第108話 クール
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「そのくらいで許してあげて」
ラッキーが、あたしの隣に来た。
プラックとミキが、後ろにいる。
「あんたが、あたしの二つ名なんか出すからでしょ」
「そっちが、ノリノリだったからよ」
ラッキーは、ゴンベッサに向きなおった。
「王家の使者なんて誰かと思ったけれど、ゴン
ラッキーは、らしからぬ優雅なお辞儀をした。ラティマーとして身につけた礼儀だろう。
「また、逃げられないよう、話をしたかったからな」
「じゃあ、なんで殴ったりするのよ」
「詐欺だと思って店に乗り込んだら、本当にお前たちがいたので、咄嗟に手が出た」
「何それ。放してあげて」
後半は、あたし向けの言葉だ。
あたしは、ゴンベッサの蔓を解き、室内の氷を溶かした。
垂れた水が、床を、びちょびちょに濡らしていく。勘弁してくれ。
あたしは、手足のストレッチ的な動きをするゴンベッサに、ついでに回復呪文をかけた。
「なぜ、回復を?」と、ゴンベッサ。
「足を痛めてるかもしれないからね」
足に障害が残っては大変だ。あたしが、身に染みてわかっている。
「ありがとう」とラッキー。
「まったく、お店をこんなにしちゃって。ゴン兄は、聖女ヴェロニカ様に謝って」
「
当時も、清らかじゃなかったけれど。
「すまなかった」
ゴンベッサは、車椅子に座る、あたしの顔より低い位置まで、頭を下げた。
へぇ、そういうとこは、ちゃんとできるんだ。
あたしは、ちょっと感心した。
祝福の取り消しは、勘弁してやろう。
実際のところ、祝福の取り消しなんかしたところで、意味はない。
だが、ゴンベッサ派ではない者が、ゴンベッサ王子の王位継承の正当性にケチをつけるネタの一つぐらいにはなるはずだ。
王族にとって、王位継承問題ほど面倒くさい話はない。
現状、ゴンベッサの将来の王位継承が安泰だとしても、変なネタは、存在してくれない方がありがたいだろう。
その程度の嫌がらせとしてならば、あたしの言葉に意味はあった。
プラックが、王子の前に出た。
プラックは、ばつの悪そうな顔をしていた、
護衛対象の姫と一緒に出奔したのだ。
結果的に、駆け落ちみたいなものである。
相手の身内と会うのは、そりゃ、ばつが悪いだろう。
「悪かったな」
先に、ゴンベッサが、口を開いた。
自分の頬を、ちょんちょんと指でつつく。
「なぜ、出奔前に相談しなかった」
「護衛ですので。護衛対象が行きたいところに連れて行くのが役割です」
「堅物め。出奔後だって、相談はできただろう」
「王子と接触なんかしたら、すぐ、こちらを突き止められます」
「だろうな。良く、ラティマーを守ってくれた。感謝する」
ゴンベッサは、プラックにも頭を下げた。
「もしかして、その子は?」
「娘です」
「ミキ、ご挨拶なさい。あんたの叔父さんよ」
ラッキーだ。
そう言われても、たった今、襲ってきた相手である。
ミキは、状況がよくわからない顔ながらも、頭を下げた。
「ミキです」
「凄いね、魔法が使えるんだ。胸の前で、ぱちんと弾けてびっくりしたよ」
「ばっか、ヴェロニカが止めてなかったら、お
ラッキーは、あたしに振った。
「そうね。プラックと違って、役に立たない護衛が、責任を取って絞首刑を言い渡されることになったでしょうね。あたしは、お店を失ってたとこよ」
あたしは、ミキを見た。
「ミキは、感情の制御を覚えなきゃね。覚えといて。魔法使いは、常にパーティーで一番クールじゃなきゃダメなのよ。ある高名な大魔導士様のお言葉よ」
「はい」
ミキは、真剣な顔をして、頷いた。
自分の魔法に、人を殺すだけの力があると、今更ながらに知って驚いたに違いない。
もっと驚いた様子を見せたのは、プラックだ。
「え、そんなに」
地味にショックを受けている。
当たればだけれど、ミキの魔法は、プラックの剣よりも威力があるはずだ。
「ちょっと、ラン師匠とスー先生が、頑張っちゃったのよね」
ラッキーは、さすが母親である。
動じていなかった。
さては、ラン・スーから聞いて知っていたな。
「あの、王子様なんですか?」
ミキが、神妙な顔つきで、ゴンベッサに訊いた。
あー、その問題が残っていたか。
「そうだよ。君のお母さんは、おじさんの妹で、お城のお姫様。知らなかった?」
ミキは、じとっとした目で、母親と父親を見た。
ラッキーが動じていた。
赤い顔をして、何か照れている。
「あー、そのあれよ。絵本と一緒」
プラックも、顔をそむけた。
「なに、絵本て?」
あたしは、ミキに訊いた。
「おかあさんがつくってくれた、字をお勉強するための絵本です。貧乏なおうちの女の子が、本当は、お城のお姫様だったっていうお話です。女の子の母親が、お城のお姫様で、大好きなお城の騎士とお城を逃げ出して、探索者として暮らしていました」
あらすじを聞くだけで、ニヤニヤしてしまう。
そりゃ、ラッキーもプラックも、照れるしかないだろう。
いつか、ミキに、生い立ちを説明する日のために、そんな絵本なんか、つくってたんだ。
ラッキー、マメだな。
「ミキ、意味わかった?」
あたしは、ミキに訊いた。
「はい」
「絵本と同じってことは、ミキは、お姫様ってことよ」
「はい」
「あまり、驚かないわね」
「あたしが、その絵本を読んでいると、『もし、本当だったらどうする?』って、よく聞かれていましたから。なぜなのか、今、わかりました」
あちゃー。
『
達観しすぎちゃってるよ。
今度、六歳になる女の子とは、とても思えない。
そりゃ、両親が探索に出かけるたびに、遭難した際の対応の話をされてきたんだ。
達観もするだろう。
前言撤回。
ミキってば、クール過ぎだ。
大魔導士の才能ありである。
「ま、いいや。立ってないで座りましょ」
あたしは、皆に、席に着くように促した。
「言いずらいんだが」とゴンベッサ。
「何?」
「彼らを降ろしてやってもらえないだろうか?」
天井に、二人の護衛が、大の字に
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