第113話 如き
5
警備隊長が、悲鳴を上げた。
左手で折れた右腕を抑えている。
俺は、警備隊長の膝に蹴りを入れた。
警備隊長の左足が、普段、関節が曲がるのとは逆方向に折れ曲がった。
警備隊長は、地面に転がった。
直近二人の警備隊の兵士が持っていた剣を抜こうとする。
それより早く、俺は一方の警備兵の手首を掴んで、捻りを入れた。
掴んだ警備兵を、投げ飛ばす。
回転して飛んだ警備兵は、もう一方の剣を抜こうとした警備兵にぶつかり、二人は、警備隊長とも絡み合うように、地面に転がった。
俺が掴んだ側の警備兵の手首は、もちろん、折っている。
残りの警備兵たちが、一斉に色めき立つ。
俺を取り囲むように左右に展開しながら、剣を抜き放った。
だが、警備隊長と警備兵二人が、俺と残りの警備兵たちの間に転がっている。
俺に斬りかかるには、転がった身内を飛び越えるか、踏みつけるしかないだろう。
その際、隙が生じるはずだ。
「わあ!」
俺の背後、階段の上の方で、驚いたような声が上がった。
ついさっき、王子のもとに行こうと階段を駆け上がったばかりのティップの声だ。
ティップが、大慌てで階段を下りてきた。
忙しい奴だ。
ラッキーとプラックが、ミキを庇うように、間に挟んだ。
残りは、その場で立ち止まっていた。
警備兵たちは階段を昇りながら、俺たち全員を取り囲むように、階段の左右にも展開していく。
「待て待て待て待て待て待て待て」
ティップは、階段一段毎に、待て、を吐きながら、俺と色めき立つ警備兵たちの間に割って入った。
「ちょっと待ったぁ!」
両手を広げて、俺を背後に庇うように、警備兵たちに立ちふさがった。
「何です? 何事が起きたんです?」
ティップは、背後に庇うようにした俺に、顔も向けずに訊いてきた。
「隊長が、俺とミキを引き離そうとした」
「あー」
ティップは、ため息のような、深く抑揚のある、あー、を口にした。
正しく状況が伝わってくれたらしい。
倒れた三人の内、警備兵二人が、他の警備兵たちに手を貸されて立ち上がった。
代わりに別の警備兵が前に出て、俺とティップに剣を向けた。
手足が折れた警備隊長は、立ち上がれなかった。
地面に座ったまま、兵たちに庇われ、「なぜ、止める!」と、ティップを詰問した。
「やめい!」
王子が一喝して、階段を下りてきた。
ゲイルも従っている。
警備隊長は、さらに部下の手を借りて立ち上がろうとした。
「そのままで良い」
王子が、警備隊長の動きを止めた。
「なぜ、彼を止めた?」
王子が、警備隊長に、俺を止めた理由を問いただした。
「警備責任者として、城内にまで探索者による護衛は不要と判断したためです」
王子は、天を仰いだ。
「わたしが、皆まで言わなかったのが、悪かったな。城内
「は?」
「ティップ、迷宮都市で護衛隊に何が起きたか言ってみろ」
「しかし」
「構わん。身内同士だ」
「迷宮都市にて、我々、護衛隊は、総数の約三分の一を失い壊滅いたしました」
呟くようなティップの言葉に、警備隊長の目が、驚きに見開かれた。
ティップの声が聞こえる範囲にいる、他の警備兵たちも同様だ。
「うむ。なぜ、そのようなことが起きた?」
「護衛隊が、自宅に帰ろうとするボッタクル氏を帰らせまいと阻んだためです。護衛隊は、ボッタクル氏の商店を囲んでおりました」
「ボタニカルだ」
俺は、訂正した。
「それに、店の名であって、俺の名ではない」
警備隊長は、座り込んだまま、俺の顔を見あげた。
「しかし、まさか、たった一人の探索者如きにそんなことが」
「護衛隊長!」
王子は、護衛隊長を呼びつけた。
あたりは静まり返っていたので、護衛隊長まで、ティップの言葉は聞こえていただろう。
色めき立つ警備兵たちに対して、王子護衛隊は、別れた際の体勢のまま、誰一人動いてはいなかった。
全員、死んだような無表情だ。
さすが、王子の護衛隊だけのことはある。厳しく、律せられていた。
護衛隊長が、駆け寄って来た。
「ティップの発言はあっているか?」
「ハ。そのとおりであります」
警備隊長が、護衛隊長の顔を見上げた。
護衛隊長の眼を覗き込むような視線を放つ警備隊長に対して、護衛隊長は、こくりと頷いた。
「なぜ、そのような危険人物を城に連れてきたのです?」
警備隊長は、やや震える声で、王子に問いただした。
「ラティマーが信頼しているからだ」
警備隊長は、唖然とした顔をした。
「おそれながら、ラティマー様は、十年も前に王国を出奔されたお方です」
「出奔? 君は、そんな風に思っていたのか? 違うぞ。ラティマーは、ブロックと共に、迷宮都市に潜伏していたのだ。今回、任務に一定の成果が認められたため、報告を求めた」
王子と警備隊長は、見つめ合ったままになった。
「失礼しました。おのれの不明を恥じるばかりです」
警備隊長は、王子に応えた。
よもや、そんな理由があったとは。
俺も不明を恥じ入らないと。
「うむ」と王子。「名誉の負傷だ。よく養生しろ」
「旦那さん、ポーションの出番です」
囁くように、ミキが、俺に言った。
確かに。
だが、倒した相手をどう処理するかの判断は、ラッキーだ。
「ラッキー?」
俺は、ラッキーに確認した。
ラッキーは、頷いた。
「探索者
俺は、『はいたつくん13号』から、ポーションを二瓶取り出した。
警備隊長と、手首を折った警備兵にそれぞれ渡す。
「代金は、王子持ちだから心配ない」
警備隊長が、今すぐ俺を殺したいというような目で、俺を睨んだ。
気配を探るに、警備隊員たちの憎しみが向いているのは、俺だけみたいだ。
ミキには、向いていない。
一安心だ。
護衛隊長が、寄り添うように、慰めるように、警備隊長の傍にかがみこんだ。
「よく利くぞ。俺も含めて、護衛隊も、みな、それで治った」
王子が階段を上りだした。
俺たちは、後に続いた。
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