第103話 ラッキー
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ラティマー・セロ・オルニトレムスが、
父親である王が、何かそんな話をしているのを耳の端で聞きながら、頭は、同時進行で、今後の身の振り方を考えていた。
まず、この国を出ると決めた。
一緒に出る相手は、ブロック・ストーンヘッドだ。
ラティマーは、ブロックが自分についてくるものと信じて疑っていなかった。
出奔を止められるとも思っていない。
ブロックは、ラティマーの護衛である。
トイレと風呂と寝所以外、四六時中ラティマーに付き従っていた。
兄ゴンベッサの幼馴染として、幼い頃から、勉強や訓練を兄と共にする役割を、ブロックは担っていた。いわゆる、ご学友だ。
兄を慕って、兄について回ってばかりいたラティマーとも、当然、
長じて後、ブロックは、ラティマーの気の置けない相手として、ラティマーの護衛に抜擢された。
ラティマーの感覚では、ブロックが、ラティマーについてくるのではなく、ブロックは、常にいる存在だ。
いないという状況を想像できない。
自分が、国を出たとしても、その場所にブロックは、
ついてくるとか、こないではない。
そう信じている。
国を出たら、話に聞く探索者
次に、ラティマーは、そう、考えた。
ブロックは手練れだ。
魔物の相手ぐらい、簡単にできるだろう。
自分は、まだ、上手にはできないかもしれないが、これから覚えていけばいい。
では、どこの国へ行くか?
行くならば、探索者稼業に向いている国が良い。
「ブロックは、探索者になるなら、どこの国がいいと思う?」
「我が国です」
ブロックは、即答した。
「探索者ならば、我が国の迷宮都市が一番かと」
「それじゃ、すぐ捕まっちゃうじゃない」
ラティマーは、父親がしていた話を、ブロックにした。
『あたし、爺に嫁がされそうだから、この国出て探索者になることにした』
そう前置きをした後、どこの国がいいか、ラティマーは、ブロックに訊いたのだ。
「探索者には、脛に傷を持つ者が多くいます。過去を偽り、名を変えて潜めば問題ないでしょう。お互いに詮索無用の世界です」
ブロックが、そう言うならば、そうなのだろう。
別の国に行かなくても、捕まらないのであれば、それでもいい。
偽名で探索者になるための手続きは、ブロックに任せた。
王都の探索者ギルドの一人に、ブロックは貸しがあるとかで、首尾よく探索者資格が手に入った。
ラティマーは、ラッキー。
ブロックは、プラックと名を変えた。
ラティマーの護衛になる前、兄の御学友であった頃のブロックは、ラティマーを、ラティと呼んでいた。
ラティと響きが似ていて、ラティマーは、ラッキーという呼び名をとても気に入った。
自分がラッキーになった事実を忘れないよう、以後、何かにつけて、ラティマー改め、ラッキーは、『ラッキーだ』と、口にするように心がけた。
探索者なのだからと、あえて、『あたい』なんて、
誰にも気づかれないように王都を脱出し、二人は、探索者として迷宮都市に入った。
探索者資格を既に持っていたので、難民たちのように、壁の外での足止めは喰らわない。
当然、ブロック改め、プラックの知り合いのギルド職員に行き先は知らせなかった。
ギルド職員も、まさか、プラックが、王国の姫を連れて逃げ出すつもりであるとは思ってもみなかったに違いない。
とはいえ、協力が国にばれると、自分の胴体と頭が物理的に離れることになるので、誰にも話したりはしないはずだ。当然、二人は、他国に逃げたと思っているだろう。
迷宮都市で、ラッキーとプラックは、前衛に欠員が出たばかりの中堅探索者のパーティーを見つけて、転がり込んだ。
欠員の理由は、言わずもがなだ。探索者の死亡率は、前衛が一番高い。
プラックは、最初から探索者として使い物になったが、ラッキーは、まるで駄目だった。
使い物にならないラッキーまでパーティーに入れることをメンバーは渋ったが、プラックが、分け前は一人分でいいから、と言って、納得させた。
荷物持ちや囮に使えるという意味でなら、人数は多い方がいい。
小柄で体力もなかったため、ラッキーに、前衛の戦士職は、まず無理だ。
攻撃、回復、どちらの魔法の心得もなかったから、魔法使い職や回復職も務まらない。
消去法で、ラッキーに務まりそうな役割は、
パーティーにいた女盗賊に、ラッキーは教えを乞うた。
盗賊が女であった点は、二人が所属したいパーティーを選んだ決め手の一つだ。
女としての、盗賊の立ち居振る舞いも自然と学べる。
罠解除や索敵といった盗賊としての技能は勿論、煮炊きや洗濯といった生活技能、短剣や投擲といった戦闘技能を、ラッキーは、こつこつと身に着けた。
今となっては、この時の経験が、探索女子の先輩として、後輩指導に役立っている。
一年ほどで、ラッキーにも取り分が与えられるようになり、三年目に女盗賊が引退して街を去るとなった際には、正式に後釜に着いた。
当時のパーティーメンバーは、プラック以外、もう、誰も街にはいない。
中には、この世にすら、いない者もある。
曲がりなりにも、ラッキーは、探索者として、既に十年を生きていた。
伴侶と娘にも恵まれた。
あの時、相手が大貴族の
大貴族の爺が嫌だったのではなく、ブロック・ストーンヘッドが良かったのだ。
そんなことを思う時点で王家の女としては失格なのだから、姫を捨てるのは必然だ。
ラッキーは、自分がラッキーとして生きる今の生活を持てたことを、とてもラッキーだと感じていた。
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