第101話 ゆらり

               36


 街の外の領主のお膝元にも、カルト寺院は建っている。


 そちらのカルト寺院から、こちらのカルト寺院に、問い合わせが来たそうだ。


 例の秘書役が、あたしに教えに来てくれた。


『質問:おたくが壁の外に街を整備したのは王家の意向って聞いたけれど、本当?』


『回答:ラティマー・セロ・オルニトレムス様の意向だよ。ドヤ』


 そんなやりとりが交わされたらしい。


 あたしは、事前に、付け届けのお礼として、ぜひ会わせたい方がいると、大司教にラッキー、ではなくて、ラティマー・セロ・オルニトレムス様を紹介していた。


 外の領主からクレームがついた場合、探索者ギルドとは関係ない話だとして、カルト寺院に矢面に立ってもらう必要があるからだ。


 あたしがカルト寺院に炊き出しと仮設住宅を頼んだ本当の理由は、難民をうまく活用して国力を底上げしたいという、ラティマー様の意向を受けたためだった、と説明をした。


 戦乱の世だ。


 何処の国も、流れてくる難民対策には苦慮していた。


 食わせられないと、国が食い潰されるからだ。


 行く先々を食い尽くすという、飛蝗バッタ災害のようである。


 だからこそ、この街に難民を集中させようという、エチーゴの目論見が成立した。


 だが、人は財産だ。


 逆に、難民を食わせられれば、飢餓を乗り越えた後は、国力になるものと見込まれた。


 幸い、『拙者の回復肉煮込み』により食わせられる目途は付いたが、探索者ギルドは、大っぴらに街の外には手を出せないので、カルト寺院にすがったのだ、と。


 もちろん、後付けの嘘だけど。


 大司教は、いたく感激した。


 菓子折り一つで、王族とお近づきになれるなんて、安いもんだろう。


 もし、ラティマーが偽物だとしても、やっぱり菓子折り一つで済むなら、授業料としても安いもんだ。


 こんな場末の街の寺院の大司教如きでは、王族と顔を合わせる機会などない。

本物ならば、ラティマーが、国を出奔していようが問題ではない。


 いつ、何がひっくり返るかなんて、誰もわからない。


 両天秤なんて当然だ。


 縁は、あるならば、あるだけいい。


 大司教の付け届け先に、ラッキーが追加された。


 ラッキーも、おいしいお菓子が定期的に食べられて万々歳。


 ウィン・ウィンだ。


 向こうのカルト寺院から、領主様に報告が行ったらしい。


『あっちの裏には、ラティマー・セロ・オルニトレムス様がついているみたいです』


は解けた』という親書が、領主からアイアンに送られた。


『そちらに侵略の意思はなかったと確認した。これまでどおり、よしなに・・・・


 領主様は、日和ひよったようだ。


 出奔した相手だからと逆らって、王家に弓を向けたと判断されてはたまらない。


 これ以上、藪をつつかないよう、賢明にも現状維持を選択された。


 もちろん、王都の王家になど確認しない。


 偽物のラティマーである可能性もあるが、追求しない。


 アイアンとしても、一安心。


 あたしたちも一安心。


 この話は、これでおしまい。


 だったら、良かったんだけどねぇ。


 関係者が増えると、その分、口が増える。


 人の口に戸は立てられないのだ。


 向こうのカルト寺院は、王都のカルト寺院にも報告をあげていた。


『ラティマー・セロ・オルニトレムス様の消息が判明しました』


 王都のカルト寺院は、速やかに、王家に耳打ちした。


 何のことはない。


 ラティマー姫は、国外に逃げたと見せかけて、名を変えて、国内の迷宮都市に潜んでいたのだ。


 カルト寺院が耳打ちした王家のお方は、ゴンベッサ・イル・オルニトレムス。


 オルニトレムス王国の第一王子であり、次期国王だ。


 ラティマーの三歳上の兄である。


 王都のカルト寺院の大司教ともなれば、さすがに王家とも連絡を取り合える。


 ゴンベッサ王子は、今、あたしの目の前に立っていた。


 場所は、うちの厨房兼調剤室。


 ラッキーとプラック、ミキもこの場にいる。


「貴様っ!」


 激高した王子が、プラックを殴りつけた。


 吹き飛ばされたプラックにぶつかられて、鍋を煮込みつつ、中をかき回していたゴーレムたちと鍋が壊滅した。


 竈の火が、ちろりと壁を焼く。


 ゆらりと、燃え上がった。


 おいおい。


 なぜ、こうなった?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る