エピソード7 探索者の流儀

第110話 護衛依頼

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 約二週間振りとなる地下迷宮から店に戻ると、珍しくヴェロニカが頭を抱えていた。


「ちょっと、マルくん!」


 やや、棘のある声で、俺に訊いた。


「王都で何やってきたの?」


 何だろう?


 特に思い当たるような、怒られる節はない。


 ミキの護衛として王都に行って、無事に連れて帰って来ただけだ。


 ただし、俺が、ピンときていないだけで、何かやらかしている可能性もある。


 何しろ王宮での立ち居振る舞いだとか慣習だとか、そのあたりを、俺は、良く知らない。


 俺は、出発まで記憶を遡らせてから、一連の行程を、当初からヴェロニカに語って聞かせた。


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幸運と勇気ラッキー・プラック』が、ミキを連れて、王都に里帰りをすることになった。


 ラッキーの兄である王子が、自ら、迎えに来たそうだ。


 俺は、ヴェロニカから、ラッキーの素性が、この国の姫であるという話は聞かされていた。プラックは、ラッキーを護衛する貴族だった。


 そのラッキーから、俺は、ミキの護衛を依頼された。


 道中、どのような危険があるかわからないため、とにかく、あらゆる危険からミキを守ってほしい、という依頼内容だった。


 なんでも、王宮は、色々、どろどろ・・・・と怖いらしい。


 俺も、お化け・・・は苦手なんだが。


 期限は未定だ。


 概ね、半月程度ではなかろうかという想定である。


 ラッキーの実家とプラックの実家に行くとのことだった。


 俺とヴェロニカ、ラッキー、プラック、ミキの五人は、お店の厨房兼調剤室で打ち合わせを行っていた。

 

 なぜか、壁に焼け焦げがある。後で、直さないと。


 他には、王国のゴンベッサ王子と、王子の二人の側近、ティップとゲイルが同席していた。


 側近二人は、背後に王子を庇うように、悲壮な顔をして座っていた。


 どうしたというのだろう?


 不幸な行き違いから、店を囲む王子の護衛隊を壊滅させてしまったが、既に俺の・・誤解は解けている。


 もう、俺が、彼らに攻撃を加える必要はない。


 安心してもらっていいはずだ。


 そのうえ、彼らは、お客さんだ。


 王子は、俺が倒してしまった部下たちを癒すために、うちの店のポーションを全て買い上げるという、太っ腹なところを見せてくれた。


 何でも、王子の護衛隊が満身創痍の状態のままだと、王国の沽券こけんに関わるらしい。


 だとしたら、彼らも三分の一ルールを徹底するべきだ。


 人数に対して、持ち合わせのポーションの数が少なすぎた。


 せめて満身創痍から全快に持ち込める程度のポーションを、人数分は携帯するべきだ。


 魔法による回復ができる人員も、もっと同行させたほうがいい。


 不躾な俺の進言に対して、王子は、検討を約束してくれた。


 お客さんの身の安全を確保するために、うちの店はある。


 少しでも、役に立てれば、何よりだ。


「想定される危険の内容は?」


 俺は、ラッキーに確認した。


「処刑ね。あたいとプラック、二人して断頭台に並べられるの。それよりは、監禁のほうがありえるかな。もし、あたいたちが捕まえられたら、ミキを連れて逃げて」


「その心配はない。親父は反省している」


 ゴンベッサ王子だ。


「ゴンにいを疑うわけじゃないわよ。でも、あたいが戻ると、王家の均衡が崩れるでしょ。誰か、暴走しちゃう人間が出るかも知れない」


 王家の難しい話は、俺には興味ない。


「わざわざ、ミキを連れて、そんなとこ行かなくてもいいんじゃないか」


「できるものならね。でも、そうもいかないのよ」


 俺は、口を噤んだ。事情は、人それぞれだ。


 ただ、少なからず、ミキはショックを受けたようだ。


 両親に処刑や監禁の恐れがある場所に行くと聞いて、何も感じないわけがない。


 危険は、ミキ自身にだって、あるのだし。


 だからこその護衛なのだろうが。


 念のため、俺は確認した。


「捕らえられた場合、おまえらは助けなくて良いのか? ミキさえ連れて、ここへ戻れば?」


「駄目です」


 ミキが言った。


「そもそも捕らえられないようにしてください」


 確かに。


「あと、あり得る危険は暗殺かしら」


 ラッキーが続けた。


「そっちは専門だから心配ない。心配なのは、どこまでならやっていいかだ。すまないが、俺の専門は守る側じゃない」


「殺しさえしなきゃ何やってもいいわよ。倒した後の対応は、ラッキーに確認して」


 ヴェロニカが請け負った。


「ま、直接、襲ってくるような相手であれば、俺もラッキーも対応できる。ミキ優先に動いてくれて問題ない」


 プラックだ。


「そのくらいなら、何とかなるか」


 俺は答えた。


「そんなとこでどう?」


 ヴェロニカが、ゴンベッサ王子に確認した。


「護衛として、腕は間違いないと思うのだけど。やらかした時は、フォローしてもらって良いかしら?」


「さっきみたいな場合だな。承知した」


 ゴンベッサが、頷いた。


 すでに俺は何かやらかしているようだ。


 何だろう?


 妹のため、護衛の代金は王子が払ってくれるらしい。


 出発までに、破格の報酬を前金でもらう手筈になっている。


 予定の日数を超過した場合は、日割りで追加料金も支払ってくれる約束になっていた。


 逆に、日数に余りが生じた場合でも、返金は行わない。


 食事も宿泊も向こう持ち。


 悪くない条件だ。


 現役時代、俺も、こういうクライアントに恵まれたかった。


「この二人を君につける。使ってやってくれ」


 引き攣った顔で、護衛二人が、俺に笑った。


「あんたたち、頼むよ」


 ヴェロニカが、念を押した。


「「はい、姐さん」」


 あ、こいつら、もう舎弟になったんだ。


 というのが、出発に先立つ、やりとりだった。


 ここまでは、ヴェロニカも立ち会っていたから、問題はないだろう。

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