第105話 ミキティ
40
もう一年近く前になる。
いつもの時間になっても、部屋に誰も帰って来ない。
ずっと遅い時間になってから、宿のおかみさんが、部屋に夕ご飯を持ってきてくれた。
「食べな。朝になったら、さげに来る」
明かりがないので、ミキは、真っ暗な部屋で一人、ご飯を食べた。
どんな時でも何があっても、食べられる機会があったら、ご飯は絶対に食べろと、ミキは、
次の日の晩も、その次の日の晩も、
両親に何が起きたか、ミキは知っていた。
ダンジョンで遭難したのだ。
遭難というのは、死んで魔物に食べられちゃうこと。
生きるというのは、何かを食べること。
誰も帰って来ない夜が三回続いた日の朝早く、夕食のお皿を下げに来たおかみさんが、ミキに言った。
「あんたの親からもらっている宿代は、昨夜で終わりなんだ。この先、アテはあるかい?」
前の朝と前の前の朝は、夕食のお皿と引き換えに朝食が置かれていったが、その朝はなかった。
「もし、あたしたちが、ずっと帰って来なかったら、探索者ギルドに行って、お仕事を探しなさい」
いつも探索に出かける前に、
「探索者ギルドに行きたいです」
おかみさんは、ミキに、部屋にある自分たちの荷物を、全部まとめて、一つにするようにと指示を出した。
部屋には、大きいリュックサックが一つあるだけで、すぐ持ち出しができるようにと、大体の物は、リュックサックに入れたままにしておき、使っても、すぐにしまっていた。
文字のお勉強だからと、両親が帰ってくるまでの間、何回も何回も繰り返し読むように言われた絵本だけが、リュックサックの外に出ていた。
ミキは、絵本を、大切にリュックサックの奥にしまった。
ミキは、おかみさんに連れられて、探索者ギルドに行った。
「そのへんに座ってな」
ミキは、椅子の一つにリュックサックを置くと、隣の椅子に腰かけた。
おかみさんは、探索者ギルドの人と少し話をすると、帰ってしまった。
ミキは、ぽつんと椅子に座ったまま、テーブルの板の木の模様をずっと見つめていた。
誰かが、「邪魔だ。縁起悪い」と、リュックサックをギルドの出入口のほうへ投げつけた。
ミキは、急いでリュックサックに駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめて、壁際に座り込んだ。
しばらくして、別の誰かが、ミキの手からリュックサックをもぎとった。
「ついてこい」
その人は、探索者ギルドを出て行ってしまった。
ミキは、その人を追いかけた。
しばらく歩くと、街外れにある、蔦や花で覆い尽くされた、小さなお店にたどり着いた。
お店には、足の悪い女の人がいた。
女の人は、自分で動く変わった椅子に座っていた。
「あたしは、ヴェロニカ。この店の店長よ。あなたの両親、ラッキーとプラックは、うちのお客さん。二人がどうして帰って来ないか、あなたは、わかってる?」
「ダンジョンで遭難した」
「そういう時は、どうしろと言われてた?」
「探索者ギルドで、仕事を探せって」
「でも、ギルドじゃ、十歳にならないと仕事はもらえないんだ」
ミキは、アテが外れて、悲しくなった。
仕事をしないと、ご飯が食べられない。
「あなたには選択肢が二つあります。一つは、カルト寺院の孤児院に入ること。もう一つは、ここであたしの手伝いをすること。あたしは、足がこんなだから、荷物を取ったり、運んだりが大変なんだ。あなたが、あたしを手伝ってくれるならば、ここに住んでいい」
「どうかしら?」
「このお店を手伝わせてください」
ミキは、はっきりと宣言して、頭を下げた。
こうして、ミキは、仕事を見つけた。
その晩遅く、
旦那さんが、ダンジョンの地下深くから、連れて帰ってきてくれた。
やっぱり、生きることは食べることなんだと、ミキは思った。
ミキは、ボタニカル商店で働き始めた。
けれども、お客さんたちは、みんな、そのお店をボッタクル商店と呼んでいた。
誰かにそう呼ばれるたびに、店長も旦那さんも、怒ったような顔で、何だか嬉しそうに『ボタニカル商店』だと教えていた。
ミキにとって、その後の毎日は、あっという間だった。
新しいことを、沢山、覚えた。
一番最初に、店長から、ポーションの作り方を教えてもらった。
ポーションがあれば、
けれども、火には気を付けるのよ、と、ミキは、店長から注意を受けた。
ミキは、スー先生から、対象を凍らせる魔法を教えてもらった。
ポーション作りで、もし店長がお店にいない時に、お店が火事になったら大変だ。
火が点いた場所を、凍り付かせられれば、火は消えるだろう。
ラン師匠からは、火の魔法を教えてもらった。
火の魔法があれば、怖い魔物や悪い人たちをやっつけられる。
いつか、
その時は、ミキが、助けてあげる。
もちろん、ミキは、文字の勉強も続けていた。
いつかの絵本は、今でも、毎日読んでいる。
いつも一人ぼっちの、貧乏なおうちの女の子が、本当は、お城のお姫さまでした、という御伽話。
絵本の女の子の名前は、ミキティだった。
ミキに似ているけれども、ミキとは違う。
ミキは、もう、一人ぼっちじゃなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます