第109話 ラティメリア

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 あたしは、蔓を緩めた。


 二人の護衛が、大の字のまま落っこちる。


 床にぶつかる寸前で、蔓を締め付けた。


 止まった。


 そこから、再度緩めて、安全に解放した。


 あたしは、護衛二人に、雑巾と空のバケツを手渡した。


「床や壁の水の拭き取りを、お願い。まったく、ひどい商売妨害よ」


 護衛は、ゴンベッサの顔を見た。


 ゴンベッサが頷く。


 護衛たちは、水の拭き取りを始めた。


「絞って溜まった水は、庭の植物に撒いてあげて。それから、あたしのことは、『姐さん』と呼ぶこと。返事は?」


「「はい。姐さん」」


「よろしい」


 ゴンベッサの目が点だ。


 プラックファミリーは、気にもしていなかった。


 あたしは、すっかり冷えてしまったお茶を捨て、あらためて全員にお茶を出した。


 護衛の方たちにも、「ここ、置いとくね」と、お茶を出す。


「「はい。姐さん」」


 あたしは、車椅子を、食卓につけた。


 あたしとゴンベッサが隣同士。テーブルを挟んで、プラックファミリーと向き合う形だ。


 ゴンベッサの対面にラッキー、真ん中にミキ、プラックの順だった。


「親父を許してやってくれ」


 ゴンベッサが口火を切った。


「逆じゃなくて?」と、ラッキー。


「いや。親父は、不用意なことを言った、と、ずっと悔いている」


 ラティマーが嫁ぐはずだった大貴族のじじいは、老衰で、この世を去ったそうだ。


 ラティマー出奔の翌年のことだ。


 跡取りがなかったため、お家は、断絶。


 領地は、召し上げられ、王家の直轄地となっていた。


 仮にラティマーが嫁いだところで、解決していたとは思えない。


 王は、自身の軽率な言葉で、娘を失ったと悔やんでいた。


 王に、娘は、一人だけだ。


 長男のゴンベッサの他に、ラティマーの下にも息子が二人いる。


 母親は、全員同じだ。


「言い訳だが、親父は、笑い話のつもりで、その気はなかったと言っていた」


「そう。ま、いいんじゃない。あたいは悔いてないし、なるようになったということで」


「あたい?」


「探索者として舐められない口の利き方を身につけたの」


 ゴンベッサは、ちろりとプラックに目をやった。


 プラックは、微妙な顔で笑っていた。


 ゴンベッサは、察したようだ。


 微妙な笑い顔を浮かべた。


 あたしも、微妙だと思う。


「王家は、あたいたちをどうする気なの?」


「親父と相談しなければだが、悪いようにする気はないよ」


「王家にとってでしょ。プラックの首を撥ねて、ミキを取り上げるとか?」


 あたしは、口を挟んだ。


 こういう場には、憎まれ口を利く係が必要だろう。


 ミキが、ハッとした顔をした。


 ラッキーが、ミキと手をつなぐ。


「ないない」


 ゴンベッサは、即座に否定した。


「何か、もっともらしい理由を考えて、なるべく元の鞘に戻したいと考えている」


「元の鞘は無理ね。もう、あたい、人妻だもの」


「じゃあ何か別の鞘を考える。ミキちゃんは、心配しないでいいよ。ブロックもだ」


 プラックが、口を開いた。


「ところで、ストーンヘッド家の様子は?」


 プラックの実家だ。


 プラックは、長男ではないから後継者ではないが、プラックが王家の姫と出奔してしまったため、ストーンヘッド家は、肩身の狭い思いをしているはずだった。


