第97話 変化

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 あたしと、ラン、スーに、月に一回、カルト寺院から付け届けが行われるようになった。


 こんな田舎街とはいえ、魑魅魍魎が住むカルト寺院の大司教になるだけの人物あって、ぬかりがない。


 さすがにお金をもらうのは気が引けるので、あたしは、甘いものにしてもらった。


 お近づきの挨拶だと考えれば、受け取ってもいいだろう。


 カルト寺院ルートで仕入れた各地の絶品スイーツが、盛りだくさんだ。


 毎回、工夫を凝らしてくれている。


「ラン・デルカ様、スー・デルカ様にもよしなに」と言って、いつぞやの大司教の秘書役が、うちの店に持ってきてくれるのだ。


 日持ちのするお菓子もあるので、おかげで探索女子会の会合は、いつも大騒ぎだ。


 毎日だけど。


 毎日、誰かしら、お店を覗きに来ては、同じような他の誰かを見つけて長い時間話をしては帰って行く。


 店の商談スペースが、すっかり占領されてしまった。


 あたしの都合など、関係ない。


 何なら、あんたは仕事しててよ、お茶なら自分で入れられるからお構いなく、ときた。


 メンバーも、女性探索者は勿論として、花街の娘だったり、ギルド理事の奥さんだったり、カルト寺院の僧侶だったり、ミキだったり、様々だ。


 ミキが、耳年増な娘に育っちゃうのではないかと、少し心配だ。


 探索女子会は、探索に関わる女子でさえあれば、来る者を拒まない。


 自分が、探索に関わる女子か否かは、自己判断にお任せしている。


 会合の議題(ではなく本当は単なる話題)も、下世話な話から、事実かわからない噂話、こいばな、崇高な街の今後の話など、振れ幅が、やたら大きかった。


 まったく立場の違う人間たちが、上下のない関係で、好き勝手な話をしていく。


 あとは、旦那の愚痴。


 日々、亭主元気で留守がいい、状態だ。


 マルくん、ごめん。こちらからも、情報を提供させてもらっています。


 この数ヶ月で、街は、目に見えて変化していた。


 まず、街を囲む壁の内側が、緑に覆われていた。


 うちの店の壁と同じく、何らかの薬効植物を密植させて、壁面緑化をしているのだ。


 ところどころに、管理のための梯子を設けている。


 壁の外側に梯子をかけるわけにはいかないので、緑化は、壁の内壁だけだ。


 それから、老朽化したスラムの建物が壊されて、宿や賃貸住宅が建てられた。


 当然、宿にはピンからキリまであるが、まだ稼げない探索者向きの部屋を多く用意した。


 賃貸住宅は、一軒家ではなく、集合住宅だ。


 部屋が借りられるほど稼ぎがある探索者ばかりではなく、立ち退かされたスラムの住人の内、探索者にならなかった者たちも、集合住宅に住んでいる。


 元スラムの住人の当面の家賃は、肉体労働だ。


 スラムの炊き出しに絡む様々な仕事や、建築関係の仕事、壁面緑化の管理や収穫などの仕事があるので、それらに従事してもらって、部屋の貸し出しと炊き出しの配給が、肉体労働の対価だった。


 ヨロッヅが、ヴェロニカ印のポーション製造工場を始めたので、そこでの仕事もある。


 あたしは、足を運んでいないが、地下一階の探索者ギルドの訓練場は、五段式ベッドを多数並べた、最も初期の探索者向けの、簡易宿泊施設となっていた。


 マルくんが、ゴーレム置き場が狭くなったとぼやいていた。


 そのマルくんが、プラックと頑張ってくれたのが、地下への安全地帯の設置だ。


 ボッタクルルート(うちは、ボタニカルだ)の交差点部分をすべてバリケードで閉鎖し、枝道への出入りは、バリケードに設けた扉の開け閉めで行うようにした。


 扉を開けた際に魔物が入ってきてしまわないよう、扉は二重式にしてある。


 安全地帯が、地下一階から地下十階までつながったことで、探索者たちが、目的の探索階より前に消耗をしてしまい、本命の探索が思ったほどできなかった、という事態がなくなった。


 無傷の状態で、目的階まで行けるようになったので、本命の探索に時間を掛けられる。


 こう言うと問題だが、回復アイテムの三分の一ルールを守らなくても、バリケード内に入ってしまいさえすれば、帰還したのと同じ状況だ。


 ぎりぎりまで探索時間を確保できるようになったため、魔物の討伐数やアイテムの入手量も増え、パーティーの実入り、ひいては探索者ギルドの収益も上がっていた。


 欠点は、今までは、階層内を自由に行き来していた魔物が、バリケードに遮られたため、一箇所に閉じ込められて増える事例が増えたこと。


 うまみがない魔物や、探索が効率的に行えない場所は、探索者も、わざわざ討伐に向かわないため、増えすぎてスタンピードの元とならないよう、定期的に間引きチームを派遣する必要があった。


 探索者ギルドが、常設依頼を出して対処している。


 そもそも、探索者は、大きく二種類のタイプに分けられる。


白い輝きホワイトシャイン』のように、まだ誰も足を踏み入れていない場所を攻めて、一獲千金と名声を狙うタイプ。


幸運と勇気ラッキー・プラック』のように、生活のための仕事と割り切り、確実な定期収入を求めるタイプだ。


 魔物の間引きは、主に後者の連中が好んで受けている。


 炊き出しのための、地下九階での魔物狩りや運搬の仕事は、主に元スラムの出身者たちで行ったが、彼らには大した戦闘能力はない。


 各階の枝道のバリケードが突破され、安全地帯内に魔物が入ってこないよう、各階常設の護衛や見回り、バリケードの見張りなどの役目も必要とされた。


 やはり、ギルドの常設依頼で対応されている。


 しかし、何よりも一番変わったのは、街の外だ。


 あたしは、直接、自分の目で見には行けていないが、壁外には、まるで都市計画で正確に区割りでもしたかのように、仮設住宅が立ち並んでいた。


 着の身着のまま流れてきた難民たちが、ありあわせの資材で、とりあえず雨風だけしのげるバラックを建てていただけであった景色が、一面の仮設住宅へと変わっている。


 カルト寺院印の、組み立て式仮設住宅だ。


 長屋式で、煮炊きができるスペースと部屋一間と表戸の組み合わせを一戸として、五戸が横並びに連なった構造をしている。


 もちろん、すべての難民たちを収容できる数ではとてもなかったが、バラックが仮設住宅に置き換わった分、資材に余裕ができ、新しくたどり着いた難民たちは、自分たち用のバラックを建てられるようになっていた。


 カルト寺院の予算の範囲内で、仮設住宅は、随時、増設されている。


 そこに炊き出しの『拙者の回復肉煮込み』が配給されるので、難民たちであっても、生きるだけならば、生きていけていた。


 但し、働くざる者喰うべからずなので、炊き出しの見返りに何らかの肉体労働は当然だ。


 とはいえ、一つの街であった。


 街の外にも街ができたようだと、あたしは、みんなから聞いていた。


 実をいうと、難民から新米探索者となった者たちは、地下二階以深へ進出し、初心者ルーキーではなく初級ひとなみと呼ばれるようになれば、自由に街の外と行き来ができる。


 初心者ルーキーのまま、一度街を出てしまうと、元の難民扱いとなり、街へは入れないが、初級ひとなみとなれば、探索者ギルドから正式に探索者として認められるため、難民ではなく、探索者として門を出入りする許可が出る。


 ということは、難民から探索者になったが、まだ、壁の中に家族を呼び寄せることはできない程度の者たちは、夜は自分が壁から出て家族と仮設住宅で生活を行い、翌朝、探索者としての仕事をするために、また壁の中に戻るという行為が可能だった。


 探索者として稼いだ収入で、壁内で何らかの買い物をして外に持ち帰る行為も可能だ。


 経済圏は、壁の中と外で一緒であった。


 壁の外に街ができたのではなく、壁の内が、外に溢れたようにも見てとれる。


 わかっていたが、最終的に、あたしが懸念していた状況だ。


 壁の外は、他国の領土だ。


 他領とすれば、壁の内側に押し込んで排除するつもりだった難民が、溢れて、外へ侵略してきたともとれるだろう。ある意味、人間のスタンピードだ。


 詰んでる案件の、一番詰んでる部分だった。

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