第115話 茶番

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 百斬丸ひゃきりまるたちが、控室に閉じ込められている間に、ゴンベッサは緊急の会議に招集されていた。


 議題は、百斬丸の安全性について。


 そのような危険人物と、王を同席させられるわけがないだろ、という話だ。


 城の正面階段で行われた、百斬丸と警備隊の揉め事が、王直属の護衛である近衛隊から、当然ながら問題視されていた。


 緊急会議には、王を筆頭に、ゴンベッサ王子、近衛隊長、警備隊長、王子の護衛隊長が参加している。


 場の最年長は、近衛隊長だ。


 現在の王が、まだ王子であった際の王子の護衛隊長であり、そのまま、近衛隊長に繰り上がって、ひたすら職務を全うしてきた。


 時に、王すら頭が上がらない人物だった。


 緊急会議とは建前で、ぶっちゃけ、近衛隊長からゴンベッサ王子が怒られる席である。


 ゴンベッサは、ふてくされたような顔で、席に座っていた。


 王ならばともかく、王子だからといって、何でも認められるわけではない。


 ましてや、今回、王子は勝手に飛び出して、迷宮都市へ行っている。


 後から、突貫で追いかける護衛の身にもなれ、という話だ。


 しかも、その王子の護衛隊が、迷宮都市で壊滅的な被害を受けたという。

にもかかわらず、全員、五体満足に帰って来た。


 いや、そもそも、そんなことありえるのか?


「王子は騙されているのではありませんか?」


 近衛隊長が、口火を切った。


 畳みかけるように言葉を続ける。


「一人で三百人の部隊に突っ込み、百人を倒して部隊を壊滅させるなど、にわかには信じられませんな。


 集団で幻覚でも見せられていたのではありませんか?


 世の中には、そういった魔法もあるやに聞いております。


 傷はポーションで癒せたとして、死人を生き返らせるのは不可能でしょう。


 帰還した王子の護衛隊に、そもそも死んだ者はおらんではありませんか?


 それほどの派手な戦闘が行われ、死人が出ておらぬとは、幻覚か、護衛隊が逃げ腰であったとしか思えませぬ。


 万が一にも、王子の護衛隊に逃げ腰はないでしょうから、だとしたら、幻覚です。


 ラティマー姫とて、はたして本物かどうか?


 王子は、妹姫の件で、目がくらんでいるのはありませぬか?


 近衛隊として、姫が本物であるという確たる証なしに、王と合わせるわけにはまいりませぬ」


 そういう話だ。


 ゴンベッサとしては、耳が痛い。


 王子の護衛隊長が発言を変わった。


「まことに恥ずかしながら、我が隊の壊滅は事実です。壊滅された後、ポーションによる癒しを受けました」


「それらがすべて幻覚だったのでは、という話だ。貴公は、幻覚を掛けられていた側だから客観的な判断はできなかろう。体感として事実と受け止めてしまっているはずだ」


 むう。


 ゴンベッサは、口を尖らせた。


「ラティマーが本人かどうかは、じいが自分で会えばわかるだろう」


「誰が、爺ですか!」


 ゴンベッサは、肩をすくめた。


「おそれながら」


 警備隊長が手を上げた。


 折れた手は、すっかり元通りに動いていた。


「王子と護衛隊が幻影を見せられていないと判断できれば、ラティマー姫は、ご本人であるという理解で良いのでは」


「というと?」


 司会進行役は、近衛隊長だ。


「あの護衛に本当にそれだけの実力があるかをはかれば良いのです。それ程の者であるならば、百人りとて、楽にこなせましょう。立ち切りの様を見て、壊滅が現実か幻覚かを判断なされては」


 立ち切り。


 一人を相手に、数十人が入れ代わり立ち代わり剣で打ちかかり、休む暇を与えず、相手を体力の限界まで追い込むという、剣の稽古だ。


 稽古なので、もちろん、真剣ではないが、打たれれば痛いし、時には骨も折れる。


 当たりどころが悪かったり、袋叩きともなれば、もちろん、死のう。


 百人立ち切りは、さらに過酷な稽古で、一人に対して、数十人でなく百人で打ちかかるものだった。


「いかがでしょうか?」


 近衛隊長が、沈黙を続けている王に訊いた。


「良いだろう」


「であるならば、ぜひ、我が隊で、お相手いたしたい」


 警備隊長だ。


「借りを返さねば気がすみません」


「いや」


 王は否定した。


「第二王子と第三王子の護衛隊だ」


 第二王子も第三王子も、この場にはいなかった。


 もちろん、それぞれの護衛隊長もいない。


「それはどういう?」


 ゴンベッサ王子の護衛隊長が質問した。


「階段での騒ぎは、それぞれの耳にも届いておろう。迷宮都市で敗走した護衛隊が、将来の国王の近衛隊となるとは如何かという声が、どこかから上がるやも知れん。変な噂に独り歩きされるぐらいならば、明確に実力を比べさせておいた方がよかろう」


「ご配慮おそれいります」


「では、それぞれから五十人ずつを?」


 近衛隊長が確認した。


「百人ずつを二回で良いだろう。順番は、歳の順で」


 王は、近衛隊長に答えた後、ゴンベッサ王子の護衛隊長に確認した。


「実際のところ、どうだ? 二百人では、荷が重そうか?」


「問題ありますまい。我ら、王子護衛隊最強を自負しておりますが、の者には、赤子の手を捻られるようなざまでした。第二、第三護衛隊で、太刀打ちできるとは思えません」


 王たちのやり取りに、ゴンベッサが、声を上げた。


「誰も壊滅を幻覚などと思ってないではないですか! これは、どういう茶番ですか」


「当たり前だ。お前が会ってラティマーであったのだろう。ラティマーに決まっておる」


 王は、ゴンベッサを叱った。


「茶番と呼ばず、ストーリーと呼べ。第二、第三護衛隊に、無理なく、ラティマーの護衛と戦わせる筋書きを作らねば、将来に禍根が残る。儂に面倒な手間を掛けさせるな。素直に孫娘を抱かせてくれ」


 ゴンベッサは、ようやく、この茶番劇に隠された、真の目的に思い至った。


 第一王子の護衛隊だけが、迷宮都市から来た、ラティマーの護衛に壊滅させられたわけではなく、第二王子も第三王子も、等しく壊滅させられたという事実を作りたいのだ。


 本当は、第一王子よりも、第二王子や第三王子のほうが優秀だなどと騒ぎ立てる馬鹿が出て、お家騒動に発展させられては困る。


 そのあたり、自分が戻ると王家の均衡が崩れるかも、と心配していた、ラティマーのほうが、ゴンベッサよりも、よく現実を見ていた。


 王子同士にそのつもりはなくても、周りで勝手な夢を見る人間が、焚きつけたがるかも知れなかった。焚きつけの火種は、ないほうがいい。


 どの王子の護衛隊も、等しく、ラティマーの護衛に勝てないという消極的な横並びだが。


 後継者同士の能力が同じなら、長子が後継で、べつに良いだろう。


 願わくば、ラティマーを担ぎ上げようとする馬鹿が現れないことを。


「分かったら、お前はラティマーとラティマーの護衛を説得しろ。そんなの面倒だから帰るなどと言いだしかねん」


 確かに。


 ゴンベッサは、どうしたものかと考えた。


 そういえば、ラティマーは、探索者如き・・と、探索者がおとしめられる言葉に怒りを覚えていた。


 少し挑発して、向こうから、跳びついてくるようには仕向けられんか?

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