 ゴンベッサは、顔をゆがめた。


「まあ、ひっそり・・・・とは、しているよ」


 プラックは、一瞬だけ、つらそうな顔をした。


 ラッキーが、隣からプラックの表情を探るような動きをしたので、本当に一瞬だけだ。


 あたしは、向かい合う形で座っていたので、その様子が見えた。


 ゴンベッサもだろう。


「うまい落としどころを考える」


 ゴンベッサが断言した。


 店の外の通りから、馬がいななく声が聞こえた。


 一頭や二頭の声ではない。


 数十、数百という数だろう。


 後から追ってきていた、ゴンベッサの本来の護衛部隊が着いたのだった。


「とりあえず、邪魔が入らぬよう店の周りを囲ませておけ。大事な会談中だ」


 ゴンベッサが、護衛の一人に指示を出した。


「あ、うちの庭には入らせないで。色々植えてあるの」


「では、周辺の区画一帯を囲ませておけ」


 ゴンベッサは、指示を変えた。


 その後も、ゴンベッサとプラックファミリーの会談は続いた。


 と言いつつ、内容は、昔ばなしだったり、お互いの近況報告だったりに移っている。


 あたしとミキは、途中で会談の席を抜けて、厨房の掃除に取り組んだ。


 ぶちまけられた鍋の中身で、一面が、ひどいことになっている。


 もちろん、護衛二人にも、作業を手伝わせた。


 というか、メインで作業をさせた。


 掃除をして、改めて、ゴーレムと鍋を設置しなおして、切った各種薬草を混ぜ合わせて煮込んでいく。


 室内に、いつもの薬の匂いが漂い出した。


 息の合ったゴーレムたちの動きに、護衛二人が、感心していた。


 火は消し止めたが、壁には、燃えた痕跡が、はっきりと残ってしまっている。


 後で、マルくんに、直してもらおう。


「親父に顔を見せてやってくれ。もっと細かくは王都で相談しよう」


 一周まわって、会談は、そんな話になっていた。そろそろ、お開きになるのだろう。


「ラッキー、行って来たら。プラックも実家に寄りたいでしょうし。ミキならば、うちで預かるよ」


「いや。親父は、孫にも会いたいだろう」


 まあ、そりゃ、そうだろうけれどさ。


 ゴンベッサの言を信じるならば、危険はないはずだ。


 ただし、ゴンベッサの意図とは違う動きを、別の誰かが企まないとは限らない。


 親としては、娘を、そんな危険な場所になんか連れて行きたくはない。


 ラッキーとプラックは、顔を見合わせた。


 どうしたものか、だ。


 ミキを連れて行かずに王と会うという行為は、あなたを信用していません、という意味になる。


 それこそ、首を撥ねられても文句は言えない。


 であるなら、あわす顔がないとか言って、いっそ、行かないほうがいいだろうか。


 それは、それで角が立つだろう。


 どうしたものか、だ。


「マルくんに護衛してもらえば」


 あたしは、提案した。


 ラッキーとプラックが破顔する。


 問題解決の笑顔だった。


「いいの?」と、ラッキー。


「そろそろ、本人が帰ってくるから聞いてみなよ」


「おいおい。そんな護衛の一人ぐらい、いてもいなくても変わらないだろう。心配ない。俺が誰にも手出しなんかさせないから」


 ゴンベッサが、呆れたような声を上げた。


 その時、外で怒号が上がった。


 表の通りだ。


 だとすると、上げたのは、王子の護衛隊の面々だろう。


 雄叫び。


 狂乱したような、馬の声もする。


 まるで、戦だ。


 あ!


