第98話 憧れの人

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 あたしが、ラティマー・セロ・オルニトレムスに、聖女として祝福を授けたのは、共に十五歳の時だった。


 あたしは、カルト寺院の大聖堂の聖女、ラティマーは、帝国の属国である、オルニトレムス王国の姫という立場だ。


 大聖堂は帝都にあり、皇帝の血族は、成人の際、教皇から祝福を受けなければならないとされていた。逆を言えば、祝福を受けないと、成人したとは見なされない。


 また、帝国の属国の王族の血族は、聖女から祝福を受けなければならないとされていた。


 一方は教皇対応、一方は聖女対応と、扱いを分けている。


 帝国と寺院が、お互いを権威付けあう仕組みだった。


 ラティマーは、お付きの者たちと共に、成人の祝福を受けに大聖堂を訪れた。


 オルニトレムスから帝都まで、一月はかかるはずだ。


 ラティマーは、小柄な娘だった。


 気が強そうな眼差しと、祝福を受けるための、しずしずとした歩みにギャップを感じて、お姫さんも窮屈そうね、と思ったものだ。


 あたしも、カルト寺院の生活に窮屈を感じていたので、余計にそう思ったのかもしれない。


 実際に会ったのは、それ一度きりだ。


 特に会話をしたわけではない。


 淡々と、儀式をこなしただけの間柄だ。


 あたしは、強い信仰心から聖女をやっているわけではない。


 単に、癒しと殺傷、両方の魔術の才能があったゆえに、孤児から、寺院の宣伝塔に祭り上げられただけだった。


 あたしなんかの祝福に、はたして何か効果があるのかは、はなはだ疑問だ。

とはいえ、あたしは、少なくとも仕事は真面目に行っていた。


 ただ、ずっとこのまま、婆さんになるまで聖女をやっていくのかと、ぞっとしていたのは事実だ。


 不自由はないが、自由もない生活だ。


 誰かが立ててくれた聖女としてのスケジュールに従うだけ。


 お付きの者たちが、ラティマー姫への聖女からの祝福に喜びを見せる中、本人であるラティマーは、冷めた顔をしていたのが印象的だった。


 ラティマーも、あたしと同じで、淡々と職務をこなしていただけだったのだろう。


 あたしと、同じ匂いを感じた。


 あたしは、五歳で寺院に拾われ、たまたま見出された魔法の才能に、急遽聖女候補とされ、十歳で聖女に就任、聖女として五年目の年だった。


 聖女は、死ぬか後任が見つからなければ、辞められない。


 あたしの前任者は、あたしが引き継いだ時、既に七十の婆さんだった。


 もっとも、彼女は、自分の役割に誇りを持っていたし、もともと信仰心も高いかたであったので、死ぬまで聖女であれたのは、むしろ、幸せであっただろう。


 あたしが成人するまではと頑張っておられたが、その前に天に召されてしまった。


 生憎、あたしとは性格が、まるで違う。


 あたしは、教義を信じてはいなかった。


 教義と司教らの実際の振る舞いの乖離に、反吐が出る。


 宣伝塔として利用しようという打算まみれとはいえ、孤児から聖女にしてくれ、それなりに良い暮らしをさせてくれたカルト寺院には、感謝もある。


 それ以上に嫌悪感もあったが、少なくとも衣食住には困らなかったし、嫌悪感を抱いた相手に対しては、ちゃんと落とし前をつけて出たので、今となっては、よしとしよう。


 ラティマーを祝福したのは、カルト寺院に窮屈は感じていたが、まだ、聖女を辞めたいとは思っていなかった、十五の頃だった。


 次に、あたしが、ラティマーの名前を訊いたのは、十八歳の時だ。


 王が決めた政略結婚の相手が気に入らず、意中の相手と国を出奔したという噂を聞いた。


 貴族だ、王族だ、皇族だに、まったく興味はないあたしだったが、あたしが祝福を授けた、同じ匂いを感じた相手であったことから、ラティマーの名前は、憶えていた。


 噂では、探索者にでも身をやつして国を出たのだろうと言われていた。


 その後、彼女が連れ戻されたのか、どこかで野垂れ死んだのか、続報はなかった。


 野垂れ死ぬ自由。


 それが許される探索者。


 ひいては、ラティマーに、あたしは憧れた。


 彼女は、籠の鳥を辞められたのだ、と、あたしは、うらやましく思った。


 実際に、あたしが、機会を得て探索者となるのは、それから五年後。


 だが、それは、また別のお話。

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