第102話 ゴンベッサ

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 ゴンベッサ・イル・オルニトレムス王子は、王都のカルト寺院関係者から、ラティマーの消息を耳打ちされた後、すべての予定をキャンセルして、即日、王都を出た。


 王国内に整備されている、軍の早馬による緊急時の情報伝達の仕組みを利用して、街道沿いの各地にある馬場から馬場へ、馬を乗り換えながら、駆け続けた。


 本来、王家の人間が、先ぶれもなく、どこかへ向かう行為は有り得ない。


 だが、事前に、相手先の街へ連絡を入れて、ラティマーの所在を確認したり、ラティマーの予定を確認したりなどという真似を誰かがしてしまうと、せっかく消息を掴んだ妹に、気付かれて逃げられる恐れがある。


 ならば、自分がその連絡の第一報になればいい。


 ゴンベッサは、そう考えた。


 数名の護衛役と共に、寝ずに駆けて迷宮都市へ到着した。


 遥か後からは、本来、王子が移動する際に相応しい大量の兵士が、慌てて追っている。


 護衛役が、一般用ではない門番の窓口に赴くと、直ちに話をつけて、壁内へ入った。


 そのまま、門番の一人に案内をさせて、カルト寺院へ向かう。


 恐縮する大司教に、ラティマー・セロ・オルニトレムスの所在を確認した。


 ラティマーは、ラッキーという名で、探索者として生活をしているらしい。


 大司教は、ラティマーの現在の所在までは知らなかった。


 だが、連絡先となる、娘の勤め先を知っているという。


 娘の送り迎えをしているので、遅くも夕刻には姿を見せるはずだ。


 カルト寺院の大聖堂の元聖女が、回復アイテムの店を開いており、ラティマーの娘が、そこで働いている?


 途端に、話が胡散臭くなった。


 元聖女が店長?


 詐欺としか思えない。


 この大司教は、騙されているに違いなかった。


 また、ガセか。


 正直、ゴンベッサは、そう思った。


 妹である、ラティマーが出奔して以来、既に十年もの年月が流れている。


 出奔当初こそ、ラティマーらしき人物を見かけたという目撃談や、何処へ行ったという、まことしやかな噂が多くあったが、結局、すべて事実ではなかった。


 もしかしたら、事実も含まれていたのかもしれなかったが、発見には至らない。


 近年は、何の情報もない。


 既に、どこかで死んだものと、ゴンベッサも内心では諦めていた。


 出奔の原因となった見合い話を、なぜラティマーに訊かせてしまったのか、王は、ひどく後悔していた。


 病で立て続けに後継者である息子夫婦と孫たち、妻を亡くして天涯孤独となった、

ある大貴族が、後世に自身の血を残すべく、相応しい後添えを探している。


 血が残せれば、相手は、誰でもいいというわけではない。


 格式というものがある。


 だが、王国の姫であれば、申し分ないだろう。


 事実であるならば、ふざけた話だ。


 ただし、大貴族は既に高齢だ。


 後添えが見つかったからといって、はたして、子供ができるものか。


 そもそも、行為すらできまいよ。


 そういう、笑い話・・・だった。


 王は笑い話のつもりであったが、ラティマーは、そうはとらなかったようだ。


 大貴族であるじじいは、現国王にとって、恩人にあたった。


 現国王が、まだ国王ではなかった頃、次代の王を誰とするかで、意見が割れた出来事があった。


 かの大貴族が、現国王の後ろ盾となり、結果として現国王が後継者の地位を盤石にした。


 であるならば、大貴族の血が絶えるという事態に、現国王が自身の娘を嫁がせる判断は有り得るのでは?


 政治的には、なくはないと、思われた。


 現国王は、笑い話のつもりで娘に話をしたのかも知れなかったが、聞かされた娘は、自分に覚悟を決めさせておくため、事前の根回しとして話をされているのだ、と受け取めた。


 もとより、ラティマーは、自身が王国の姫であることに頓着していない。


 王家に生まれた女として、自身の婚姻は、政治的に決定されるという覚悟は持っていたが、だとしても、然るべき配慮はされるだろうと考えていた。


 想定よりも、遥かに不足していた配慮に、ラティマーは、あっさり出奔した。


 伴ったのは、ゴンベッサの幼馴染で、ラティマーとも幼い頃から付き合いがあった、ブロック・ストーンヘッドだった。


 ラティマーの護衛役だ。


 もちろん、貴族の生まれである。


 ゴンベッサ的には、兄として、ラティマーを降嫁させても良いと思っていた。


 だが、王の笑い話は、結局、笑えない話として幕を閉じた。


 以来、十年。


 降ってわいた、今回のラティマー発見の一報だ。


 ゴンベッサは、いてもたってもいられず、現地へ向かった。


 ラティマーを見つけたら、全部許すから戻れ、と言うつもりであった。


 次の王として、何とでもしてやる。


 そのような覚悟だ。


 だが、待っていた話の胡散臭さに、流石に萎えた。


 出奔後、十年。


 現実は厳しかった。


 恐らく、詐欺師は、まずカルト寺院を騙して、そこから王家へも食指を伸ばそうとしているのだと勘繰れる。


『ラティマーを詐欺のネタにしやがって』


 ゴンベッサの腹の内には、怒りが湧いていた。


「すぐ店へ案内しろ」


 案内された、蔦やら花やらに覆われた小さな店は、扉に閉店の看板が掛かっていた。


 中に人の気配があります、と、護衛の兵が言う。


 こくり、と、ゴンベッサが頷くや、護衛の兵士が、店の扉を蹴破った。


 入った先は、店舗スペース。


 棚には隙間なく商品が並んでいたが、誰もいなかった。


 隣室で、声がした。


 ゴンベッサは、護衛を追い抜き、隣室に駆け込んだ。


 男が一人、女が二人、少女が一人。


 女たちを庇うように、男が前に出た。


 まさかのブロック・ストーンヘッドだった。


 ブロックも、ゴンベッサの顔を認めたようだ。


 目が、大きく見開いた。


「貴様っ!」


 激情のままに、ゴンベッサは、ブロックを殴りつけた。


「なぜ、俺に相談せんっ!」


 ブロックは、後ろに吹き飛んで、火にかけられている鍋なり何なりを、巻き込んだ。


 ゆらり、と、壁に火が燃え移った。

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