 あたしは、思い至った。


 なぜ、店が、王国の兵隊に囲まれているのか、マルくんは知らない。


 先日、壁の外を領兵に囲まれたばかりだ。


 何かあったと、マルくんは、血路を切り開いてでも店に戻ろうとするに違いない。


 あたしたちは、店舗室を通り抜けて、お店の外へ出た。


 通りで、何百人もの兵隊に取り囲まれて、マルくんが、暴れていた。


 剣で切りかかってくる相手の攻撃を躱しては、手を折り、足を折り、無力化している。


 幸い、誰も殺してしまってはいないようだ。


 相手が、手加減できる程度には、弱くて良かった。


「お、やってるなぁ」


「やってるやってる」


 プラックもラッキーも、そう言うしかないだろう。もはや、見て楽しむしかない状況だ。


「旦那さん、とても強いです」


 ミキが感嘆の声を上げた。


 一方の王国側は、悲壮極まりない。


「王子、お下がりください」


 護衛の二人は、どんどんと近づいてくるマルくんの姿に、悲痛な表情で、身を挺してゴンベッサを庇おうと、ゴンベッサの前に立った。


「王子、早く店の中へ」


「なんだ、この惨状は」


 ゴンベッサが、声を震わせて、呻くような声を上げた。


「うちの精鋭の護衛部隊が壊滅しているぞ」


 見る間に、マルくんは、相手を蹴散らかして、お店に帰って来た。


 特に鬼気迫る表情といったこともなく、涼しい顔だ。


 店の前に、あたしが出ていたから、安心したというのもあったかも知れない。


 無謀な突撃を仕掛けそうな護衛二人を、ラッキーとプラックが、それぞれ止めた。


「ヴェロニカ、無事か?」


「うん、無事。おかえりなさい」


「旦那さん、おかえりなさい」


「ただいま」


 マルくんは、ミキに応えてから、あたしに、


「何だ、こいつらは? 俺の帰りを邪魔してきたぞ」


 あたしは、ゴンベッサに向きなおった。


 ゴンベッサは、口をパクパクして、満足に息もできそうにない様子だ。


 マルくんの背後には、手足を打ち砕かれて、のたうち回る王子の護衛兵たちが、百人以上も転がって呻いていた。


 まだ立っている者は、後ろからマルくんに飛び掛かろうと、遠巻きに誰が行くか牽制しあっていた。


 あ、こら、うちの庭に入るんじゃない!


「紹介します。こちら、マルくん。うちの旦那。さっき、話に出た護衛の人」


 次いで、マルくんに、


「こちら、ゴンベッサ王子。ラッキーのお兄ちゃん。兵隊は、王子の護衛部隊」


「え、うちのお客さん?」


 やっちまった、と、マル君の顔が青ざめた。


「大丈夫、大丈夫。こっちの実力を知ってもらう、ちょうどいい機会になってくれたわ」


 とは言ったものの、


 全員、治すだけのポーションの在庫があったかしら?


 今日の分、邪魔が入ったからできていないのよね。


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 さて、その後の顛末だ。


 王は、ラティマーの無事を、ことのほか喜んだ。


 出て行ったときは若かった生娘には、既にとう・・が立ってしまっていたものの、目の中に入れてもいたくはない孫娘がついてきたので、チャラである。むしろ、お釣り付きだ。


 ラティマーは、迷宮都市目当てに王国内に流入してくる難民への対策に、カルト寺院と共によく取組み、ついには迷宮都市の壁外に新たな街を築くに至って、多大に国力を増強させた。戦により、他国の領土を奪うと同等かそれ以上の功績だ。


 特に、迷宮都市の実態を知るために都市に潜伏し、自身が探索者として十年もの年月をかけて迷宮に挑み、ついには難民対策の要となる食料問題の解決に行きついた。


 まことに素晴らしい。


 壁外都市は、まだ発展の緒に就いたばかりであり、今後の成長が、大いに期待される。


 ブロックも、よく、護衛として、ラティマーに付き従い、守り抜いた。賞賛に値する。


 壁外都市は、ラティマーが築いた街であり、ラティマーが治めるべきだろう。


 迷宮都市とは、ある意味、国内に存在する辺境である。


 万一、迷宮が溢れた場合の備えとして、迷宮都市周辺の相当範囲を辺境伯領とし、ラティマーを辺境伯に任じる。


 また、領土が減る現在の領主には、断絶となった大貴族の土地の領土の一部を与える。


 迷宮都市については、以後、現領主は手出し無用。


 都市の自治権は、迷宮都市に残したまま、以後は、辺境伯の管轄とする。


 ブロックは、ラティマーの婿となれ。


 そのように、ゴンベッサは、落としどころを見つけてくれた。


 同時に、王は退位を宣言し、ゴンベッサが、王に即位した。


 壁外都市は、以後、『ラティマーの都』を意味する、ラティメリアと呼ばれるようになる。




◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


『ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録』エピソード6を読んでいただきありがとうございました。


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                                  仁渓拝

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