第114話 ローパー

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 城内に入った俺たちは、謁見者用の控室に通された。


 出発前の王子の話では、城に先触れを送り、城に着いたら、すぐに王と会えるよう手配ができていると言っていた。


 だが、その前に緊急の会議が入った。


 何か大事件が起きたらしい。


 王も含めて、対応を協議する必要があるそうだ。


 王子も、急遽、呼ばれていった。


 俺たちは、待ちぼうけだ。


 部屋には、ラッキーとプラック、ミキ、それから俺がいた。


 俺たちは、ローテーブルを挟んで、ソファに座っていた。


 ラッキーとプラックが隣同士、俺とミキが隣同士だ。


 何か用向きがあったら二人に言ってくれ、と、王子が言い残したため、ティップとゲイルも部屋にいた。


 ティップとゲイルは、堅苦しい気質なのか、ソファには座らず、控室入口の扉の左右に、門番よろしく、直立不動の姿勢で立っていた。


 おかげで、まるで閉じ込められているような気分だ。


 部屋には、他に、昔の俺の同業者的な立ち位置の者たちが、見えないように隠れていた。


 ティップとゲイルが立つ廊下側と対面の窓がある以外の左右二方の壁の裏には、隠し通路があり、人が潜めるようになっている。


 部屋に入った際、足跡の反響でわかった。


 音の反響に敏感になるというのは、ダンジョン探索の基本の基本だ。


 五感を駆使しなければ、探索は、ままならない。


 まあ、反響がなくても、気配でわかるが。


 どちらの壁の裏にも、五人ずつ、人が潜んでいる気配があった。


 聞き耳を立てているのだろう。


 両壁には、それぞれ、床から天井まで届きそうな絵画が飾られているため、必要時には、絵を突き破って、室内に飛び出してくる算段かと思われる。


 俺にはともかく、ミキに対する害意をはなってはいないので、そのままにしておく。


 もしかしたら、俺に対する害意も、漏れていないつもりなのかも知れない。

その程度の腕前だ。


 それから、天井と床下に二人ずつ。


 どちらにも、潜むための専用の空間が、設けられていた。


 ミキは気づいていないが、ラッキーとプラックは、もちろん、潜んでいる者たちの存在に気づいている。


 わかりやすい、人間の気配にも気づけないようでは、地下の暗がりに身を潜めて獲物をじっと待つ、魔物の気配になど到底気づけない。


 もっとも、王宮に慣れている二人にとって、城への来客が、このような仕掛けがある控室に案内される行為は、当然のことなのだろう。特段、気にしている様子はない。


 部屋の扉がノックされた。


 ティップが、やりとりをして扉を開けると、侍女がお茶を載せた盆を持って入って来た。


「お茶の替えをお持ちいたしました」


 何度か、冷めきる頃合いを見計らって、この侍女は、お茶を持ってきていた。


 新しいお茶とお茶菓子をテーブルに人数分並べ、古い物を持ち帰ろうとする。


 身のこなしから察するに、侍女も、俺の元職の同業者だ。


「失礼します」と、下がろうとする侍女に対して、


「何か方針が変わったのか?」


 俺は、問いかけた。


「俺だけってことは、俺への警告? それとも、気付かぬように弱らせたい?」


 ラッキーとプラックが、俺の言葉の意味を察した。


 要するに、俺のお茶にだけ、毒物が溶かされていた。


 室内に隠れている奴らの気配が、棘を持った。


 その時点で、三流の下だ。


 ティップとゲイルが、扉を塞いだ。


 実際のところ、この二人は、どちら側の味方だろう?


 ミキは、俺が何を言い出したのか、わからなそうだった。

わからないままでいい。


「地下三階の天井によくいる奴だ」


 俺は、ラッキーとプラックに答えを伝えた。


 ローパー。


 迷宮都市のダンジョンでは、地下三階に棲んでいる。


 天井を這いまわる、イソギンチャク状の魔物だった。


 天井から触手を垂らして、自分の下に来た獲物を、触手で刺した後、からめとる。


 触手の先端の棘から出る毒は、強烈な麻痺毒だ。


 致死性ではないが、麻痺して動けない間に同じ結果となるため、ある意味、致死毒と同じである。


 地下三階を列になって歩くパーティーの、最後衛が、よく狙われた。


 ふと気付くと、最後衛を歩いていたはずのメンバーがいなくなっており、戻ると天井から触手に巻かれてぶら下がっている。


 気付くのが遅れると、ぶら下がったまま、中身が溶かされて吸いだされており、皮と骨だけになっていた。


 そのローパーの毒が、俺のカップには溶かされている。


 麻痺毒だから、殺す気はないのだろう。


 それで、警告か弱体化だと考えた。


「無味無臭のはずなのに、口もつけずになぜ?」


 そんなこと、口にする時点で、語るに落ちている。


「あ」


 侍女は、自分の失言に気がついた。


 だからといって、何もできない。


 まさか、お盆を投げ捨てて逃げ出すわけにも、俺に斬りかかるわけにもいくまい。


 俺の元職では、失敗した者には死が待っていた。


 今回、俺を殺すつもりの作戦ではなかったようだから、そこまでのペナルティはないのかもしれない。


 だが、相手に、毒を盛ろうとした事実がばれる失態は、甘くはない。


「本当に無味無臭か、自分で試したかい? 何度も飲んでると、その内、わかるようになるものさ」


 俺は、侍女に種を明かした。


「どうする?」


 俺は、判断を、ラッキーに委ねた。


 ラッキーは、侍女に微笑んだ。


「お茶に何か浮いているわ。の友人にお茶の代わりをいただけるかしら」


 ラッキーは、『あたい』じゃなかった。こっえー。


「かしこまりました」


 侍女は、青白い顔で震えながら、俺のカップも盆に載せると、部屋を出て行った。


 廊下で、侍女が深く息を吐いたのが、俺には分かった。


 この後、折檻を受けなければいいけど。


 侍女が去り、少しして、誰かが部屋にやって来た。


 侍女かと思ったら、王子だった。

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