第111話 馬車

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 翌日、俺たちは、王都へ向けて出発した。


 王都へは、昨日のうちに、既に先触れを向かわせているとのことだ。


 俺とラッキー、プラック、ミキの四人は、王子の護衛隊約三百人の隊列の、ほぼ真ん中で馬車に乗っていた。二頭立てだ。


幸運と勇気ラッキー・プラック』は、探索時の鎧姿。


 なので、俺も、いつものダンジョンに潜る際の服装だ。


 十年生き抜いた探索者として胸を張って父王の前へ立ちたい、という、ラッキーの意向が、鎧姿の理由だった。


 何かあった時、血路を切り開くために動きやすい服装、というのが、第二の理由だ。


 馬車の後ろを、台車形態の『はいたつくん13号』が追走していた。


 万一の事態に備えて、しこたま、ポーションを収納している。


 護衛隊は、気味が悪い物を見る目で、『はいたつくん13号』を見ていたが、ミキの「おじいちゃまのためにミキが作ったポーションを運んでもらうの」の一言で王子が承認したため、誰も何も言わなかった。


 気味が悪いかな? 俺は、我ながらいいデザインだと思っていたが、王宮勤めの人たちとは、センスが違うようだ。


 幸い、王子の護衛隊は、全員、馬に乗っているため、足取りは遅くなかった。


 先行した王子を慌てて追うために、皆、馬である必要があったそうだ。


 それでも、王都入りは、早くて明後日になるらしい。


『はいたつくん13号』は、ダンジョン内で、俺の足に、そこそこついてこられる程度の速さは出せるので、馬車の追走に、なんら問題はない。


 馬上のティップとゲイルが、馬車の両脇に、ぴたりとついている。


 もう一人、馬車には王子も乗っていた。


 ではなくて、本来、王子が乗るための馬車に、俺たちが乗せてもらっている。


 実は、馬車に乗る前に一悶着あった。


 馬車は、六人乗りである。


 三人掛けの椅子が、向かい合わせに二組だ。


 王室用であるため、通常の六人乗りよりも、中は広めに作られているらしいが、

それでも三人横並びに座ると、窮屈を感じる。


 ティップが、俺に、馬には乗れるか、と訊いてきた。


「もちろんだ」


「馬車は遠慮して、馬に乗ってもらえないだろうか?」


「なぜ?」


 中が狭くなるので、とか何とか。


 なるほど、確かに。


「そういうことならば、俺は、屋根の上にしよう」


 俺は、ひらりと馬車の屋根に飛び乗った。


「あまり護衛対象から離れるわけにはいかないからな」


 さすが、王室馬車。俺が乗っても、屋根に問題はなさそうだ。


 それに中より、屋根の上のほうが、襲撃時の立ち回りはやりやすい。


「あ、いや、そういう話では」


「中で問題ないだろう」


 王子が口を挟んだ。


「五人とはいえ、一人は子供だ。そう狭くならん」


「王子!」


 途端に、ティップが悲鳴のような声を上げた。


「それでは、何かあった際、我々が王子を守り切れません」


 ラッキーとプラックが、顔を見合わせてニヤニヤしていた。


 どういう笑いだ?


「心配しなくても、ついでに俺が守れば問題ないだろう」


 俺は、屋根の上から、ティップに言った。


 ティップは、なぜか、目を見開いた。


「で、いいんだろ?」


 念のため、ラッキーに確認する。


「そうしてもらえるとありがたいわ」


「決まりだ」と王子。


「ならば、せめて武器を預からせていただけないかと」


 ティップが、俺に縋った。


 なぜだろう?


 ああ、狭いところで刃を振り回すと危ないとか、そういう話か?


「馬車の中では刃物は使わないようにするよ。拳で対応する」


 ラッキーが、肩を震わせて、笑っている。


「もう、いいだろう。出発するぞ」


 王子が宣言した。


「はい」


 ティップは、なぜか項垂れた。


 結局、窓から外が見える席にミキが陣取り、その隣にラッキー、プラックの順に三人座った。


 俺と、王子が隣り合わせだ。


 もちろん、俺の前には、護衛対象であるミキがくる。


 馬車の中は確かに狭いが、外に対して索敵で気配を探り続けるから問題はないだろう。


 何かが近づけばすぐにわかる。


 必要そうならば、そこで馬車を出ればいい。


 俺は、そのように判断をした。


 ティップは、きっと心配性だな。


 あ、だから、ラッキーたちは、笑っていたのか。


 慌てる様子を楽しんでいたのだ。


 一方のゲイルは、ほとんどしゃべらない。


 しゃべるのは、ティップの担当みたいだ。


 ミキにとっては、初めての外出で、初めての遠出だ。


 危険が云々という話はあるにしても、外への興味はつきないようだった。


 ミキは、早速、窓に張り付いていた。


 周囲を守ってくれる護衛兵たちも、馬も、全員元気だ。


 幸い、ポーションが行き渡ってくれたので、俺による負傷の痕跡は残っていなかった。


 どういうわけか、皆、俺を見かけると目を逸らす。


 シャイなんだな。


 ティップみたいなのが少数派で、基本はゲイルのような無口が、王国の護衛隊としてのあるべき姿なのだろう。


 そんなこんなで馬車は出発し、道中の大きな街で、先触れが確保しておいたくれた宿に宿泊する。


 さすが、王子が利用するだけあって、ギルドで今作っているちんけな宿泊施設もどきとは雲泥の差だった。


 現役時代も、俺には泊まった経験がないような高級宿だ。


 正直、飯の味はわからないが。


幸運と勇気ラッキー・プラック』の部屋は広く、中に従者用の小部屋も確保されていた。


 偉い人間は、家族だけで何かをすることはないらしい。


 四六時中、お付きの者が近くにいるのが、当たり前だ。


 部屋だって、そのような利用が前提になっている。


 途中、どこからも襲撃を受けるようなことはなく、あっさり王都へ到着した。


 二泊三日の行程だった。


 思い返してみても、ここまでに問題行動はないはずだ。

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