第100話 疑
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来るべき時が来た。
壁の周囲に、重武装をした領主の軍隊が整列している。
槍を手にして、腰に剣を帯びた歩兵隊だ。
皆、壁の方向を睨んで立っていた。
街に出入り可能な、東西南北四つの門の前には、特に分厚く、軍隊の壁が作られている。
『なんぴとたりとも、この迷宮都市への出入りは許さん』
カルト寺院系列の荷物の搬入すら許さぬ、徹底ぶりだ。
大抵の領主は、普通、カルト寺院とのトラブルを良しとしない。
それだけの気概をもって囲んだのだろう。
領主は、ダンジョン都市が、独立したダンジョン都市であり続けている事実に、先祖代々の積年の恨みか嫉妬か、何かそんなものを募らせているに違いない。
ただし、軍隊は、壁の周りに新しくできた難民たちの街の住人に対して、危害を加えているわけではない。
単純に、出入りを禁ずるだけであった。
接収すれば、自分の支配する街になるのだから、危害を加えないのは当然だろう。
難民街から、探索者として、迷宮都市に入ろうとする者たちの足が、まず止められた。
新たに難民枠の探索者候補として迷宮都市に入ろうとする者たちの通行も禁止。
もちろん、カルト寺院系列だけでなく、全店長会系の仕入れ品の通行も全面禁止だ。
一般人たちは言うまでもない。
本来の門番の手前に、軍隊の検問所がつくられて、弾かれている。
逆に、壁の中から、難民への炊き出しのために出る行為も認められない。
『確認したき
軍隊の指揮官である壁外の領主から、壁内の領主役である探索者ギルドのギルドマスター、アイアンが呼び出された。
迷宮都市には、軍隊はない。
戦闘能力を持った探索者はいるが、もともと魔物相手の専門家であり、対人戦に特化した兵士相手では分が悪かった。
そもそも、探索者には、軍隊と戦おうという意思もない。
稼ぐために、この街の迷宮に来ただけであり、命を懸けてまで街を守る筋合いはない。
その意思は、アイアンも同じだ。
あたしだって、そう。
店があるから、街に愛着はあるが、命と引き換えに守りたいというほどのものではない。
それくらいなら、店を捨てて、どこかへ出ていく。
だからといって、はい、そうですかと、引き渡すつもりもないけれど。
時間稼ぎのための方法ならばいくつかあった。
例えば、マルくんによる領主の暗殺。
やれば、できるだろう。
例えば、壁の上から、あたしが魔法で軍隊を蹴散らかす。
これも、できるだろう。
アイアンは、マルくんを伴って、『
マルくんは、アイアンのカバン持ちという設定だ。
あたしは、壁の上で待機。
魔王の玉座で、わざわざ壁の上まで、あがっちゃったよ。
確かに壁の周りに、整然と仮設住宅が立ち並んでいた。
誰かが計画を立てなければ、絶対にこのような区画割はできないはずだ。
難民が勝手にやったのですという、言い訳は通用しない。
難民に、整然とする余裕などあるものか。
発展する街が、どこもそうであるように、過去の街の周囲に第二第三の街ができていく。
ダンジョン都市が、王から許された壁の外にまで、手を伸ばしはじめたと受け取られても、文句は言えなかった。
だからといって、街の外の居住空間を整える以外に、街への難民の流入を止める、何か良い方法があったとも思えない。
元はといえば、領内の難民の通行を放置していた、領主の側にも問題もあるのだ。
長年、通行を誘導したエチーゴは、もっと悪い。
あれっ、もしかして、エチーゴの奴、領主に付け届けてる?
あたしは、アイアンとマルくんのお付きに、ロイヤル・ウィスプのキャシーを付けた。
マルくんの懐に忍ばせる。
連絡役だ。
あたしの手元には、ジェーンとドミニクを残している。
ジェーンが赤く光ったら、あたしが何か派手な魔法。
ドミニクが青く光ったら、魔法をやめ、だ。
領主め、もし、マルくんに何かあったら、見てらっしゃい。
あたしから、連絡をしたい場合は、キャシーを光らせる。
緑の濃淡とか、点滅の速さで、いくつか決めている信号がある。
もちろん、暗殺決行の合図も決めていた。
マルくんからも、ドミニクの濃淡と点滅で信号が来る。
ジェーンが光ったら魔法を放っちゃうので、向こうから連絡のために光らせるのは、ドミニク限定だ。
とはいえ、実際には、暗殺も魔法での蹴散らかしも取れない選択だ。
やってしまうと、待っているのは領主側との全面戦争だ。
例え、時間を稼いだところで、それをしちゃうと最終的には、王もダンジョン都市の自治を取り上げざるを得ないだろう。
今までどおり、壁の中で、探索だ、商売とはいかなくなる。
だから、どちらも最後の手段だ。街を捨てる前の相手への最後の嫌がらせ。
そうならないよう、王に調停をしてほしい。
アイアン、うまく『
で、ここからは、後で聞いた、アイアンと領主のやりとりだ。
アイアンとマルくんは、軍隊に守られて建つ、領主の天幕に通された。
「壁外に街を整備するとは、明白な侵略。討たれたくなくば、即刻、迷宮都市を退去せよ」
『疑』の確認ではなく、最初から退去を通告する気だったのだろう。領主は一方的だった。
本当に戦争になるくらいならば、探索者たちは、別の街へ行くだけだ。
領主も、戦争になるとは思っていなかった。
『退去』なら、探索者は、受けるはずだと思っている。
もっと言うなら、探索者ギルドさえ排除できれば、領主はいいのだ。
以後は、壁外も含めて街を自身の管理下に置き、探索者ギルドの役割を自分たちが担うか、軍隊のみにダンジョンの探索を行わせて、先祖が昔持っていた迷宮の恩恵を取り戻す。
領主の腹積もりは、そうであろう。
「存じませぬな。炊き出しも仮設住宅の建設もカルト寺院が行っていること。探索者ギルドとは関わりない話です」
アイアンは、かねての打ち合わせどおりに返事をした。
物理的な暴力に対してならば、滅法、強い。脅しに屈するアイアンではない。
「そもそも、今回の振る舞い、王はご存じなのですかな?」
「無論」
「はて? 当方は、どなたかが放置された難民の救済をカルト寺院が行うこととしたのは、王家のある方の御意思あってと聞いております。今一度確認されたほうがよろしいのでは」
領主は、口ごもった。
元より、王はご存じではなかったのだろう。
侵略の口実を得て、脅せば、探索者ギルドは簡単に折れると思っていたのだ。
実効支配の既成事実さえ作ってしまえば、王へは、事後承諾で済むつもりでいた。
考えが甘すぎる。
領主たるものが、本当にその程度の浅い判断力の持ち主なのか?
それとも誰かに唆されたか?
カルト寺院の行動は王家お墨付き、と、アイアンに言われて、領主は戸惑った。
聞いてしまったからには、これ以上の強行はできなくなった。
今ならば、まだ『疑』を確認に来ただけだ。
これ以上、先に進めて、アイアンの言葉が事実だった場合は、自分が王家に弓を引く側になってしまう。
「確かめる」
「では、即、道を開けていただきたい。我々だけならまだしも、カルト寺院の荷まで止めてしまわれると、そちらの申し開きができなくなります」
「むう」
領主と領主の軍隊は、引き上げた。
ロイヤル三姉妹は、誰も光ることなく終わった。
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