第112話 帰城

               4


 馬車は、ゴンベッサ王子護衛隊に囲まれたまま、城の正門を通過し、城の正面玄関の前に到着した。


 正面玄関前は、馬車が転回できるようロータリーとなっており、多数の兵士が集まっても問題のない広さがあった。


 俺は、馬車の中から、『幸運と勇気ラッキー・プラック』やミキに対する害意を抱く者が周囲にいないか、気配を探っていた。


 一般的な警戒の気配は感じたが、個人を特定しての悪意や殺意は、特に感じない。


 停車した馬車を囲む王子護衛隊のさらに外を、城の警備兵たちが取り囲んだ。


 王子護衛隊は、全員下馬した。


 覇気がある城の警備兵たちに対して、王子護衛隊の気配は、沈んだように重苦しかった。


 おそらく、強行軍に疲れたのだろう。


 城の警備兵たちの中から警備隊長らしき男が現れた。


 王子護衛隊の隊長が、自分の馬の手綱を近くの者に渡して、前に出た。


 二人は言葉を交わした。


「ゴンベッサ・イル・オルニトレムス第一王子、ご帰城きじょうされました」


「うむ。これより、場内警備兵にて護衛を引き継ぐ」


 そのような儀式的なやりとりだ。


 二人を通すために、王子護衛隊の列が割れ、警備隊長と護衛隊長が歩いて馬車に近づいてきた。


 途中で、こそっと警備隊長が護衛隊長に耳打ちをした。


「どうした? みんな、まるで敗残兵のように気が沈んでいるぞ。急に飛び出した王子のお守りは、そんな疲れたのか?」


 ははは、と、護衛隊長は、乾いた笑い声でごまかした。


 そりゃ、立場上、王子の悪口は、言えないだろう。


 ティップとゲイルが、二人の前に出た。


 ティップとゲイルは、王子護衛隊の中でも、王子を直近で守る最終の護衛役である。


 規律正しい王子護衛隊の一員ではあるが、時に、個人の判断で、王子を守る独自の動きを取ることが認められている存在だという。要するに、選りすぐりであるらしい。


「扉、開きます」


 ティップにより馬車の扉が開けられた。


 ゴンベッサが降り、ラッキーが降り、プラックが降り、ミキが降りた。


 ラッキーたちの素性については、既に先触れを通して、警備隊長に伝わっているらしい。


 警備隊長は、ゴンベッサに対するのと同じ、恭しい態度を崩さなかった。


 年齢的に、警備隊長は、城にいた当時のラッキーとプラックの顔を知っているのかもしれない。


 最後に俺だ。


 警備隊長は、馬車を降りる俺に対して、おや、という顔をした。


 先触れから話が伝わっていなかったのか、知らない相手だったためだろう。


 俺も、警備隊長の顔は知らなかったから、お互い様だ。


「彼は?」


 警備隊長は、護衛隊長に囁いた。


 護衛隊長も、警備隊長に囁き返す。


「姫の御息女の護衛の方・・・・だ」


 警備隊長は、何だか不思議そうな顔をした。


 警備隊長、護衛隊長、ティップ、ゴンベッサ、ゲイル、ラッキー、プラック、ミキ、俺の順で、王子護衛隊の列が別れてできた道の中を、城へ歩いた。


 俺の後に、『はいたつくん13号』が、ちょこちょこと続いていた。


 警備隊長は、王子護衛隊と城内警備隊の列の境い目で、一度止まった。


「では」


 護衛隊長が、王子に敬礼をした。


「ご苦労だった」


 護衛隊長以下王子護衛隊は、その場に留まった。


 ただし、ティップとゲイルは別だ。二人は、常に、王子の傍らを離れない。


 続いて、城内警備兵の列の中を歩く。


 警備兵たちの視線は、俺の後ろの『はいたつくん13号』にくぎ付けだった。


 ゴーレムが、物珍しいのだろう。


 警備隊長は、今度は城へ登る階段の手前で止まった。


 警備隊長が、ティップに『はいたつくん13号』を目で示しながら、囁いた。


「どうするつもりだ?」


 テイップが、俺のところまで、慌てて飛んでくる。


「台車は、馬車庫へ移動したいのですが」


 もしかして、階段を登れないという心配か?


 俺は、『はいたつくん13号』に指示を出した。


「『はいたつくん13号』、起き上がれ。階段を上るぞ」


『はいたつくん13号』が、人型形態に変化した。


 後肢で前輪を押せるようになったので、階段も登れる。


 必要ならば、ぎらりとしたかぎ爪で、掴まり歩きもできる。


 出発前に、入念にかぎ爪を研いできた。


 大抵の剣相手に、切れ味で負ける気はしない。


 起き上がっていく『はいたつくん13号』の動きに、プラックファミリー以外の面々が、驚いていた。


「これで問題ない」


「いや、あの、その」


 なぜか、ティップは、しどろもどろだ。


 そんなに驚かなくても。


「おじいちゃまに、ミキのポーション持っていけないの?」


 ミキが、心配そうな声を出して、ティップを見上げた。


「持っていけるよ」


 ゴンベッサが、優しい声で、ミキに応えた。


「わたしがゴーレムの同行を許す」


 ゴンベッサは、警備隊長に頷いた。


「しかし」


 ゴンベッサが、警備隊長を睨んだ。


「承知しました」と警備隊長。


 俺は、『はいたつくん13号』に指示を出した。


「『はいたつくん13号』、ミキに付き従え」


 ちょこまかと、『はいたつくん13号』が動いて、俺の前に出た。


 ミキの背後につく。


「よかった」と、ミキが胸をなでおろした。


「行こう」


 ゴンベッサ王子が、階段を上りだした。


 慌てて、ティップが王子の元へ走る。


 ゲイル、ラッキー、プラック、ミキ、『はいたつくん13号』と続いた。


 一瞬、心配して見守ったが、『はいたつくん13号』は、問題なく、階段を上っていく。


 俺は、『はいたつくん13号』の後に続こうとした。


 俺の胸の前に、俺を通せんぼするように、その場に残っていた警備隊長の手が差し出された。


「城内では君の護衛は必要ない」


 警備隊長は、俺を睨みつけていた。


 護衛対象であるミキから、護衛である俺を引き離す行為。


 明確な敵対行為だ。


 俺は、目の前に差し出された、警備隊長の腕をへし折った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る