第104話 プラック

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「あたし、爺に嫁がされそうだから、この国出て探索者になることにした」


 ラティマー・セロ・オルニトレムスが、そう言いだした時、ブロック・ストーンヘッドに、いなはなかった。


 これまでどおり、ラティマーが行きたいと願う場所に連れて行くだけ、ラティマーがしたいと願う行為をしていただくだけだ。


 ブロックは、ラティマーの護衛である。


 護衛の役割は、護衛対象が目的の行動をとれるように、守ること。


 守るために、護衛対象の目的を妨げてしまっては意味がない。


「ブロックは、探索者になるなら、どこの国がいいと思う?」


「我が国です」


 とはいえ、続く質問に対して、他国は否定した。


 他国と自国を比較した時、客観的に探索者として活動をしやすい国は、自国である。


 世界には戦乱が溢れている。


 ブロックが知る限り、自国内の迷宮都市と呼ばれる場所が、探索者活動には一番良かった。


 護衛対象の譲れない目的は、『爺に嫁がされ』ない・・ことだ。


 そのためにとろうとしている手段が、『探索者になる』だ。


『この国出て』は、絶対ではない。


 ラティマーが、爺に嫁がされないように潜伏ができて、かつ、探索者として、生活費が稼げる一番良い国と言ったら、この国オルニトレムスだ。


 但し、ブロックが護衛として常時付き従っているのが、大前提だが。


 実力が伴わない探索者にとって、迷宮都市は、ただの死地である。


 だから、そんな場所に、出奔したラティマーが潜むとは、王国も考えまい。


 もちろん、付き従わないという選択肢も、つもり・・・も、ブロックにはない。


「探索者ならば、我が国の迷宮都市が一番かと」


「それじゃ、すぐ捕まっちゃうじゃない」


「探索者には、脛に傷を持つ者が多くいます。過去を偽り、名を変えて潜めば問題ないでしょう。お互いに詮索無用の世界です」


 ラティマーは、ブロックの提案に納得した。


 もちろん、どうしても他国に行きたいのだと、ラティマーが主張するのであれば、ブロックは、次善の国を提案しただろう。


 実際のところ、ブロックには、ラティマーが嫁がずに済む、探索者になる以外の選択肢を、いくつか提示することも可能だった。


 ただし、それは護衛の本分ではない。


 護衛対象の自由意思は何より尊重される。


 護衛如きが、護衛対象の行動を誘導してはならない。


 失敗も成功も護衛対象の意思で望んだ行動の先になければならなかった。


 成功するために力は貸すが、やる前から失敗が見えている行動を護衛対象が望んだとしても、護衛対象の身に危害が及ばないのであれば、そのまま失敗する行動を見守る。


 護衛対象の自由意思を妨げる行為を、護衛はしない。


 護衛対象の身に危害が及ばない失敗であれば、護衛如きが妨げるものではない。


 ブロックは、探索者になりたいというラティマーの意思を尊重した。


 同時に、ブロックでは守りきれない、万が一の事態についても考えた。


 国内であれば、本当にいざとなった場合には、ラティマーを国にお届けできるであろう。


 ただし、本当に本当の緊急事態の場合だけだ。


 その際は、ラティマーをかどわかした犯人として、自分の首一つまでならば差し出す覚悟を、ブロックは持っていた。


 護衛に私情は禁物だが、ブロックとて、ラティマーが爺に嫁ぐ姿など見たくない。


 ブロックは、迷宮都市に行くに先立ち、ラティマーと自分の探索者資格の取得を行った。


 迷宮都市で探索者活動を行うにあたって、探索者資格を持たぬまま、直接、迷宮都市に行く手は最悪だ。


 探索者志望の難民が取り巻いている街なので、無資格の探索者志望者では、実際にいつになったら街に入れるのか、まったくわからない。


 であるならば、別の土地の探索者ギルトで探索者としての資格を得た上で、探索者として、迷宮都市に赴いたほうがいい。それであれば、壁外で待たされずに、街に入れる。


 他の土地で実績がある探索者が、迷宮都市での稼ぎに心惹かれて、拠点を移る行為は珍しくもない。


 ブロックには、以前、王都の探索者ギルドと合同で魔物の討伐作戦に参加した際、偶々、ギルド職員の命を助けた経験があった。


 職員とは、貸し一つな、として笑って別れた。


 その際の貸しを返してもらうことにする。


 ブロック・ストーンヘッドとラティマー・セロ・オルニトレムスではなく、ただのプラックとラッキーとして、探索者登録をしてもらう。


 ギルドの職員にとっては、大して難しい仕事ではない。


 もともと、探索者には、脛に傷を持つ者が多い。


 偽名での探索者登録など当たり前だ。


 というより脛に傷を持つ者が、別人に成り代わるため、別名義で探索者登録を行うのだ。


 行う都度、最低ランクからのやり直しとなるが、別人に成り代わることが目的の者たちには問題ない。


 実際の実力さえ持ち合わせていれば、ランクなど、後からついてくる。


 本人の血と探索者カードさえ紐づいていれば、本当の名前が何であるかなど関係なかった。


 あと必要な物は、登録手数料。


 名を変える都度、拠点を別の場所に移してしまえば、何かの拍子に、有名探索者にでもなってしまわない限りは、身バレはない。


 もちろん、ブロックは、ギルド職員に、ラティマーの素性など教えない。


 ブロックは、貴族だ。


 お忍びで探索者遊びをするため、と説明した。


 貴族の遊びが、女性連れであるのは当然だ。


 貴族のまま、魔物狩りに出るのは面倒だが、探索者としてならば、簡単だ。


 女に、男が魔物を狩る様子を見せて、ちょっと格好をつけるという遊びである。


「また次も頼む」


 貴族が、とっかえひっかえ、別の女と道楽をしたところで不思議じゃないだろう。


 それの最初の一回目という、設定だ。


 ブロックとラティマーは、プラックとラッキーという名の探索者資格を取得すると、その足で、王都を後にした。


 王家も自ら、姫が出奔したとは発表すまい。


 というのが、出奔前のブロックの判断だ。


 まったく触れないか、せいぜい病気か何かで表に出て来られなくなった、という扱いとするだろう。


 もちろん、裏では、捜索が行われる。


 仮にブロック・ストーンヘッドの存在まで含めて噂にあがったとして、件のギルド職員が色々と思い至ったところで、積極的に関与を自白することはないだろう。


 本当は、そここそが命の貸しに相当する部分だと察してくれという、ブロックの心情だ。


 幸い、男気は通じ合った。


 以後十年、プラックは、ラッキーを守り抜いた。


 十年探索者をしていて、ミキは、まだ五歳。


 逆算した年月、プラックは、自分を強く律した。


 探索者稼業に嫌気がさしたラッキーが、やっぱりラティマーに戻りたい、と言いだすかも知れない。


 単純に、捜索の手に見つかって、王都に連れ戻される可能性もある。


 どちらにしても、やはりラティマーかどわかしの犯人として、自分が首を撥ねられてすむならば、それでいい。


 噂はついて回るだろうが、ラッキーの純潔は、寝所でラッキーの夫となった男には通じるだろう。


 結局、ラッキーの意思は揺るがず、捜索の手も迫らなかった。


 名を変えて、ただ、生き延びているだけであった、ラッキーとプラックという探索者は、いつしか『幸運と勇気ラッキー・プラック』となった。


 今のプラックは、もう、ラッキーの護衛ではない。


 家族として守る、当たり前の男だった。

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