺より弟たちのほうが王に相応しい、という夢を見る奴が出てきかねんって。そうならないよう、弟たちの護衛隊にも、等しく壊滅してもらうための模擬戦だ」
「うわ、めんどくせー」
ラッキーは、心底、面倒くさそうな顔をした。
「やっぱ、あたいたち、お
「あはははは」
ゴンベッサは、楽しそうに笑った。
「親父が、ラティマーは、そんなの面倒だから帰るなどと言いだしかねんから、俺にしっかり説得しろって。親父の言うとおりだったな」
ラッキーは、ふくれっ面になった。
「それから、儂に面倒な手間を掛けさせるな。素直に孫娘を抱かせてくれ、って。どうやって、お前らをこの話に乗らせようかと考えていたが、説得ってのはそうじゃないな。すまない。協力してほしい」
ゴンベッサは、ラッキーに頭を下げた。
俺にも。
ティップとゲイルは、王子の姿から目を背けた。
しばらく、全員の沈黙が続いたが、ラッキーが口を開いた。
「ボッタクルに、そこまでの面倒ごとは頼めないわ。正直、あたいとしては、この国の王様が兄でも弟でも、みんな元気なら、それでいいのよね」
ゴンベッサは、頭を下げたままだ。
プラックは、何も言わない。
ゴンベッサの頭は、座っているミキの顔よりも低い位置のままだ。
ミキは、ちらりと部屋の片隅に控える、『はいたつくん13号』に目をやった。
中には、大量のミキ製作のポーションがある。
「ミキは、おじいちゃまに、ミキのポーションを渡したかったです」
ミキが、か細い声で、言葉を発した。
ラッキーが、ぎゅっと拳を握った。
ラッキーは、何も言わない。
ラッキーは、ラッキーから、これ以上、俺に面倒な仕事をさせるようなことは言わないだろう。
俺は、ラッキーの判断に従うだけだ。
以前、プラックが、護衛は、護衛対象の行動を制限するのではなく、護衛対象がやりたいことを、制限なくできるようにするのが、本来の務めだと言っていた。
今の俺の役割は、ミキの護衛だ。
ミキが、おじいちゃまにポーションを渡したいというのだったら、渡せる手立てを尽くすのが、俺の務めだ。
「で、具体的に、俺は何をすればいいんだ?」
俺は、ゴンベッサに訊いた。
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